そういえば、そうだよね

 転生して十三年。今まで色んな難題をクリアしてきた。でも、今回はハードルが高過ぎる。

(タイトルを付けるなら『転生したら、公爵令嬢と婚約出来ました』か……何番煎じだよ)

 話を聞いてみると、婚約の話はかなり前から決まっていたらしい。知らぬは本人おれだけで、エメラルド公爵領ではかなり有名な話との事。

 挨拶を済ませたクレオ一行は、再び馬車に乗って王都へに向かった。周囲はお祝いムード一色……どう見ても『俺は何も聞いていないぞ。なんだよ、勝手に決めて』とか言える空気じゃない。


「トール様、私達も出発しましょう」

 護衛兼お目付け役の二コラさんが声を掛けてきた。

 情報集部門の長だから、当然知っている筈。でも、俺は現実味がなくて、頭が追いつきません。

 馬車の中で茫然としていると、脳内スマホに通知が届いた。差出人は師匠で『婚約決定おめでとうございます!話聞きたいですか』とのタイトルだ。

 藁にも縋る思いでメールをタップする。


「トール君、おめでとうございます!これでようやく独身卒業ですね。まあ、クレオさんに捨てられなければですけど」

 そうだよな。姉ちゃんより、俺の方が婚約破棄される可能性が高いんだし。


「おめでとうと言われましても、実感がなさ過ぎて……もしかして、師匠が何かしたんですか?」

 師匠なら、それ位朝飯前だと思う……第三者の意思って言う方が、納得できます。


「そんな無粋な事はしませんよ。婚約は紛れもなく、彼女の意思です。籠の鳥で友達のいなかった公爵令嬢。そんな彼女に初め出来た友達。一緒に過ごした楽しい夏の日々。命懸けで、ゴブリンから守ってくれた素敵な騎士かれ……まさか、彼女の恋心を踏みにじる真似はしませんよね?」

 さっきまでラノベみたいとか思っていた自分を殴りたくなる。婚約……しかも貴族の婚約は、かなり重い。

 でも、思い返すと府に落ちる事がある。師匠が慶事だって祝ってくれた事や、入学式の時、ヴィオレ先輩が群がってくる女子を追い払ってくれた事。

(そいやあの時ヴィオレ先輩は『親に言われたんでしょうけど、自分達のやっている事分かっているのかしら?』って言ってたよな)

 親の命令とはいえ、婚約者しかも同盟国の貴族と婚約している奴を誘惑なんて国際問題になりかねない愚行だ。


「そんな簡単に婚約なんて出来ないと思いますが……」

 俺は見た目でマイナスポイントを稼いでいるんだし。


「まず、最初の出会い。あの時、エメラルド公爵領にクレオさんへの殺害予告が届いていたんですよ。そして領地に戻ったクレオさんは、君の事をご両親に話したんですよ。さらに、村は襲撃されるも貴方はジュエルエンブレムを顕現させて、賊の一人を退治。村人を指揮して、一人も命を落とさずに逃げ切る。結果血筋に問題がないから、婚約者候補の一人とし名前が挙げられたんですよ」

 エメラルド公爵はクレオの頼みもあり、俺達の行方を捜していたそうだ。程のなくして、爺ちゃんの所にいる事を知って婚約の話を持ちかける。


「候補は、候補ですよね。本来の婚約者は、クラック帝国の皇子様なんですし」

 血筋、見た目、才能……全てにおいて俺を凌駕している。


「それは、あくまでゲームの話。神であれなんであれ、人の運命を決める権利なんてありませんよ。農地改革、オーク退治、魔符を使った道具の開発……エメラルド公爵としては、影で何をしているか分からないクラック帝国の皇子より、貴方を選んだのです。知っていますか?貴方、エメラルド公爵領で有名人なんですよ」

 知ってる。トール殿なんとかって、看板があったし……。


「あれは領民を納得させる為の物だったんですか?」

 この世界は清潔やお洒落を重んじている。そんな中、庶民でも気軽に風呂に入れる魔符システムは、エメラルド公爵領でも大評判。支持率もかなり上がったらしい。


「何よりもクレオの意思ですよね。マメな手紙に、宝石のプレゼント。クレオさんは、居ても立っても居られなくなって留学を決めたんですよ」

 宝石……ファング伯爵に会いにいった時のあれか……誰かの意思じゃなく、全部俺の行動が原因じゃん。

 ここで婚約破棄なんてしたら、少女の心を弄んだ最低の奴になる。


「クレオさんの好意に甘んじず、彼女がルベール家から巣立つ時に後悔しない様にしろって事ですね」

 多分、俺は婚約破棄される。何よりおっさんが未来ある若者を縛ってはいけない。


「貴方が独身だった理由が分った気がしますよ……そうでなきゃ、この世界に連れて来た意味もありませんしね」

 俺が独身の理由。それはモテないからだ……うん、言い訳です。

本当の理由は恋愛の優先順位度が低いからだ。三十年も生きていれば、自分の立ち位置が分る。

俺にモテろって言うのは、ダチョウやキウイに空を飛べって言う様なものだ。飛べない鳥なら、それらしく地面を必死に駆けていきます。


 目を開けると、馬車の中だった。時間的に一秒も経っていないと思う。

(しかし、中学生の婚約者か。どう接すれば良いんだろう?)

男なら、何とかなる。リベルやフォルテとも、きちんとコミュニケーションが取れているし。

 でも、女子となると問題は別だ。ただのクラスメイトなら、距離を取って用事がある時に話し掛ければ良い……でも、クレオは婚約者な訳で。

 放置したら、実家に帰らせてもらいますになり兼ねない。


「トール様、何を悩んでおられるのですか?」

 二コラさん、しれっとした顔で聞いてくるけど、日本だと犯罪なんですよ。貴方だって……ゲームで主人公と恋仲になるから、無意味か。


「俺はずっとクレオ君は男だと思っていたし、年の差があり過ぎて、保護対象にしか見えないんですよ」

 性別は確認しなかった俺が悪いんですけどね……いくら何でも男同士でダンスを踊るにはおかしいし。


「だから伯爵も、話を勧めたんですよ。トール様ならクレオ様を傷つける事はないでしょうし……こちらに落ち度がなければ、当領が不利益を被る事はありませんよ」

 落ち度か……いくら清く正しくが重んじられる世界でも、そこは男と女。離婚する夫婦は少なからずいるらしい。

 貴族の中では、色んな理由をつけて好きになった人を囲う奴もいるそうだ……うん、浮気以前に、俺は他の異性に興味を持たれる可能性はゼロだしね。


「破談も視野に入れているっと事ですね……話は変わりますけど、クレオが狙われた理由は分かりますか?」

 多分、襲撃犯はクラック帝国の人間だと思う。そして情報隠蔽とデモンジュエルの実験の為に、村を襲ったんだと思う。


「推測の域を出ていませんが、クラック帝国の貴族との婚約を断った仕返しと聞いております」

 流石に年が若すぎるからと、断ったそうだ。

それで襲うの?器、小っちゃ!なんでも、そいつは当時中学生だったそうだ。ロ……駄目だ、俺へのブーメランになってしまう。


「てっきり、俺はクラック帝国の皇子様が婚約の相手だと思ったんですけどね」

 確かクレオは最終的に友情を選ぶんだよな。


「ええ、婚約の横槍を入れて来ましたよ。しかし、クレオ様は、きっぱり断ったそうです」

 だからファング伯爵は『皇子が勝てない訳だ』なんて言ったのか!いや。俺勝負に参加した意識すらないんですが。


 俺は絶対にロリじゃない。ドキドキしているけど、これは今日暑いからだ。


「ここがトールが住んでいるお屋敷なんだね……中、案内して」

 クレオ君、腕を組んで胸を押し付けるのやめよう。君、かなりの美少女なんだぞ。無自覚といえ、破壊力があり過ぎます。


「そ、それじゃ、クレオが使う私室からだな。うちの名物は風呂と料理なんだぞ」

 耐えろ、俺の理性。相手はまだ子供なんだぞ!


「楽しみ!でも、トールとの生活が一番楽しみなんだよ……僕、友達が少なかったから」

 クレオが嬉しそうに微笑む。皆、爵位に遠慮して距離を取っていたんだと思う……多分、クレオの中で俺は大事な友達ポジションなんだと思う。

(うん、邪な目で見たら駄目だよな)

 でも、今日は水浴びをして気持ちを静めようと思います。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る