商談は騙し合い

 ネズミの死骸は倉庫の周囲に散乱していた。処理しきれないらしく、腐敗が進んでいる物もあり吐き気を催す臭いがする。

 不思議な事に死んでいるネズミは同じ大きさの物ばかりであった。

(死んでも魔力は残っているかな……そりゃ座布団も取られるよね)


「酷い有様ね。トール、眉間にしわを寄せてどうしたの?……貴方、何か隠しているわね?」

 流石はお姉様、鋭い。いや、あの件は姉ちゃんに言っていない。ここで自爆するのは悪手だ。


「前にうちの領にもネズミが大量発生したの知ってる?」

 軽くジャブを打って牽制してみる。姉ちゃんの雷はがちで怖いし。


「あれって、トールが捕まえたんでしょ?ロッキ師匠から聞いたわよ」

 さすがは師匠。きちんと退路を断ってきた。


「ここで死んでいるやつって、あのテイマーが使役していたネズミみたいなんだよね」

 地図アプリを見た時から、もしかしてと思っていたけど。ネズミに残っている魔力を見たら確定でした。


「……トール、ちょっとお姉ちゃんとお話しようか?」

 やばい。顔は笑っているけど、目が笑っていない。


「ね、姉ちゃん、ちゃんと話すから耳を引っ張らないで」

 御者に助けを求めてみるが、すぐに目をそられた。確かに俺は良く姉ちゃんに怒られているけどさ。


 ◇

 ネズミにはある指令が刻まれていた。一つは食糧庫を襲う事。そしてもう一つは一定年齢までは森や下水道に潜み、子供を増やす事。

 つまり子供を産んだ個体のみが、食糧庫を襲っていたのだ。だから同じ大きさのネズミしかいなかったんだ。そして、この指示は子ネズミにも引き継がれるらしい。


「つまり貴方がテイマーを捕まえたから、指示を取り消す人間がいなくなったと……でも、なんでアデール領にネズミが来たのかしら?」

 それは地図アプリを見たら、直ぐに分かった。


「ここキャナリー領と隣接しているみたいなんだよ」

 キャナリー家は、アムール教に頼んでネズミを追い出してもらった。そう、殺したんじゃなく、追い出したのだ。そのネズミはどこ行くのか?


「アデール城の周辺には、虫やネズミを追い払う結界が張ってあるのよね……結果、ネズミはどこへ行けず、食糧庫の周辺で増殖したと……貴方も片棒担いだ様なものね」

 テイマーを閉じ込めず、尋問していれば防げたかもしれない。だから師匠に座布団を没収されたんだ。


「返す言葉もございません。ネズミの処理は俺が引き受けるよ」

 反省の意味も含めて、格安で引き受けようと思う。


「ロッキ師匠が“トール君はたまに暴走するから、貴方が手綱を握って上げてください”って言ってだけど、今更ながら実感したわ」

 悪いの俺じゃないぞ。一番悪いのは、クラック帝国だもん…結果だけ見ればマッチポンプみたく見えるけど。


「とりあえず、この場所を治めている人のところへ行って、今後の事を決めるよ」

 ふと、思った。今後お姉様の監視がきつくなるんじゃないでしょうか?


 ◇

 幸いというか何と言うか、食糧庫がある地域を治めているのはアデール本家ではないとの事。

 主要攻略キャラとのいさかいは、避けたいのでありがたいです。

 ヴィオレ君、キャラは濃いけど、良い子だったし。


「君達がレイラちゃんとトール君か。しかし本当に子供を使いに寄越すとは、ルベール伯爵もやるねー」

 俺達を出向かえてくれたのは、四十歳位のちゃらい男。髪型はオールバックで、ワイルドな顎髭を生やしている。

 服は派手な原色のシャツで胸元までボタンを開けている。下は下でパツパツの革ズボンを穿いていた。

 日本風に言えばちょい悪親父ってやつだ。

 名前はヴァンシュ・アベール、ヴィオレ君のまた従兄にあたり、確か継承権はなし。


「お爺様から勉強して来いと言われまして……出来ればヴァンシェ様と二人でお話がしたいんですが……」

 そう言ってわざと目を伏せる。

(うらやま……けしからん。エロい女を、二人もはべらかしやがって)

 本当はガン見したいんだけど、あえて恥ずかしくて見れませんって態度をとる。

 相手を油断せる演技だ……あと姉ちゃんが怖いし。


「この坊主、お前等を見て照れてるみたいだぞ。可愛いもんじゃねえか。人生の先輩として教えてやるよ……トール、女は見られて綺麗になるんだぜ。それをちゃんと見てやるのが男の務めさ」

 だったら、俺も教えてやる。それはイケメンで金持ちな奴限定だって。俺がガン見したら、セクハラ案件になるんだぞ。


「お、覚えておきます。それではお話を……」

 早く話し合いを済ませて帰ろう。姉ちゃんから怒りのオーラが溢れ出しているし。


「まあ、待て。ここじゃなんだから、部屋を準備しておく。お前等も長旅で疲れただろ」

 一瞬だけ、ヴァンシェの目に油断のならない光が宿った。

 多分、俺でなかったなら、見逃していたね……このセリフって負けフラグかも。

 用意された部屋は最高ランクの物で、普通の子供なら無邪気に喜んでいただろう……そう、普通の子供なら。


「何なのあいつは!むかつく」

 お姉様、御立腹です。流石は将来の悪役令嬢、接待では誤魔化されません。


「……姉ちゃん、予備のスーツに着替えるから手伝って」

 今もスーツを着ているけど、あくまで移動用。正装のスーツはしまってある。


「あんなドレスコードのドの字も知らない奴相手に、正装をする必要はないわよ」

 今までの流れをみればそう思うかもしれない……でも、あれが演技だとしたら。


「念には念を入れよってね」


 ◇

 やはり、そう来たか。


「……それでは話し合いに移らせてもらいます。改めまして私の名前はヴァンシュ・アベール……ルベール家で、ネズミの死骸を引き受けてくれるんですよね」

 部屋に入るとヴァンシュが正装して待っていた。ちょい悪親父から、やり手のビジネスマンに大変身。


「はい。処理費用が掛かりますので、一匹五百ジュェルで引き受けるそうです」

 これは、かなりぼったくった値段だ。さあ、どう出る?


「高過ぎませんか?もう少し負けて欲しいですね。馬車も準備しないといけませんし、輸送費も掛かります」

 わざと考えるふりをする。さあ、食いついてこい。


「……それでしたら馬車と荷箱は私共で準備しますので、三百ジュェルでどうでしょうか?」

 まあ、もう準備しているんだけどね。


「駄目です。馬と御者がこちら持ちになるので、二百……いいえ一匹百ジュェルにしましょう」

 よし、かかった。これなら怪しまれない。


「分かりました。百で受けます……お爺ちゃんに叱られるな。王都を通るので、箱は鍵付きの物を準備します。入れたネズミの数はそちらで記入してもらっても良いですか?」

 うん、一匹五十までが許容範囲だったから良しとしよう。処理費用だけ考えたら、大赤字だ。

 そしてヴァンシュの目にあの光が宿る。こいつは絶対にネズミの数を少なく申請してくる。


「良い勉強になったでしょう?心配するな。きちんとお使いが出来たんだ。伯爵も怒らないさ」

 残念ながら、当家はそんなに甘くありません。まあ、儲ける算段が出来たから、怒られはしないだろう。

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