二人は二十四時間一緒?

 嫁姑問題に小姑……独身のまま、前世を終えた俺には無縁の話だと思っていました。


「クレオ、おはよう。昨夜はゆっくり眠れた?……トール、寝癖がついているわよ。さっさと直してきなさい」 

 我が家の小姑ことお姉様はクレオに優しかった。直後に俺に雷を落としてきたけど……クレオのメイドさんもいるんだから、勘弁して下さい。


「おはようございます。凄く寝やすいベッドで、ぐっすり眠れました……トールには、おつきのメイドや執事はいないの?」

 流石はゲームのメインキャラ、姉ちゃんと並んでも見劣りしない美少女だ。前世リアルでもフツメン扱いだった俺とは別生物みたいです。


「クレオ、おはよう。メイドさんも、おはようございます。身の回りの事は出来るだけ、自分でしているんだよ」

 一番の理由は、前世の事がバレない為だ。何より、他人が近くで控えているなんてストレスでしかない。

 ホストみたいなイケメンが直立不動で立っているんだぞ。俺のコンプレックス刺激しまくりなのである。


「でも、凄い寝癖だよ。僕が直してあげようか?」

 クレオはそう言うと、俺の頭に手を伸ばしてきた。なんか凄く良い笑顔で照れ臭くなる……姉ちゃんがニヤニヤしながらこっちを見ているけど、気にしない。

(ここはお屋敷と違って、厳しい目がないから素の自分でいられるんだろうな……寝癖か)

ワックスやムースの再現は難しいけど、霧吹きを使った寝癖直しなら再現出来るかも知れない。


「姉ちゃ……」

「トールさん、今日はクレオ様の初登校の日ですわよ。王子様へのご挨拶もあるし、ちゃんと身だしなみを整えて下さいね……間違っても『企画だ。開発だ』なんて考えない様に……分かったわね?」

 お嬢様モードで話し掛けてくる姉ちゃん……確かにクレオは今日から登校する。異国の学校なんて不安しかないと思う。

(王子様に挨拶か……学校には王子様だけじゃなく、ヴィオレ先輩やフォルテもいるんだよな)

 選り取り見取りのイケメン天国。転校初日で婚約破棄もあるかもしれない。


 流石は公爵令嬢、注目度が半端じゃない。学校に着くと、クレオを一目見ようと大勢の人が集まっていたのだ。


「クレオ・エメラルド様?転校してくるって噂は本当だったんだ」

「まあ、凄くお綺麗。流石はエメラルド公爵令嬢ですわね」

「一緒にいるのは、天才ライラ・ルベールか。二人並んでいると絵になるな」

「でも、なんでこの時期に転校してこられたんでしょうか?」

「庶民伯爵トールが邪魔だな」

 なんだろう。婚約者クレオが誉められているのに、物凄く肩身が狭いです。

 そっと二人から離れようとしたら、誰かに袖を掴まれた。

(クレオ……そっか、不安だよな)

 それとお姉様、逃げないので足を踏むのはお止め下さい。俺限定で悪役令嬢になっていないか?

 この学校を運営しているのは国だ。つまり学校運営にも、国の意思が反映される。


「ポリッシュ共和国からやって参りましたクレオ・エメラルドです。トール共々よろしくお願いいたします」

 クレオ様、最初の挨拶でぶち込み過ぎだって……確かに婚約者だけど、クラスの視線が痛いです。

 国の方針により、クレオは俺と同じクラスになった……何でも本人たっての希望らしい。


「いーや、流石はトールや。いつの間のエメラルド公爵家と縁を深めたんや?」

 リベルがすかさず茶化してくる。同級生は皆思春期真っただ中、婚約者と聞いてテンションが上がっている。

(この子達も自分の意志とは無関係に相手を決められるんだよな)

 イルクージョンでは、自由恋愛が認められている。でも、それは高ランクのジュエルエンブレムが顕現すればって言うのが前提。貴族でもCランクやDランクだと男は兵士扱い、女性は政局の駒にされてしまうのだ。

 中身が中年期のクラスメイトはやるせない気持ちになってしまう。


「トールは僕の命の恩人なの。まだ八歳なのに、ゴブリンと戦ってくれたんだ」

 うっとりとした顔でのろけるクレオ様。同時に湧く黄色い声。


「八歳って……まだジュエルエンブレムは顕現していないですよね。トール、どうやって倒したんだ?」

 フォルテはまだ恋愛に興味がない様で、俺のゴブリン討伐に興味を持ったらしい。


「ゴブリンは短剣を持っていたけど、トールは武器を持っていなかったの。ズボンの荒縄を石にくくりつけて、応戦。不思議な技でゴブリンを転ばせて、その石で倒したんだよ」

 興奮気味に説明するクレオ様。婚約者おれの中で、パンイチヒーローは黒歴史なんですが。


「エメラルドはんも、生徒会に入らはるんですか?」

 リベル、ナイス質問。生徒会にはリヒト王子とヴィオレ先輩がいる。ぶっちゃけ、リヒト王子の方がクレオと釣り合うんだよね。


「もちろんです!イルクージョンの王侯貴族の方々と、縁を深めたいですし……それに……」

 俺をちらっと見て顔を赤らめるクレオ……がっこうでも家でも、外堀が埋まった気がする。


「クレオ様は何の部活に入られるんですの?良かったら魔術研究会なんてどうですか?」

 クラスの女子が質問した。悪いけど、そこはなしだ。ただれ過ぎていて、クレオの教育に悪い。


「僕は剣術部に入るの。レイラ義姉様みたく強くなりたいんだ」

 そうなると二十四時間俺と一緒にいる事になる訳で……失望エンドが早まりそうです。


 放課後、俺はクレオと共に剣術部へと向かっていた。個人的には整髪料の企画を進めたいんだけど、初日で放り出すのはアウトだと思う。


「ここが剣術部の道場だ。部長は姉ちゃん。結構、かなり厳しい練習をするけど、大丈夫か?」

 クレオは花よ蝶よと、大事に育てられたお嬢様だ。姉ちゃんのハードトレーニングに根を上げてしまうかもしれない。


「大丈夫だよ。去年、交流試合にお義姉様が来てくれたの。高等部の男子だけじゃなく、騎士まで倒したんだよ。恰好良かったなー」

 マジで?初耳だぞ……姉ちゃんも師匠の所で修行しているから、騎士に勝つのは不思議ではない。

(クレオの事を隠す為に、秘密にしていたのか)

 そうとも知らず監視の目がなくなったと、喜んで仕事をしていたんだよな。


「クレオ、いらっしゃい。部の説明をするわね……トールは走り込みからね。それが終わったら素振り五百回開始よ」

 お姉様,実弟と義妹との待遇が違い過ぎるんですが。

この部で俺の相手になるのは、姉ちゃんだけ。だから姉ちゃんの手が空いていない時は、もっぱら自主練になってしまう。

 道場を出て、走り込みを始める。

(あれはフォルテとサングエ君?)

 なんか、またサングエ君の目から光が消えているんですけどー!

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