もう直ぐ中学生

 おい……まだ一回目だぞ。


「ヴァンシュ領から送られてきたネズミの数にずれがありますね」

 表記上は三十匹になっているけど、実際は三十二匹入っていた。俺を子供だと思ってなめているのか、それとも二匹位は誤差の範囲だとたかをくっているのか。


「苦情を入れますか?」

 ニコラさんが溜息を洩らしながら、質問をしてきた。どうもあのヴァンシェって男はまり評判が良くないそうだ。

 家柄が良く才能もあるので、他人を見下すのは好きらしい。


「まだ二匹ですからね。今苦情を言うより、きちんと記録に残していざって時の交渉に役立てますよ」

 俺の経験上、あの手の人間は調子にのって、数を増やしまくる。まあ、数を増やされてもこっちは損をしないんだけどね。


「しかし、マジックスパイダーの養殖ですか。そう上手くいきますかね」

 うちの主力商品として売り出したい木綿を使った防具だけど、なにせマジックスパイダーの糸がお高い。試作品を作るだけで、痛い出費を迫られる。


「その為にアデール城の庭師を引き抜いたんですよ。ネズミをあげる代わりに、棒へ糸を巻き付ける様に指示を出してもらうんです」

 この世界では蜘蛛は虫に分類されている。話を聞いてみたら、蜘蛛にも指示をだせるそうだ。即、引き抜きを掛けました。


「ネズミの死骸をどうなさるのですか?」

 ネズミは雑菌の塊だ。魔文字箱には消毒の効果をつけているけど、中身までは消毒出来ない。


「マジックスパイダーは獲物を捕らえる時、糸でグルグル巻きにします。だから中身ネズミを取り出して、焼却処分にしますよ」

 実際、どれ位の糸が取れるか分からないけど、赤字にはならない筈。

 開拓と魔文字製品、修行をしつつ、しばらくはこの二つの事業の安定に力を割こうと思う。


 ◇

 この世界には育成失敗という言葉はないのか。王子を始め主要攻略キャラの皆様は順調にイケメンロードを驀進中。一方の俺も順調に前世と同じ顔を踏襲中……変わっているのは、髪の色と体型だけです。

 成長を実感出来たのは収納魔法が手籠サイズから、背負い籠サイズになった事位だ。


「来月から中学だな。トールは入る部活決めたのか?」

 俺に話し掛けてきたのは主要攻略キャラの一人フォルテ・フレイム。短く刈り揃えた赤髪が嫌味な位似合っている。顔つきも精悍になり、スポーツ漫画に出てくる熱血主人公みたいだ。

 同じ貴族って事もあり、絡む機会が多い。お陰でフォルテとは仲良くやれている。


「ダンス部と剣術部以外なら、どこでも良いよ」

 ダンス部からは入部許可が降りないと思うから、実質剣術部一択である。なんとかして剣術部の入部だけは避けたい。


「でも剣術部の新部長ってレイラさんなんだろ?」

 だからである。姉ちゃんが部長だから剣術部に入りたくないのだ。イケメン達が着実に成長する中、お姉様はチートにパワーアップしました。

 美貌はもちろん剣術や魔術も、同年代とは比較にならない位成長している。

 ゲームとは違い驕る事なく、師匠の修練場に通った結果、今では城の騎士より強い。

 騎士にハンデ戦で勝つ中一女子って、なんなんだよ。


「だからだよ。この一年、やっと姉ちゃんの監視の目から逃げられたんだぞ。剣術部なんて入ったら、自由がなくなるんだよ」

 開拓も一段落したし、魔文字事業も波に乗っている。今こそ新規事業に手を付けたいんだけど、お姉様の目をかいくぐって立ち上げるのは困難である。


「無理だと思うぞ。レイラさん、入部させる気満々らしいぜ」

 姉ちゃんの気持ちは分かる。学生で剣術の練習相手になるのは、俺位しかいない。でも俺は槍や投擲術も磨きたいのだ。


「……一個上の先輩にはリヒト王子とヴィオレさん。同い年には風のキャナリーのリベルもいるんだよな」

 リベル・キャナリーは、商売を重んじるキャナリー伯爵家の嫡男。そしてこいつは主要攻略キャラの一人だ。

 そして土のジェイドのセリュー君が入って来る。つまり主要攻略キャラ全員と接点が出来てしまう。

 着実にゲームルートが始まりつつある……フォルテとは奇跡的に仲良くなれたけど、攻略したとは言い難い。

 どうなるんだ、俺。


 ◇

 神様がいるんなら、聞きたい。俺には自由がないんですか?


「甘いっ!そこ」

 姉ちゃんの鋭い一撃が鳩尾にクリティカルヒット。魔文字で加工をした道着を着ていても、かなり痛いです。

 ゲームのレイラ・ルベールは派手な技や魔術を好み、基本を疎かにしていた。


「ま、参りました……誘いに釣られると思ったんだけどな」

 俺等位の年代は女子の方が身体能力が高い。それに加えて姉ちゃんと俺では基本のスペックが違い過ぎる。

 昔なら小手先の技で勝てたけど、今は連敗街道まっしぐらです。


「トールは基本を疎かにし過ぎなの。常に何か仕掛けようとして、意識が散漫になっているし」

 しかし俺のお姉様は基本を大事にする。戦術も派手さはないが堅実で堅固。つまり小手先で誤魔化そうとする俺の天敵なのだ。

 先に主人公に謝っておきます。このレイラ・ルベールはスペックの高さに甘えず、努力を怠らない。成績は常にトップクラス、そして誰にでも分け隔てなく接する。

 俺が色々と動いた結果、完全無欠なヒロインになってしまったのだ。


「姉ちゃん以外には通じるんだけどな」

 正確に言うとニコラさんやチュウノーさんにも通じない。でも同い年には勝てている。


「師匠の修行を受けているんだから、当たり前でしょ。そうそう、顧問の先生に剣術部の入部届けを出しておいたから」

 聞いてないぞ……言ったら言いくるめ様とするから、当たり前か。


「えー、俺ゴーレム研究会に……なんでもないです」

 ゴーレム研究会に入ろうと思っているとした瞬間、竹刀を首筋に突きつけてきた。

 お姉様、可愛い弟に殺気向けちゃ駄目だぞ。


「絶対に私に感謝する事になるかな……そう言えばクレオ君から手紙来てる?」

 あれからクレオ君とは会えてない。なにしろ向こうは公爵家のご子息、自由が効かないらしい。


「新しい竹刀を送ったら、喜んでいたよ……それがどうしたの?」

 友達の多い姉ちゃんと違って、クレオ君は俺の数少ない友達だ。気にはなると思う。


「さーねー。貴方が作った魔文字商品凄い人気で、公爵様も鼻高々って話よ」

 姉ちゃんはそういうとニヤリと笑った。

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