ねえ、馬鹿なの?

 今日も胃が痛い。ヘルハウンドの事を調べれば調べる程、碌な情報が出てこないのだ。

 お約束で牧場の近くにヘルハウンドの棲息地はなかった。

 そりゃ、そうだ。野犬の群れが住んでいる場所に牧場を作る馬鹿はいない。

 しかも、ヘルハウンドの棲息地は外国との事。絶対に禄でもないオチがつくと思う。

 唯一の救いは討伐の日程まで余裕がある事。これは、俺の事情ではなくサングエ君の都合。高校で舞踏会があるらしく、そのレッスンが立て込んでいるそうだ。


「本当お貴族様よね。自分で実戦を経験したいって言った癖に」

 姉ちゃんも呆れ顔だ。まあ、この世界の貴族や騎士にとって舞踏会は重要。女神アムールに美を捧げる儀式に近いそうだ。

 フツメンでダンスが苦手な俺が舞踏会に出たら、天罰が降るかもしれない。


「お陰で堂々とヘルハウンド対策が出来るから、俺にしたら不幸中の幸いだよ」

 イルクージョンにいないヘルハウンドが、なぜ牧場の近くに出没したのか?……ただ今二コラさんに調べてもらっています。

(クラック帝国絡みじゃないと良いんだけどね)

 クレオがクラック帝国のやらかしを知ったら、高確率でエメラルド公爵の耳に入ってしまう。

 ただでさえクラック帝国のブラックリストに載っていそうな状態なのに、これ以上刺激する事態は避けたい。


「ト―ルでも、ヘルハウンドに勝てないの?」

 クレオ、人間は武器を持って初めて中型犬と対等って言われているんだぞ。ましてやヘルハウンドは大型犬。しかも火まで拭く。


「野犬って基本群れで行動しているんだよ。サングエく……先輩の顔に傷でもついたら、ジュエルエンブレムが顕現してもアウトになるだろ?」

 貴族は美しさを重要視する。もしサングエ君の顔に傷が残ったら、結婚は望みが薄くなる。そうなると後継ぎはフォルテに……そんな事になったら、サングエ君の闇落ちが確定してしまう。


「でも、王子様の話だと目撃されているヘルハウンドは二匹って話な筈よ」

 確かに姉ちゃんの言う通り、伝わってきている話では二匹だ。だから、高校サイドも『二匹なら中等部の生徒でも対応出来るよね』って話を持ってきたらしい。

 でも、おじさんはそれを鵜呑みにする初心さはないの。


「先発隊の可能性は否定出来ないよ。野犬が二匹だけってのが、不自然なんだ」

 俺が一番警戒しているのは、牧場や高校サイドが都合よく改変している可能性。王子ラブな姉ちゃんにいったら怒られるそうだからお口チャックなのです。


「サング先輩について来てくれる友達はいないのかな?」

 クレオ、それ地雷。他所で言っちゃ駄目なやつだぞ。


「あー……いなくなったが正確なんだよ。俺等の出現で、サングエ先輩は継承権レースから脱落。加えてジュエルエンブレムが顕現していないから、距離をおかれているみたいだぞ」

 早い話が付き従う旨味が少なくなったってやつだ。悲しいけど高等部ともなると、進路や就職が視野に入って来る。

 いくら仲が良くても自分や家の将来と天秤に掛ければ、どっちに重きを置くかは答が出てしまう。


「確か、サングエ先輩は婚約者も決まっていないから、このままだとカビパン食いもあり得る。そうしたら、フレイム家の士気に関わるわ。トール、大丈夫なんでしょうね?」

 カビパン喰い、日本で言う冷や飯喰いと似た表現だ。何しろサングエ君は、剣やダンスのレッスンにばかりに重きを置いて来た。

 早い話が実務者としても使いにくいのです。


「言ったでしょ。時間が出来て不幸中の幸いだって。一挙両得な案を考えているから」

 魔文字を縫い込んだ道着を着こめば噛まれても平気な筈。


「大前提として、怪我をする様な馬鹿な真似はするのはアウトだからね。魔文字道着で噛まれもセーフなんて考えてないわよね?」

 姉ちゃんは、そう言うと俺の目を覗き込んでいた。まさか姉ちゃんって、エスパー?なんで、ばれたんだ?


「ほ、保険って言うか、最悪な想定としては有りかなって。腕を噛ませて刺すみたいな」

 イメージ的には、警察犬の特訓だ。あれなら確実に攻撃出来る。


「良い訳ないでしょ!クレオが涙目になっているじゃない」

 姉ちゃんの怒号が飛んだ。見るとクレオがしゃくりをあげている。


「ト―ル、怪我しちゃうの?僕、そんなの嫌だよ」

 しゃくりをあげながら、大粒の涙を零すクレオ。お嬢様育ちには刺激が強かったかもしれない。

 その後、絶対に怪我はしないって、何回も約束させられました。


 ◇

 そっちだったか。てっきり、ヘルハウンドもティマ―に操れていると思っていたんだけど。


「貴族の元ペットですか。魔物の飼育放棄って、マジかよ」

 ヘルハウンドは元は貴族の屋敷で飼われていたペットだったとの言。でも、大きくなり過ぎたし、言う事を聞かないから捨てたらしい……馬鹿だろ!

 犬は何代にも渡って、人間に慣れる様にしたんだぞ。しかもヘルハウンドは野犬。大きくなれば野生に返ってもおかしくはない。


「旦那様も呆れていました。しかし、物的証拠がありませんので」

 なんでも件の貴族は『牧場の近くならご飯に困らないでしょ』って言っているそうだ。もう一度言う……馬鹿なの?頭、お花畑じゃない。


「問題はどこから買ったかですね。難しいかもしれませんが、調べてもらえますか?」

 言えるのは確実に人間を恨んでいるって事だ。

 師匠に野犬じゃないですよねって言いたいけど、『魔物辞典に載っているのはヘルハウンド種に関してです。辞典は、個別ケースには対応していませんよ』って返されそうだ。

 ちゃんと人には馴れませんって伏線を貼っていたし。


「旦那様にも言われました……それと霧吹きの試作品が出来たそうですよ」

 まさか寝癖直しの商品が、こんな所で役だつとは。


「後から見に行きます。薬草部門にハーブ水の研究をお願いして……農園部門には、農薬散布用に配布。今のうちにバリエーションを増やしておくか」

 イルクージョンに特許の概念を根付かせたいな。


「サングエ様がジュエルエンブレムを顕現出来ない理由は何なんでしょうか?げーむとやらでは、何と描かれていたのですか?」

 ちなみに二コラさんに攻略キャラで、結構人気だった事伝えたら『こんなおじさんがですか?それは光栄なお話ですね。でも、高校生のお嬢さんは娘にしか思えませんので』って言っていた。

 ちなみに現在、俺はクレオに攻略されかけています。


「確か、本気になっていなかったみたいな感じでしたよ。ゲームだとクラック帝国に寝返ってイルクージョンへの復讐の為にって心から怒る事で顕現したって設定でした」

 恵まれた血筋、恵まれた才能……だからジュエルエンブレムを心から渇望していなかった。サングエ君が心からジュエルエンブレムを欲すれば顕現すると思うんだけど。

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