男前令嬢

 今日初めて姉ちゃんに悪役令嬢の片鱗を見た。だって可愛い弟を有無を言わさずに連れだすんだぜ。


「姉ちゃん、ちょっと待て。どこへ行くの?」

 人権ガン無視の行動だけど、強く言えない。姉ちゃんの表情は真剣そのもので、迫力が凄い。

 ゲームで、主人公に「庶民の癖に生意気ですわね」って言っていた時を彷彿させる。


「ヴィオレの所よ。ト―ル、早くバイクになりなさい」

 物凄く的確な指示です。でも、アデール領までは、それなりの距離があるんですけど……。


「良いけどさ。行って何するの?」

 俺もヴィオレ先輩の事は心配だけど、なんで元気がないのか分からないんだし。


「喧嘩言相手がいないとつまらないのよ。王子様だって心配していたし……それに、なんか嫌な予感もするのよね」

 王子とヴィオレ先輩は、幼馴染みで親友だ。日本で言う小姓みたいな感じだと思う……実際に二人の薄い本も人気だったみたいだし。

(ヴィオレ先輩が心配な癖に……本当に素直じゃないんだから。姉ちゃんの恋の為にも一肌脱ぎますか)

 人気のない所でバイクに変身。路上?で変身して分かったけど、行先は地図アプリから選択するらしい。

 行先を選択すると、距離数や時間が表示される便利機能つき。

でも、横に俺の顔もアイコンで表示されているのが気になる。だってアデール城に表示されている顔アイコン苦悶の表情なんですが。


 ひたすら走る事四十分。アデール領に到着……息は絶え絶えし、汗もびっしょりなんです。

 どうやら、顔アイコンは俺の疲労度をあらわしていた様だ。次からは休憩を入れてもらおう。


「ね、姉ちゃん……ちょっと待って。流石にきつい」

 四十分間、全力疾走という拷問。お陰で胃の中の物が全部出そうです。


「はい、ヒール。さあ、行くわよ」

 優しいお姉様は、へたり込んでいる俺にヒールを掛けれてくれた……もう少し労わってくれても良いと思います。


「行くって、どこに?ヴィオレ先輩は城の中だと思うけど」

 いきなり城に行って、面会は無理だ。会うにも事前に申請しておかなきゃいけない

 うちが自由過ぎるだけで、伯爵家の跡継ぎともなるとがんじがらめの生活を送っている。


「城外にある庭園だと思うわ。前に話した時『落ちこんだ時は、庭園に行くの。あそこはお姉様との思い出の場所だから』って言ってたから。ト―ル、場所の確認お願い」

 我が姉ながら、物凄い行動力だと思う。転生物だと転生者が周囲を引っ張り回す事で、物語が動いていく。でも、俺は転生してから、姉ちゃんに引っ張り回されています。


「ちょっと待って。ここから歩いて五分の所に町がある。そこから南に十分行けば庭園だよ」

 地図アプリに従って歩き出す。街に来たついでに、何か買っておこう。事業資金がアイテムボックスにしまってあるのです。


「丁度、良かったわ。食糧とか買って行くわよ。往復で二日は掛かると思うし」

 食糧?二日?……凄く嫌な予感がしてきたんですけど。


「あっ、僕宿題があったんだ。先に帰ってるね」

 そのまま踵を返して、逃げようとする……でも、誰かに首根っこを掴まれた。


「心配しなくてもお爺様と学校には許可を取ってあるわよ。これは、アデール伯爵からの依頼でもあるんだし、」

 ただし内密に事を進めて欲しいとの事。許可は有難いけど、嫌な予感が倍増しているんですが。


「それなら、そうと先に言ってくれたら良いのに」

 こういう事は事前の仕込みが大事なんだぞ


「言ったら、貴方逃げるでしょ?一回一回クローゼット特定するの面倒なのよ」

 今回の事で分かった事がある。俺は姉ちゃんに口では絶対に勝てない……今度から隠れる場所を変えよう。


「とりあえず分かっている情報を教えて」

 姉ちゃんから聞いた話をまとめる。


・ブリーゼさんから手紙が途絶えたのは事実。それまで週一で手紙が来ていたそうだ。

・ヴィオレ先輩は小さい頃に母親を亡くしている、だから幼かった先輩にとって、年の離れた姉であるブリーゼさんが母親代わりだったそうだ。

・手紙の内容は他愛にない物だったけど、不自然な位に夫婦の事は書いてなかったらしい。

・ブリーゼさんの夫ファング伯爵は、クラック帝国の皇帝バイゼルの信頼が厚く、帝国の牙と言われているらしい。

・しかし、ブリーゼさんとの間に子供が生まれず再婚の噂も出ているとの事。

・クラック帝国は質実剛健を尊ぶ。中でもでもファング伯爵は寡黙な武人らしい。

 ……そりゃ、先輩も気を病むよね。


「姉ちゃん、食糧以外にも買いたい物があるんだけど」

 俺が買った物、数日分の食糧と水・毛布三つ・薪・地味な服・髪紐……これで何とかなる筈。


「よくこんな短時間で、思いつくわね……ト―ル、これは私からの命令。女の子に贈るアクセサリーを買ってきなさい。年は貴方と同い年よ」

 ファング伯爵に妹さんでも、いるんだろうか?

(そうか。ヴィオレ先輩からの贈り物って事にするのか。それならちゃんと選ばないとな)

 少し値が張ったけど、家格を考えるとこれ位が妥当だと思う。


 いた。ヴィオレ先輩は庭園で、花をじっと見ている。その顔は悲しげで、かなり話し掛け辛い。


「あら、意外と元気そうじゃない?リヒト様も心配していたわよ」

 でも、お姉様は空気なんて読まず直ぐに声を掛けた。すげえな。


「レイラとト―ル君……心配掛けたみたいね。王子には二、三日したら戻りますって伝えてもらえる?」

 ヴィオレ先輩は、そう言うと力なく笑った。いつもなら姉ちゃんの言葉に軽口で応戦するのに……オジサン的には、ここは待った方が良いと思う。


「花を眺めていても、何も解決しないわよ。さあ、ヴィオレ行くわよ」

 そんなヴィオレ先輩に姉ちゃんは威勢よく発破をかけた……この三人の中で、姉ちゃんが一番男前だと思う。


「何なのよ。いきなり来て……第一、行くって、どこへよ」

 出来れば、俺の予想は外れて欲しい。下手すりゃ大問題なんだもん。


「ポリッシュ共和国のエメラルド公爵領よ。あそこはファング伯爵の領地と隣接してるからね……それに多少の無理はきくし」

 姉ちゃんはそう言うと、俺を見て意味ありげに笑った。バイクに変身ですね。

 ちなみに顔アイコンは絶望が四つです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る