同じ姉として

 ブリーゼさん身体から毒素は消えたとけど、体力はまだ回復しきっていない。何より、根本の問題は解決していない訳で。


「ちょっと、レイジ様を探して来ます」

 大きなお世話かも知らないが、ここはおじさんが一肌脱いでやろう。


「ごめんね、トール君。長旅で疲れているのに」

 ブリーゼさんはベッドから起き上がると、俺に頭を下げてきた……陰のある若妻が、上目遣いこっちを見てくる……なんか、良いです。

(年は離れているけど、家格的には釣り合うんだよな……ブリーゼさんが離婚したら、俺にもワンチャンあるんじゃないか?)

 俺の実年齢でいくと十歳以上違うけど、おじさん頑張るぞ。


「姉さんは、休んでいて……それにしても酷い男よね。浮気でもしているんじゃないかしら」

 現状だけで言うと、ヴィオレ先輩が疑うのもおかしくないと思う。ゲームでも主人公が心を解きほぐすまで、義兄であるレイジを疑っていたし……。

(なんで、こんな大事な設定忘れていたんだ?……もしかして、記憶にプロテクトが掛かっている?)

 師匠ならやりかない。でも、事前に分かっていたら、もっと動けたと思うんだけど。


「それはないですよ。ブリーゼ様とレイジ様は、母の祝福を受けていますので」

 そこから俺はヴィオレ先輩に母さんのスキルを説明……案の定、ドン引きしています。


「浮気したら針が心臓を刺すなんて、呪いと変わらないじゃない!」

 息子もそう思います。母さんって、ヤンデレなんでしょうか?


「違うわよ。この針は私と旦那様の愛の証なんだから」

 そう言って微笑むブリーゼさんは、独特の迫力がありました……やっぱり、浮気とか良くないよね。


「そ、それじゃ行ってきます」

 地図アプリでレイジの居場所を確認する。どうやら、外で待機している様だ。有難い事に周囲に人がいない。


「レイジ様、少しよろしいでしょうか?」

 レイジは、目を瞑りながら体を木に預けていた。これで絵になるんだから、イケメンってずるいよね。


「もう、話が終わったのか?」

 レイジは口数が少なく、寡黙な人間だ。だからヴィオレ先輩に誤解されたんだと思う。


「ブリーゼ様は毒に侵されていました。でも、私と姉で毒素を消したので、ご安心下さい。多分、食事に微量な毒を盛られ続けていたんでしょうね。それが蓄積して、体調を崩されたんですよ」

 レイジの顔色が変わる。そりゃ、そうだ。ブリーゼさんは結婚してから、クラック帝国から出ていない。

 国内……もしくはファング伯爵領で、毒を盛られたって事になるだから。


「おかしな事を……私は常に妻と食事をしているんだぞ」

 まあ、お熱い事。レイジブリーゼさんの事大好きじゃん。


「器に少しだけ毒を塗るんですよ。そうすれば、誰にも気付かれず毒を盛れます」

 推理小説の校正をした経験が、異世界で活きるとは。


「君は我が家の者が犯人だと言いたいのかい?」

 ようやくレイジの目が開く。城主としては気持ちが良い物じゃないだろう。


「お前の態度が答えだっての。自分の女房に愛の言葉の一つも囁かないから、配下が暴走したんだよ」

 多分、レイジも気付いていたと思う。図星だから、余計にムカついたんだ。


「こ、子供に何が分かる。私は妻を愛している。それで問題ないだろっ」

 子供だな。そして俺が子供じゃないって、証明すれば良いんだろ。

 手早く服を脱いで、素っ裸になる。

 

「トール、マジカルチェンジ。セクシートール華麗に爆誕……これで俺の方が年上だ。あのな、言葉にも態度にも出さなきゃ、相手に気持は伝わらないんだぞ。そして、周囲から不仲だと誤解されるんだよ」

 かなり、恥ずかしい。でも。旅の恥は搔き捨てと言う……本当は意味合いが違うから、文に出てきたら赤字を入れます。

 説教しながら、エメラルド公爵領で買った大人用の服を着ていく……前世の俺って、こんなに腹出ていたっけ?


「私は武人だ。そんな軟弱な真似は出来ん!」

 クラック帝国は軍事国家だ。その為か、男は硬派であれって言う風潮があるらしい。


「武人なら、情報伝達・報連相の大切さを知っているだろ?まさか、部下に何も指示せず、俺様の顔を見て作戦を察しろとか言うのかい?……とりあえず、座れ。異世界で大事な女を盗られた馬鹿な男の話をしてやるよ」

 そういって近くにあった丸太を指さす。


 恰好付けて言ったけど、俺の失恋話なんだよな。


「その男は三十歳だった。彼女は二十七歳。男は女を愛していたし、女も愛していてくれたと思う。結婚を意識した男はがむしゃらに働いた。それこそ、女とデートする回数を減らしてもな。言わなくても察してくれる。そう思っていたんだ」

 言い訳じゃないけど、人気作家に指名されて凄く忙しかったんだ。それ分、充実していたけどね……俺と仕事は。


「三十歳になっても、結婚されなかったんですか?それで奥様とは、どうなったんですか」

 レイジ君、君の隣にいる男は三十五歳になっても、独り身だったんだよ。


「仕事が楽しかった……これは言い訳だな。結婚する前に振られたよ。『他に好きな人が出来たの』ってね。相手は女の同僚。男が仕事に夢中になっている間に、寝取られたのさ。周囲も勝手なもので『他に女が出来たんじゃないの』とか『彼氏の愛が醒めたんじゃない』とか好き勝手に言ったらしい」

 醒めたんじゃない……原稿が待ってたの。先生、締め切りギリギリなんだもん。

 でも、彼奴なら分かってくれるってライソもしなかったのは事実だ。


「それは……怒らなかったんですか?」

 やめて、同情の目で俺を見ないで。


「怒ってどうなる?俺が仕事に夢中になって、彼女を放置したのが原因なんだし……当たり前だって思っている生活は、笑える位あっさり終わるのさ」

 まさかの異世界転生なんてしちゃうし。コンビニ行きたいです。


「でも、どうすれば……私は剣の修行しかした事がいないので」

 せっかくイケメンに生まれたのに、もったいない。まあ、だから本編まで再婚出来なかったんだろうけど。


「難しく考え過ぎですよ。ほんの少しブリーゼさんに気遣うだけで大丈夫です……これは作戦ですよ。ファング家を乱そうとする者を特定する為の作戦です」

 作戦だと念押しておけば、武人のレイジ君も動きやすいと思う。


「ありがとうございます……これは皇子が負ける訳だ。早速、実行してみますね」

 皇子が俺に負けた?なんで?……卑怯さ位しか勝ってる要素ないと思うんだけど。


「老婆心ってやつですよ。そうだ!ちょっと一芝居打ちたいんで、協力してもらえませんか?」

 ちょっと、待って。どうやったら、トールに戻れるんだろ?


 元に戻る呪文は『トール、プリティチェンジ。ラブリートール、キュートに変身』でした……レイジ君、笑い堪えていたな。


「姉上、私も同行してよろしいでしょうか?父上と母上に姉上の現状をお伝えしたいのです」

 ファング家の迎えが来て、別れの時間になった。そんな時、ヴィオレ先輩が城に連れて行ってもらえないかと懇願しだしたのだ。

 まあ、俺の仕込みなんですけどね。


「なりません。私は既にクラック帝国に嫁いだ身。そして貴方は他国の者。おいそれと国に入れる訳にはいきません」

 ブリーゼさんノリノリ。でも、これでブリーゼさんはクラック帝国に心があるって思われる筈。


「あー、すっきりした。貴方達には、感謝をしないとね」

 ブリーゼさんを見送った後、ヴィオレ先輩はすっきりした顔でそう言った。

 ヴィオレ先輩が髪を伸ばしたり、女物の服を着ていたりしたのは母と慕っていたブリーゼさんがいなくなった事が原因らしい。同じ格好をしていればお姉様が側にいてくれる感じがすると。

 でも、これで母離れならぬ姉離れが出来たと思う。


「同じ姉として放っておけなかったからね。弟を想う気持ちは、なんとなく分かるのよ」

 それでしたら、お姉様あまりアクセルを吹かさないでくれますか?明日は筋肉痛だと思う。

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