トラップ?

 今でこそ貴族だけど、我が家は元農家。だから根っこの部分では完全に庶民。しかも俺は前世も庶民だった訳で……。

(やっぱり、お貴族様なんだよね。多分、物見遊山気分ななんだろうな)

 ヘルハウンド討伐に参戦するのは俺一人。でも、見学者がやたら多い。

 討伐戦の朝、フレイム家から団体さんがやって来ました。なんでもサングエ君とフォルテの護衛との事。

 いや、本家の嫡男おれは護衛無しなんですが……それはまだ良い。

 サングエ君、君はこれからデートにでも行くんですか?


「ト―ル君、今日はよろしく頼むよ」

 これから命懸けの戦いに行くとは思えない爽やかスマイルなサングエ君。

 自分は参戦しないと思っているんでしょうか?物凄くお気楽な態度です。

 思いっきりお洒落な服で来ているし。深紅のシャツには、フリルまでついている。

 しかもため口って……確かに俺は後輩だけど、俺は本家の人間で継承権も上なんだよね。

 流石に学生さん相手に格上マウントは取らないけどさ。会社の後輩だったら、アウトだぞ。

 今回の一番の目的は、サングエ君に実戦を見せる事。色々アウトでも、断れないんだよね。


「実戦か。生で見るのは初めてだな」

 そしてフォルテ。こいつはまだ中一だから、模擬戦も見た事がない筈。

 見た事があるは演劇位だと思う。多分、、生き物が死ぬ所は見た事ない筈。

 その所為か、半袖シャツにハーパンっていうハイキングにでも行く様な恰好だ。

(流石に中学生も巻き込む訳にいかないよな)

 出来たらヘルハウンドを殺す所は見せたくない。下手したらトラウマになる危険性もあるし。

 でも、フォルテは兄貴サングエくんが心配な訳で……おじさんとしては、断り辛いのです。


「ト―ル、怪我しちゃ駄目だからね。僕と指切りしてっ」

 クレオが小指を差し出してきた。クレオは最初から見に来ると言っていたから仕方ない。

 それとなく断ろうとしたら、むくれたし。

 ちなみにクレオは魔文字道着で作った長袖のチェニックと厚手のパンツ。

 動きにくいって言われたけど、公爵家の令嬢に怪我をさせる訳にはいかないんです。

 フォルテ達にクレオの生足を見せたくなかったし。

 そしてクレオにも護衛の騎士やメイドさんがついていく。

(護衛兼俺の監視役なんだろうな)

 従者の皆様から見れば、俺は外れ婚約者なんだと思う。時期がズレていれば、クラック帝国の皇子が婚約者になった可能性もあるんだし……っていうか、そっちが正史なんだと思う。


「ヘルハウンドは鼻の利く魔物です。大勢の人間の匂いがすると、警戒して近づいて来ない可能性があります。皆さんは離れた所で見ていて下さい」

 前世で散々使った余所行きスマイルで説明。


「それでは出発します。私達の後をついて来て下さい」

 今回も御者は二コラに頼んだ。俺がヘルハウンドを討ち漏らした時の保険でもある。


「まるで団体旅行みたいな規模ですね。フレイム家の方が、家より馬車の台数が何倍もありますよ」

 ちなみに我が家は一台のみ。従者は二コラさんだけ。対するフレイム家は馬車が五台に従者が二十人。


「もし、サングエ様とフォルテ様に何かあったら、フレイム家に後継ぎがいませんので……それにしても調理人やお世話係までついて来るとは思いませんでしたよ」

 調理人って、俺は手製のバケットサンドなんだぞ。お世話係なんて最初からいないし。


「あの時の執事までいましたね。当主付きの執事が、何しに来たんでしょうね?」

 俺がフレイム家に行った時に会ったイケメン眼鏡の執事までついて来ていたのだ。

 うん、あの時は大変お世話になりました。お陰で収穫量が上がったし、土木工事も上手くいっています。


「忠義心と言いたいのですが、あの者の本家はジェイド領らしいです。まあ、ご当主からの信頼は厚いと聞きますので、命令されたのだと思いますが」

 忠義心が本物でも厄介なんだよね。フレイム家から見たら、俺は後継ぎ横取り野郎なんだし。


「一応、警戒しておいてもらえますか?多分、俺の事を快く思っていないと思いますので」

 横取りだけじゃなく、意趣返しでやった低ランク土魔術師をフル活用したのだ。

 イケメン眼鏡のプライドを傷つけたと思う。


母上ライラ様やおレイラ様からは、ト―ル様の安全確保も頼まれておりますが」

 二コラさんは、そう言うと悪戯っぽい笑顔を浮かべた。母さんと姉ちゃんからしたら、オーク討伐の実績があるとは言え心配なんだと思う。


 ◇

 はめられた。絶対にはめられた。警戒指示するも、既に時遅し。

 牧場に着いたら、俺とあまり親交のない貴族や騎士が集まっていたのだ。

 共通しているのは、俺とクレオの婚約を快く思っていない連中って事だ。

(テントまで張りやがって……見世物扱いかよ)

 椅子やテーブルも置いてあり、牧場はちょっとしたフェス会場みたくなっている。


「皆様、ト―ル様の戦いを見に来たんですよ」

 唖然としていたら、フレイム家の執事が話し掛けてきた。しかも、してやったりって顔をしている。


「そうですか。でも。こんな沢山いたらヘルハウンドは近づいて来ませんよ」

 しかも酒を飲んで騒いているから、絶対に来ないと思う。


「そこはご安心を。きちんと結界を貼っていますので……サングエ様にもしもの事があったら、大変ですから」

 そういう事か。サングエ君やフォルテが、あんな恰好をしているのは、こいつの指示と。

 それを見てにやける見学者の皆様。

(俺がヘルハウンドに負ければ、エメラルド公爵に伝わるもんな)

 そうしたら、評判はがた落ち。自分がヘルハウンドを倒せば、クレオと婚約出来るとか考えているのかも知れない。


「随分と用意周到だね。これだけ人を集めてヘルハウンドは現れませんでしたってなったら、やばいぞ」

 貴族にも仕事がある。集まって何も起きませんでしたは通用しない。


「それもご安心を。ヘルハウンドの好物を用意していますので」

 どこから持ってきたのか、執事は肉の塊を取り出した。

 完全に掌の上で遊ばれている。ちくしょう、ダンス大会なんてスルーしときゃ良かった。

(こうなりゃジュエルエンブレムの顕現は二の次だ。どんな手を使っても勝ってやる)

 ジュエルエンブレムの顕現も、華麗で貴族らしい戦いも無視。俺なりのやり方でヘルハウンドに勝ってやる。

 善は急げって事で、肉を持って結界の外へと向かう。


「ト―ル君、待って。武器は持たないの?」

 サングエ君が心配そうな顔で駆け寄ってきた。きっと、根は良い子なんだと思う。


「私は収納魔法が使えるんですよ。だから、そこに仕舞っています。何しろ、ヘルハウンドは金属の匂いを警戒しますので」

 収納魔法は異空間に仕舞えるので、匂いもしない。

 ちなみに、今回収納してるのは、弓矢と剣。それと霧吹き。

 見てろよ。イケメン眼鏡。庶民の戦いを見せてやる。

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