タイミングが良すぎます
……俺は何も見なかった。サングエ君の目から光が消えかけているのは見間違いの筈。
(闇落ちの原因が姉ちゃんじゃなきゃ、問題なし!)
でも、フォルテはダチだ。それにこのままでは、ゲーム同様サングエが魔王軍に寝返る危険性がある。
ルベール家の第三位後継者としては、事前に防いでおく必要があるよね。
(今は下手に刺激しないで、何があったか調べてもらうか)
転生者はチートで、何でも解決出来るって設定のラノベは結構ある。
でも、俺は違う。チートのチの字もないし、出来る事には限度がある。
藪をつついて蛇を出す訳にはいかないのだ。
気付かれない様に戻ろうとした瞬間、今までなかった空き缶を蹴ってしまったのだ。物凄く良い音が響きました……絶対師匠の仕業だろ。
「誰だ!……なんだ、ト―ルか。びっくりさせるなよ」
フォルテ、驚かせてごめん。苦情は師匠に言って下さい。
「サングエ先輩、お久し振りです。フォルテ、驚かせて悪いな。俺は、ランニングに戻るよ」
早く戻らないと、お姉様の雷が落ちたしまう。何より空気が重たくて、居づらいんです。
「ト―ル君は凄いな。ジュエルエンブレムが顕現したのに、きちんと鍛錬をするんだね。それに比べて僕は……」
サングエ君の落ち込みが増した気がする。今の会話のどこに地雷があったんだ?
「私のジュエルエンブレムは、魔力効率が良くないんですよ。だから、魔力が切れた時に為に、基礎体力をつけておかないと駄目なんです」
決して、嘘ではない。何しろ俺のジュエルエンブレムには、技がインプットされていないのだ。だから鍛錬は必須な訳なんです。
「そう言えば、ト―ルはどうやってジュエルエンブレムを顕現させたんだ?兄ちゃん、上手く顕現させられなくて悩んでいるんだよ」
俺の場合は、師匠に移植された訳で……でも、流石にそれは言えない。
「俺の場合は、参考にならねえぞ。住んでいた村が焼き討ちにあった時に顕現したんだから。必死過ぎて何も覚えていないんだよ」
我ながら上手い玉虫色の解答だと思う。実際姉ちゃんも、そうだったんだし。
あの時、姉ちゃんは俺が殺されると思った瞬間にジュエルエンブレムを顕現させた。
そうすると、ゲームでの姉ちゃんはいつ顕現させたんだろう?
(もしかして、本当の弟は、あの時死んでいたんじゃないか?)
そう考えればサングエを、逆怨みした事にも説明がつく。こいつはジュエルエンブレムを顕現させていない癖に貴族面をしていると。
「そっか。良く考えたら、お前とリベルはとんでもない経験をしているんだよな」
リベル?なんで、ここでリベルの話題が出るんだ?リベルは伯爵家の息子だ。護衛もついてるだろうし、危険な目に遭わない筈。
「リベルも過去に何かあったのか?」
さっきの言い方からすると、焼き討ちと同じ位のきつい経験だと思う。
「知らないのか?あいつ、小学校の時にジェイド領で賊に襲われたんだよ。そこで幼馴染みや友達が沢山殺されたのさ」
話を聞くと遠足の最中だったらしい。リベル達、貴族組には騎士が護衛としてついていたけど、庶民の子は教師陣のみ。成す術もなく、殺されたそうだ。
(もしかして、俺達がルベール領に初めて来た時の事か?)
あの時、その件で足止めをくらったんだよな。
(だから、あいつ薬草を見た時に『あの時、これがあったら……』って言ったのか)
俺は大人だったから、耐えれた。でも、あいつはまだ小学三年生。トラウマってレベルじゃないぞ。
「そっか……話を戻します。これは俺の完全な予想です。多分、サングエ先輩は、ジュエルエンブレムの種を持っていると思うんですよ。後は、それをどうやって目覚めさせるか」
まあ、実際ゲームでは顕現させている訳だし。
問題は、その条件だ。サングエ君のジュエルエンブレムはロードナイトで、ランクA。オリジナルネームは
「でも、どうやって……僕は鍛錬も勉強も頑張ったんだよ。何もしなくても、顕現させた友達もいるのに」
フォルテはよくサングエ君の話をする。なんでも出来る自慢の兄貴だと。
実際、剣も勉学もそこそこ優秀らしい。ついでにイケメンで、ダンスも魔法も出来る。……俺が助ける必要ないんじゃないか?逆に言えば、根幹になる物がないって事にもなるんだよな。
「私が“種”って言ったのには、意味があるんですよ。植物が発芽する条件は三つ。水・空気・温度。水と空気がないと植物は育ちません。それで温度ってのは、その植物に適した時期が来たって事なんですよ。ジュエルエンブレムも同じ。必要な時期が来たら顕現する筈です」
これぞ、必殺なんとなくそれっぽい事を言って誤魔化す作戦だ。誰かサングエ君の為に、顕現時の統計を取って下さい。
「でも、このままじゃ僕は……家にいられなくなるんだ」
でも、サングエ君は、まだめそめそしている。面倒くさっっと思ったけど、まだ高校一年生。しかも今まで挫折の経験がないんじゃ仕方ないか。
「まあ、話を聞いて下さい。植物によっては、発芽する切っ掛けが必要な物もあるんですよ。それを探してみてはどうでしょうか?」
よし、ゴールが見えた。後は、本家でもバックアップするって言えばオッケーだ。
「切っ掛け……僕に足りない物。実戦だ!ト―ル君、僕を討伐に連れて行ってくれないか」
あれ?もしかしてオウンゴールしちゃった?
◇
いつものランニングのつもりが、とんでもなく重い荷物を背負っちゃいました。
トボトボした足取りで道場へと戻る。
「ト―ル、遅いっ!さあ、生徒会室に行くわよ」
戻ると同時にお姉様の雷が落ちました。せめて言い訳させて!
「ト―ル、どうしたの?なんか、元気ないよ」
クレオが心配そうな顔で見てくる。うん、めっちゃ良い子だ。
「ちょっとね。ルベール家に関する事だから、生徒会室で話すよ」
今日はクレオが生徒会の面々と顔合わせする日だ。話題の中心は当然、クレオになる筈。サングエ君の討伐の話をしてもスルーされると思う。
「失礼します。ライラ・ルベールです。クレオ・エメラルド様をお連れしました」
ドアを開けて姉ちゃんが、報告。部屋にいたのは王子様・ヴィオレ先輩・リベルの三人。恐らく俺に好意的な人に限定してくれたんだと思う。
「ようこそ。僕の名前はリヒト・スフェール。今日からよろしく」
王子様、今日も爽やかです。お約束で姉ちゃんは、顔を赤くしている。きっとクレオも見惚れているに違ない……クレオは、作り笑顔で対応していました。
「私の名前はヴィオレ・アデール。貴女の事は、ト―ルから聞いているわ」
……そういや、ヴィオレ先輩、クレオの事を良く聞いていたもんな。そしてクレオさん、めっちゃ良い笑顔になりました。
「うんでももって自分はリベル・キャナリー言います。ト―ル、共々よろしゅうたのんます」
そしてリベルはクレオの挨拶を真似した。今度はクレオの顔が真っ赤に。
「ク、クレオ・エメラルドです。今日からよろしくお願いしましゅ……ト―ル、噛んじゃったよー」
噛んだのが恥ずかしいのか、俺に縋ってくるクレオ。皆の生暖かい視線がきついです。
「大丈夫だよ。皆、そんな事を気にする人達じゃないから……王子、報告したい事あるのですが」
クレオに優しく微笑んだ後、表所を切り替えて報告する。イケメンなら決まると思うんだけど、俺だと噴飯ものだ……なんか、クレオがトロンとして目で見ているけど、気の所為だと思う。
「そんな事があったのか……ト―ル君、討伐を経験すれば、本当にジェルエンブレムが顕現すると思う?」
無責任だと思われるかもしれないけど、答えは否だ。
「難しいと思いますが、ジュエルエンブレムを持っている騎士の仕事を見れば、意識は変わると思います」
命のやり取りを見れば事務方を希望してくれる筈。事務ならジェルエンブレム必要ないし。
「相変わらず、面白いタイミングで話を持ってくるわね。実はね、学園の牧場にヘルハウンドが出ているのよ」
ヘルハウンドってあれだよね。火を吐くでかい犬。うちと相性悪すぎなんですけど。
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