ヘルハウンド

 準備のいい事に執事は肉を縛る縄まで準備していた。肉塊を縄で縛り、肩から担ぐ。

 どこからどう見ても囮じゃねえか。

 日本だと即ストップがかかりそうだけど、この世界で魔物退治は貴族の務め。

 中には領民に見せて強さアピールをしている奴もいるらしい。

 でも俺に向けられている視線は尊敬や羨望じゃない。あれは失敗を期待している目だ。

(上手く行けば横取り出来るって思っているんだろうな)

 行動の美しさが評価される世界であっても、権力が絡むと足の引っ張り合いになるんだろうか?

 とりあえず参加者の婚姻状況を二コラさんに調べてもらおう。

 場合によっては婚約者にチクらせてもらいます。

 結界からでて歩く事十分。結構歩いたけど、牧場だけあり見晴らしが良い。

 早い話が見ているのは牧草とそれを食む牛さんだけ。ヘルハウンドのへの字も見当たらない。

(とりあえず肉を置いて様子を見るか)

 何の肉か分からないけど、牛さんの近くに肉塊を置くのはちょっと気が引ける。

 これが将来にお前達の姿だって言ってる感じだ。


 ◇

 身を隠す所を探していると、それは来た。

 かなり遠くにある林の中から白い二つの影飛び出してきたのだ。そして、あっと言う間に目の前に……おじさん、婚約者がいるからあまりグイグイ来られても困るんだけど。

 野生のボルゾイとは上手く表現したなと思う。体高は二メートルちょい、毛の長い二匹の野犬……確認するまでもないあいつ等がヘルハウンドだ。

(初対面な筈なんだけど、めっちゃ怒っていない?)

 物凄く唸っているし、出会って秒で臨戦態勢に入っている。肉に釣られてやってきたってより、怒りに我を忘れてやって来たって方がしっくりくる。

 俺、動物には好かれる方だと思っていたのに。


「僕は敵じゃないよっ……てなだめている暇はないよな……ストーンクリエイト、形はY字、高さ3m、厚さはニ十センチ」

 俺とヘルハウンドに間に石の壁を設置。Y時の縦線に当たる部分に斜度を付けておく。

 そこを駆けあがって行くと、一匹のヘルハウンドが火を吐く瞬間だった。

 ヘルハウンドが大きく息を吸い込んだかと思うと、業火の奔流が襲ってきた。

(Y字にして正解だったな)

 炎は壁を伝っていき、後方に流されていく。


「隙ありってな」

 亜空間から弓を取り出し、矢を放つ。動く獲物を弓矢で狙うのは至難の業。でも、ヘルハウンドは息を吸う為に、動きを止めている。


「ギャウンッ」

 矢はヘルハウンドの背中に深々と刺さった。長い体毛に阻まれた所為で。即死とはいかないが、しばらく動けない位の深手を負わせたと思う。


「残り一匹!」

 壁から飛び降りると、同時にストーンクリエイトを解除。

 そうなると、ギャラリーからも現状が見える訳で……。


「凄い……もう一匹倒している」

 サングエ君、しっかり見たよね。近接戦で二匹同時はきついから、一匹は弓で倒しました。


「ト―ル、怪我していない?」

 クレオ、そんな心配しなくても……かすり傷でも姉ちゃんにチクられそうで怖いです。


「ブサイクの癖にやるな」「スノウ?」「まだ一匹いる」

 ギャラリーの皆さん、欲望が駄々洩れですよ。

 戦いはまだ終わっていない。弓をつがえたまま、残ったヘルハウンドと対峙する、


「当然、警戒するよな」

 何しろ俺は兄弟を倒した男だ。しかも、まだ弓を持っている。

 ヘルハウンドは俺を警戒しているらしく、身を屈めながら様子を見ていた。

 牽制の為に、一発放つべきか……いや、次の矢をつがえている間に襲われる危険がある。

 弓越しにヘルハウンドの動きを注視していく。


「グルル……」

 ヘルハウンドが深く息を吸う為に、身体を四肢に力を籠める……今だ!亜空間から霧吹きを取り出す。


「唐辛子・ワインビネガー・ビタークリセンマム・にんにく……ルベール家特製虫よけスプレーだぜ」

 まあ、某テレビ番組からパクったんですけどね。領内で取れる刺激物を集めてみました。


「ギャウン」

 結果、思いっきり吸い込んでしまったヘルハウンドは体をのけぞらせた。


「来世は捕まるなよ」

 今度は亜空間から剣を取り出し、ヘルハウンドに斬りつける。

 ……オーク同様、真っ二つになりました。

 後は残っているヘルハウンドにとどめをさせば終了だ。


「これが実戦なんだね……でも、ジェエルエンブレムは……」

「ト―ル、お前強いな」

 サングエ君とフォルテがこっちに向かってくる。


「まだとどめを刺していないんだから、あまり近づくなよ」

 後は残っているヘルハウンドを斬り殺せばオッケーだ……サングエ君のジュエルエンブレムどうしよう。


「させない。これはドロップの敵討ちでもあるんだ……ストーンバレット」

 残っているヘルハウンドに近づこうとしたら、誰かが俺にストーンバレットを放ってきた。


「痛っ……ストーンクリエイト……高さ二メートルの壁」

 骨は折れていないけど、かなり痛い。魔文字道着を着ていなかったら、やばかったぞ。

(あいつはスノウとか叫んでいた貴族……スノウ……ドロップ?まさか、あいつがヘルハウンドの飼い主?)

 白いヘルハウンドだからスノウドロップか。いや、スノウはまだ良いけど、ドロップは耳飾りなんだぞ。


「ああ、スノウ。可哀そうに……今、弓を抜いてヒールを掛けてあげるね」

 壁の脇から、様子を伺……いや、お前そいつを捨てたんだろ?それにヒールは俺が先じゃね?


「馬鹿っ……」

 貴族が近づいた瞬間、ヘルハウンドの殺気が濃くなった。

 痛む脇腹を抑えながら、ヘルハウンドの方向に向かう。

(あの肉塊は、馬鹿貴族が準備したんだろうな)

 普通こんなに大勢人がいたらヘルハウンドは近付いて来ない。

 でも、憎い貴族の匂いしたから、怒りに我を忘れて飛び出して来たんだろう。


「ヒール……これ、覚えているかい?お前が、最初に着けた首輪だよ」

 貴族がドヤ顔で首輪を取り出す……ヘルハウンドの怒りが増しているんですけどっ!

 野生生物のヘルハウンドからしてみれば、人間に首輪をつけられるのは屈辱だと思う。


「ヴゥー……ガウッ」

 言わんこっちゃない。件の貴族は、ヘルハウンドに肩を思いっきり噛まれた。


「流石に死なせる訳には行かないよな」

 俺が招待した訳じゃないけど、確実に面倒な事になるだろう。

 痛みを我慢して剣を握る。これ位の痛みは修行で何度も経験した……だから分かる。俺はまだ戦える。


「兄貴、こっちに来るよ!」

 ヘルハウンドは標的をフレイム兄弟に変えた様だ。フォルテの声が恐怖に染まる。

 追い掛けようとしたが、ヘルハウンドの足は予想以上に速かった。多分、フォルテ達を倒して逃げるつもりだ。

(バイクに変身して……運転手ねえちゃんがいなくても、きちんと走れるのか?)

 フォルテ……サングエ君もまだ子供だ。大人おれが守らなきゃ駄目なんだ。


「フォルテ、俺の後ろに隠れてろ……守らなきゃ、俺が守らなきゃ。フォルテは俺が守るんだーっ!」

 次の瞬間、漆黒の炎がヘルハウンドを襲った。狙いが定まっていなかった所為か、炎はヘルハウンドに届かない。

 でも、充分だ。

 サングエ君の手には真っ赤なルビーか輝いていた。フォルテを守らなきゃっていう必死の思いが、ジュエルエンブレムを顕現させたんだ。


「おらっ……サングエ先輩、ジュエルエンブレム出せたじゃないですか」

 ヘルハウンドに蹴りを入れて、俺に意識を向けさせる。折角、ジュエルエンブレムが顕現したのに、殺されたんじゃ元も子もない。


「無我夢中で……気付いたら顕現していて」

 心の底からフォルテ助けたいって思ったから、顕現したのか。


「今の内に二人で逃げて下さい。ニコラ、聞えていたら、あの馬鹿を確保しろっ。聞きたい事があるから、ヒールを掛けるのを忘れるな」

 そのまま一気にヘルハウンドに近づく。


「草刈りっ……これで腹が剥き出しだぜ」

 草刈りのスキルを応用して、ヘルハウンドの毛を刈る。

 そして、俺はあらわになった腹に剣を突き立てた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る