泥沼、目前?
多分、目に隈が出来ていると思う。色々あり過ぎて、昨夜はちゃんと眠れなかった。
ずっとうなされていた感じがするし。
(リベルに、どんな顔で会えば良いんだ?)
いや、変に気を使うのはアウトだ。
リベルは、俺が色々知った事を分からない。逆に気を使わせてしまう。
今、俺がリベルの為に出来る事……儲け話、つまり新商品開発だっ!
でも、何を作れば良いんだろう?……何か思いつくまで、現状維持としておきます。
「ト―ル、目凄い事になっているよ。お腹が痛くて眠れなかったの?」
クレオが俺を見るなり、駆け寄ってきた。クレオやお付きのメイドさんの反応を見ると、隈はかなり濃いらしい。
「クレオ、おはよう。もう傷は治したから平気だよ。ちょっと、考え事があってな」
下手な考え休むに似たる……そう思って休んでみたけど、ちゃんと眠れませんでした。
「ト―ルは、色々無茶し過ぎだよね。お義姉さんが心配するのも分かるもん」
なぜか一斉に頷くお付きのメイドさん達。公爵令嬢のクレオなら分かるけど、メイドさんに心配される様な事はしていない筈。
「気を付けるよ……クレオも皆さんも、何か不便な事とか気になっている事はないですか?」
クレオがここを出て行くまで、少しでも心証を良くしておきたい。婚約破棄されても“お人はよろしかったんですけどね”って言ってもえれば、イメージダウンが防げる筈。
「僕はないかな。トールと一緒にいれるし、お義姉さんは優しいし……色々便利だし、うちよりご飯も美味しいもん」
クレオの場合は公爵令嬢の重責から、解放されたのも大きいと思う。何より姉ちゃんとは、実の姉妹の様に仲が良い。
「生活は申し分ありません。お忙しいのは分かりますが、もう少しお嬢様との時間を増やして頂けませんか?」
それに関して申し訳ございませんとしか……今度時間を作ってデートを致します。でも中学生女子とどこに行けば良いんだ?
「お部屋を一度見させて頂きましたが、掃除が良き届いておりませんでした。トール様は、ご自分で何でもやろうとし過ぎです。メイドをもっと頼ってあげて下さい」
いやね、もう自室は寝るだけになっているんですよ。ちゃんとメイドさんには、シーツ交換とかお願いしているんだけどな。でも、根が庶民だから掃除までは頼みにくいんです。
「あの我が儘を言ってもよろしいでしょうか?ベーカリースティックが食べたいんです」
一番若いメイドさんが遠慮がちに手を挙げた。ベーカリースティック?もしかしてポリッシュ共和国には、俺も大好きなスナックパンが売っているの?
「クレオ、ベーカリースティックってなに?」
不思議なんだけどクレオにはため口で話せる。でも、メイドさんだと敬語になってしまう。
「棒状にしたパンだよ。カリカリして食べやすいんだ。お腹にも優しいんだよ」
あれか、俺等の世界で言うグリッシーニみたいな物か。
(それならうちに職人でも作れそうだよな。イルクージョンには、ポリッシュ共和国生まれの人も多く住んでいるし……待てよ)
グリッシーニは、クラッカーの様な食感の棒状のパンだ。消化が良くお腹に優しい。あれなら、うちの職人も作られると思う。
イルクージョンで売っているパンの種類は、案外少ない。主流はバケットタイプのパン。そして硬めのパンが多い。
そう、菓子パンや総菜パンが売ってないのだ。あれは日本オリジナルが多いって言うし。
「クレオ、今日休むって」
「お義姉さん、おはようございます」
今日休むって伝えてと言おうとしたら、クレオが嬉しそうに挨拶した。なんてタイミングのいい。
「クレオ、おはよう……ト―ル、寝不足だから休むなんて言わないわよね?」
姉ちゃん、クレオとの温度差が激しいんですけど、弟風邪ひいちゃうよ。
◇
俺の名前は紅石徹、出版社に勤めている三十五才。ちなみに独身。なぜか異世界、しかも乙女ゲームの世界に転生して……ただ今護送されています。
「姉ちゃん、この手錠どこで手に入れたの?」
そう、俺の手には銀色に光る手錠が掛けられていた。しかも、どこからどう見ても向こうの世界の手錠だ。
「師匠がくれたのよ。ト―ル君を拘束したい時に使えって……それで何があったの?貴方が眠れなくなるなんてよっぽどの事よ」
流石はお姉様、よくご存じで。
ちなみにクレオは姉ちゃんが説教するからって事で、別の馬車に乗っています。
「昨日、爺ちゃんとジェイド家の事で話したんだけど」
そこから俺は昨日聞いた話を姉ちゃんに伝えた。襲撃事件とも繋がっているから、姉ちゃんも顔を青くしていた。
「リベル君にそんな過去あったんだ。でも、なんでお爺様は今まで教えてくれなかったのかしら?」
この話を姉ちゃんに伝えたのには理由がある、当然だけど姉ちゃんのクラスにもジェイド領から来ている子もいる。
「現当主派か次期当主派なのは、外の人間には分からないらしいんだ。公言してる人もいるけど、どっちつかずの人も少なくないみたい。スパイみたくなっている家もあるんだって」
下手に近づけば、どちらからか敵認定されてしまうのだ。当主がそうなるのは良いけど、子供を理由に敵認定されるのはヤバい。
「でも、これで納得出来た事があるわ。ジェイド領から来た子達って、距離感が変わっているのよ」
昨日まで仲良く話していたのが、お互いに無視し合う。犬猿の仲だった子達が、急に仲良くなっている。
それは学校では珍しくもない風景。でも、ジェイド領はその割合が多く、何より表情が伴わないそうだ。
そりゃ、そうだ。親の指示で動いているんだもん。今日からあの子とは付き合うな、あの子と仲直りしろって。
(俺はリベルと仲良くしていたから、近づいて来なかったんだろうな)
何よりフツメン貴族の俺と仲良くするメリットは少ない。
「今日、ジェイド領関係者から接触があると思うから、気をつけないとね」
多分、現当主派は言い訳をしてくるし、次期当主派俺を取り込もうとする筈。
◇
そう、来たか。正確にお前が来ちゃったの?なんだけどね。
「ト―ル君、初めまして。襲われたと聞いたけど大丈夫かい?」
そう言って優しい笑みを浮かべる教諭。そこにいたには、魔法研究会顧問ザント・シュタイン。
「確か部活紹介の時に壇上に立たれていた先生ですよね?どの様なご用件でしょうか?」
とりあえず知らぬ存ぜぬで、のらりくらりとかわしていこう。爺ちゃんの話だと攻略キャラのセリューの父親は次期当主派……って言うより、張本人の次期当主らしい。
俺としては次期当主派と仲良くなっておきたいのだ。
「ああ、自己紹介がまだだってね。私はザント・シュタイン、魔法学を教えている。ジェイド領の生徒が君に謝りたいらしんだ」
それって貴方の恋人ですよね。学内で、堂々と橋渡しをするのかよ。年の差を恥ないのか?
「ト―ル、一緒に教室に行こう……先生、おはようございます!ト―ルはもらっていきますね」
そう言って俺の手を握って歩き出すクレオ……ブーメラン、戻って来るの早過ぎない?
「クレオ、助かったよ。さあ、行こう」
クレオの手を握り返す。だって、恥ずかしいらしく、細かく震えているんだもん。大人として堂々としなきゃ駄目じゃん。
なんかザントの視線が痛いのは気の所為でしょうか?
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