風に……なりたくない

 あるー日。みーちの上、姉ちゃんが、バイクに乗っていたー。ブロロ、ロロー。ブロロ、ロロー……ト―ル、心の歌。森のく〇さん風で。

(なんで、この世界にバイクがあるんだ?)

 修行場に入ると、姉ちゃんがバイクに乗っていました。

 ここは中世ヨーロッパをモチーフにした乙女ゲーの世界な筈。でも姉ちゃんはオフロードバイクや大型バイクを華麗に乗りこなしている。

 ちなみに姉ちゃんは、ゲームだと普段は深窓の令嬢を演じていた。

 今は俺の影響かアクティブになり過ぎて、窓から飛び出しているけど。


「流石ですよね。物の数日で、あらゆるバイクを乗りこなしているんですよ」

 背後から声がしたので、振り返ってみると、そこには満面の笑みを浮かべた師匠がいた。修行場だから、師匠がいるのは当たり前なんだけど……何かを企んでいる様な笑顔が気になります。


「バイクですか。俺、原付も乗った事ないんですよ。でも、今から練習した方が良さそうですね」

 雪国生まれだから乗る時期が限られていたし、こけたら大怪我しそうで怖かったんです。

 だから、変に推されていたけど、バイク魔法は取得しなかった。でも、姉ちゃんが楽しそうに乗っている姿を見ると、弟としては何とかしてあげたくなるのです。


「その必要はありませんよ。だって、君がバイクになるんですから」

 ……意味が分からない。人間は生き物、バイクは機械だ。何より俺にはエンジンがついていない……待てよ。


「もしかしなくても、バイク魔法って……」

 脳内で嫌なビジュアルが展開されていく。でも絶対に言葉にしちゃいけない。


「正解です。正確にはバイク変身魔法(赤石徹専用)って言うんですけどね。これがあれば、迅速安全に長距離移動が出来る様になりますよ」

 ちょっと待って欲しい。人間がバイクに変身するなんて特撮じゃないんだから。いや、特撮でもロボットからバイクになる位だ。

(そう言えば修行場ここも師匠が作ったんだよな)

 でも、でもだ。俺はそんな早く走れないし、長距離走も得意じゃない。


「無理ですって!俺にはエンジンもタイヤもないんですよ」

 エンジンが出来ても、バイクになる必要はないんだし。


「エンジンは心臓が変化しますし、タイヤは足が変化しますので。ちゃんと専用の靴も準備していますので、ご安心下さい」

 そう言うと師匠はソウルがしっかりしたごつい靴を取り出した。専用の靴があっても安心出来ません。


「いくら専用の靴があっても時速60キロとかで走ったら、足がズル剥けに……その為の靴擦れ防止魔法なんですか?」

 なんだろう。どんどんコーナーに追い詰められている感じがする。でも、諦めない。

なんで、異世界に来て乗りバイクにならなきゃいけないんだ。ハーレムのはの字にも近づいていないのに。


「正解です。ライトはスマホ機能の物が併用出来ます。ガソリンではなく、君の魔力と体力で動きます。ちなみに乗り手はレイラさんですよ」

 それは薄々感じていた。だって姉ちゃんの為に専用コースまで作っているんだし。

 そして随分前から仕込んでいたんですね。


「なんで姉ちゃんまで巻き込むんですか?」

 スペックは高いけど、姉ちゃんはまだ中学生だ。危ない目には遭わせたくない。危ない目に遭うのは、一度死んだおっさんだけで十分だ。


「大事な事をお忘れじゃないですか?君は何の為に、きつい修行をしているんです?強くなって他人イケメンを見下す為じゃないですよね?」

 俺が修行をする理由。それは姉ちゃんを悪役令嬢ふこうにしない為だ。


「姉ちゃんを不幸にしない為です。姉ちゃんに優しい笑顔が似合っています。それを失って欲しくないんですよ」

 普段は厳しいけど、姉ちゃんは優しい。不自由な異世界で笑っていられるのは、姉ちゃんのお陰だ。


「薄々気付いていると思いますが、この世界にはレイラ・ルベールを悪役令嬢に仕立て様としている意思があります。それを防ぐ為の乙女ゲー攻略なんですよ。君にも頑張ってもらいますが、お姉様自身も攻略キャラに信用してもらう必要あるんです」

 それには姉ちゃん自信が風評被害を吹き飛ばす位、周囲に信用してもらえる様にならなきゃいけないそうだ。


「分かりました。領地に直ぐ戻れるのは、ありがたいですし……バイク魔法を教えて下さい」

 主要キャラを攻略……言い変えれば、ヴィオレ先輩やフォルテが助けを必要とする場面が出てくるって事だと思う。ヴィオレ先輩には色々世話になっているし、フォルテは大事な友達だ。

 攻略キャラとか関係なく助けてやりたい。


 ……バイクに変身して数分既に後悔しています。

 視界が低くなる程、体感速度は上がるって話を聞いた事がある。

(速っ……てか、怖い―)

 ただ今時速四十キロ。でも、体感速度は八十キロを超えていると思う。

 ちなみにバイクになると俺の顔がヘッドで、目がヘッドライト。右足が前輪で、左足は後輪。両手がハンドルって感じなります。

 走り出すと、正に空を切るって感じだし、自由が効かないから物凄い怖い。


「ならしは、こんなものね……ト―ル、ギアを上げるわよ」

 わよと言われても、バイクになった俺は返事が出来ない。そして容赦なく速度をあげていくお姉様。

(ちょ、そんな倒したら顔が擦れるって!いやー、壁が迫ってくるー)

 もし、日本に戻れたら車に優しく乗ろう。


 幸いというか、大きなトラブルも起きず平穏な日々が続いていた。


「ト―ル、お前のとこの薬好評やで。安価で質もええから当たり前やけどな」

 リベルが誉めてきたけど、問題がある。


「個別の入れ物があれば、もっと良いんだけどな……遠回りだけど、養蜂の規模を増やすか」

 乙女ゲーが、元になっている所為か、この世界ではスイーツが人気だ。特に蜂蜜は高値で取引されている。


「おまっ、養蜂の知識もあるんか……なー、ト―ル君。お願いがあるんやけど」

 リベルがしなを作って近づいてくる。分かりやすいっていうか、何と言うか。


「果物や野菜の受粉に必要だからな。今は小規模だけど、虫使いの人数が増えたから規模を上げる予定なんだよ」

 マジックスパイダー産業が好調なので、虫使いのスキルを持っている人を増やしたのだ。俺が欲しいのは、蜂蜜だけじゃないし。


「それならヴィオレ先輩に分けたらどうや?最近、元気ないやん。噂ではクラック帝国に嫁いだお姉さんから連絡が途絶えたらしいで」

 確かにリベルの言う通り、ヴィオレ先輩は最近元気がない。今日も学校を休んでいる。

 ヴィオレ先輩の姉……つまりブリーゼさんの事が原因だと思う。

最近知った話だけど、ヴィオレ先輩にとってブリーゼさんは母親代わりだった時期があるらしい。

 何しろ貴族の奥様は忙しい。特に国内のファッションリーダー的存在であるアデール婦人は社交界で引っ張りだこ。幼いヴィオレ先輩の面倒を見たのがブリーゼさんだったどうだ。

(だからと言ってクラック帝国に伝手はないんだよな)

 心配だけど、見守るしかない訳で。


「ト―ル、出掛けるわよ。四の五の言わずに、黙って着いてきなさい」

 そう言うと姉ちゃんは俺の襟首を掴んで歩き出した……深窓の令嬢、要素はどこにいったの?

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