男前令嬢
今日初めて姉ちゃんに悪役令嬢の片鱗を見た。だって可愛い弟を有無を言わさずに連れだすんだぜ。
「姉ちゃん、ちょっと待て。どこへ行くの?」
人権ガン無視の行動だけど、強く言えない。姉ちゃんの表情は真剣そのもので、迫力が凄い。
ゲームで、主人公に「庶民の癖に生意気ですわね」って言っていた時を彷彿させる。
「ヴィオレの所よ。ト―ル、早くバイクになりなさい」
物凄く的確な指示です。でも、アデール領までは、それなりの距離があるんですけど……。
「良いけどさ。行って何するの?」
俺もヴィオレ先輩の事は心配だけど、なんで元気がないのか分からないんだし。
「喧嘩言相手がいないとつまらないのよ。王子様だって心配していたし……それに、なんか嫌な予感もするのよね」
王子とヴィオレ先輩は、幼馴染みで親友だ。日本で言う小姓みたいな感じだと思う……実際に二人の薄い本も人気だったみたいだし。
(ヴィオレ先輩が心配な癖に……本当に素直じゃないんだから。姉ちゃんの恋の為にも一肌脱ぎますか)
人気のない所でバイクに変身。路上?で変身して分かったけど、行先は地図アプリから選択するらしい。
行先を選択すると、距離数や時間が表示される便利機能つき。
でも、横に俺の顔もアイコンで表示されているのが気になる。だってアデール城に表示されている顔アイコン苦悶の表情なんですが。
◇
ひたすら走る事四十分。アデール領に到着……息は絶え絶えし、汗もびっしょりなんです。
どうやら、顔アイコンは俺の疲労度をあらわしていた様だ。次からは休憩を入れてもらおう。
「ね、姉ちゃん……ちょっと待って。流石にきつい」
四十分間、全力疾走という拷問。お陰で胃の中の物が全部出そうです。
「はい、ヒール。さあ、行くわよ」
優しいお姉様は、へたり込んでいる俺にヒールを掛けれてくれた……もう少し労わってくれても良いと思います。
「行くって、どこに?ヴィオレ先輩は城の中だと思うけど」
いきなり城に行って、面会は無理だ。会うにも事前に申請しておかなきゃいけない
うちが自由過ぎるだけで、伯爵家の跡継ぎともなるとがんじがらめの生活を送っている。
「城外にある庭園だと思うわ。前に話した時『落ちこんだ時は、庭園に行くの。あそこはお姉様との思い出の場所だから』って言ってたから。ト―ル、場所の確認お願い」
我が姉ながら、物凄い行動力だと思う。転生物だと転生者が周囲を引っ張り回す事で、物語が動いていく。でも、俺は転生してから、姉ちゃんに引っ張り回されています。
「ちょっと待って。ここから歩いて五分の所に町がある。そこから南に十分行けば庭園だよ」
地図アプリに従って歩き出す。街に来たついでに、何か買っておこう。事業資金がアイテムボックスにしまってあるのです。
「丁度、良かったわ。食糧とか買って行くわよ。往復で二日は掛かると思うし」
食糧?二日?……凄く嫌な予感がしてきたんですけど。
「あっ、僕宿題があったんだ。先に帰ってるね」
そのまま踵を返して、逃げようとする……でも、誰かに首根っこを掴まれた。
「心配しなくてもお爺様と学校には許可を取ってあるわよ。これは、アデール伯爵からの依頼でもあるんだし、」
ただし内密に事を進めて欲しいとの事。許可は有難いけど、嫌な予感が倍増しているんですが。
「それなら、そうと先に言ってくれたら良いのに」
こういう事は事前の仕込みが大事なんだぞ
「言ったら、貴方逃げるでしょ?一回一回クローゼット特定するの面倒なのよ」
今回の事で分かった事がある。俺は姉ちゃんに口では絶対に勝てない……今度から隠れる場所を変えよう。
「とりあえず分かっている情報を教えて」
姉ちゃんから聞いた話をまとめる。
・ブリーゼさんから手紙が途絶えたのは事実。それまで週一で手紙が来ていたそうだ。
・ヴィオレ先輩は小さい頃に母親を亡くしている、だから幼かった先輩にとって、年の離れた姉であるブリーゼさんが母親代わりだったそうだ。
・手紙の内容は他愛にない物だったけど、不自然な位に夫婦の事は書いてなかったらしい。
・ブリーゼさんの夫ファング伯爵は、クラック帝国の皇帝バイゼルの信頼が厚く、帝国の牙と言われているらしい。
・しかし、ブリーゼさんとの間に子供が生まれず再婚の噂も出ているとの事。
・クラック帝国は質実剛健を尊ぶ。中でもでもファング伯爵は寡黙な武人らしい。
……そりゃ、先輩も気を病むよね。
「姉ちゃん、食糧以外にも買いたい物があるんだけど」
俺が買った物、数日分の食糧と水・毛布三つ・薪・地味な服・髪紐……これで何とかなる筈。
「よくこんな短時間で、思いつくわね……ト―ル、これは私からの命令。女の子に贈るアクセサリーを買ってきなさい。年は貴方と同い年よ」
ファング伯爵に妹さんでも、いるんだろうか?
(そうか。ヴィオレ先輩からの贈り物って事にするのか。それならちゃんと選ばないとな)
少し値が張ったけど、家格を考えるとこれ位が妥当だと思う。
◇
いた。ヴィオレ先輩は庭園で、花をじっと見ている。その顔は悲しげで、かなり話し掛け辛い。
「あら、意外と元気そうじゃない?リヒト様も心配していたわよ」
でも、お姉様は空気なんて読まず直ぐに声を掛けた。すげえな。
「レイラとト―ル君……心配掛けたみたいね。王子には二、三日したら戻りますって伝えてもらえる?」
ヴィオレ先輩は、そう言うと力なく笑った。いつもなら姉ちゃんの言葉に軽口で応戦するのに……オジサン的には、ここは待った方が良いと思う。
「花を眺めていても、何も解決しないわよ。さあ、ヴィオレ行くわよ」
そんなヴィオレ先輩に姉ちゃんは威勢よく発破をかけた……この三人の中で、姉ちゃんが一番男前だと思う。
「何なのよ。いきなり来て……第一、行くって、どこへよ」
出来れば、俺の予想は外れて欲しい。下手すりゃ大問題なんだもん。
「ポリッシュ共和国のエメラルド公爵領よ。あそこはファング伯爵の領地と隣接してるからね……それに多少の無理はきくし」
姉ちゃんはそう言うと、俺を見て意味ありげに笑った。バイクに変身ですね。
ちなみに顔アイコンは絶望が四つです。
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