転生者は甘えん坊?

 ヴィオレ君に案内されて庭師の所へ移動……姉ちゃんとヴィオレ君は相性が悪いのか、ずっと文句を言い合っている。


「良い、トール君。あんなガサツな女の影響受けちゃ駄目よ。ろくな大人にならないわ」

 影響を受けるも何も、俺の中身はもう成人男性なんですが。

(ヴィオレ君って随分大人びた言葉を使うよな。これもジュエルエンブレムの影響なんだろうか?)

 俺が小4の時はもっとアホだったと思う。


「残念ながら私とトールは仲良しなの。貴方の薄い忠告なんて無意味よ」

 ヴィオレ君の言葉を鼻で笑う姉ちゃん……がさつは否定しないのね。

 良く考えたら凄いシチュエーションだ。悪役令嬢と主要攻略キャラが、がっつり絡んでいるんだもん。

 ゲーム上での二人の関係は……チェックすらしていません。言い訳させてもらえばファンブックの中心は、どうしても攻略だんせいキャラ中心になってしまう。

 特にレイラちゃんはざまあ場面以外出番がない。折角手に入れた資料集も見えるのは、攻略キャラの名前だけ。しかも、詳細は伏字ばかり。


「お二人は仲が良いんですね」

 おっさんの俺から見れば二人のケンカはじゃれあいみたいなもんだ。


「ちょっとトール君、なに言ってるのよ。どこをどう見たら私と、この男女が仲良く見えるの?」

 ヴィオレ君が必死に抗議してくる。でも、俺はこのチャンスを逃す気はない。上手くいけば主要攻略キャラを姉ちゃんの味方につけれるんだから。


「ヴィオレ先輩は姉に憎まれ口を叩きながらも、兵士を呼びませんよね。姉ちゃんも学校の友達と話している時より、素の姉ちゃんだし」

 お互い伯爵家の跡取り候補だ。近しい何かを感じているだと思う。


「貴方、本当に年下?なんか大人と話しているみたいよ」

 だって大人だもん。いい年したおっさんが小学生を演じるのは、かなり辛いんだぞ。


「昔は“お姉ちゃん、お姉ちゃん”って私の後ろを、追いかけてくる甘えん坊だったのに……気付いたら、変におじさんぽくなっていたのよね」

 いや、おじさん時代の記憶を取り戻したんだから仕方ないでしょ。


「もう甘える年じゃないしね」

 三十過ぎたおっさんが、小学校女子に甘えていたら大問題なんだぞ。


「あら?ダンスやお洒落で困った時、私の方をチラチラ見てくるのは、どこの誰かしら?」

 いや、確かに姉ちゃんに助けを求めてるけどさ。

 ふと見るとヴィオレ君が俺と姉ちゃんのやり取りを羨ましいそうに見ていた。

 そして面白い事が分かった。アデール家の庭師の中に、昆虫類に指示を出せる人が数人いたのだ。

 もちろん即スカウトしました。これは美味しい展開になるぞ。


 ◇

 ゲームで攻略キャラの領地じっかは王都に隣接していた。あまり遠いと個別イベントの時に、移動時間に不都合が生じるかららしい。

 そして伯爵家の領地ともなると、かなり広大で感覚的には県位の広さがある。

(遠い……まだ着かないのかよ)

 今倉庫がある地域に向かっているんだけど、かなり遠い。

(今どこを走っているか分かれば助かるんだけどな……うん?地図アプリ実装のお知らせ?)

 いや、タイミング良すぎだろ!小説だと都合が良すぎませんか?ってチェック入れているぞ。

 何よりあの師匠の事だ。無料でくれる訳がない。

 とりあえず脳内でお知らせをタップしてみた。そうすると地図アプリの解放条件が表示……。


「マジっ!?」

 思わず声が出てしまった……師匠、この条件はきついです。


「トール、うるさいわよっ!」

 案の定、姉ちゃんに怒られた……そして地図アプリの解放条件はお姉さんに甘える事でした。

 いやいや、実弟とはいえ俺は三十過ぎたおっさんだぞ。小4の姉ちゃんに甘えるのはきつい。

 つうか甘えるって、どうするんだ?お姉ちゃん、僕お腹すいたー……やばい。想像しただけで、気持ち悪くなる。


「ごめん……植えているのは綿花みたいだね」

 領都と違い、郊外には広大な畑が広がっていた。流石はファッションの街。材料から作っているのか。


「綿って紡ぐの大変なんだよね……私達と年が変わらない子も働いているね……前は私たちも、ああやって働いていたんだよね。なんか懐かしいな」

 姉ちゃんは懐かしそうな目で畑仕事している子供達を見ていた。


「あの頃に戻りたいの?」

 伯爵令嬢に憧れる女の子は少なくないと思う。でも、どの世界でも現実は厳しい。

 特に俺等みたいなぽっと出には、やっかみが多いのだ。


「贅沢な話だよね。綺麗なお洋服に、美味しいご飯。そして広いお部屋にフカフカなベッド。夢みたいな生活をしているのに、家族四人でくっついて寝ていた木のお家が懐かしくなるんだ」

 俺も狭いアパートが懐かしいもんな。ああ、居酒屋でビールが飲みたい。


「姉ちゃん、ごめん。少し疲れたみたい」

 俺はそういって、姉ちゃんの肩に頭をもたれかけた。


「長旅だったもんね……着いたら起こしてあげるよ。甘えん坊さん」

 いや、これは俺なりの配慮でして……次の瞬間、脳内に“地図アプリの条件をクリア。録画も完了です”って言葉が響いてきた。

(マジ?……とりあえず地図アプリを起動。そして現在位置を確認して……そういう事か)


 ◇

 信じてくれ……最初は狸寝入りするつもりだったんだ。


「おはよう、寝坊助さん」

 気付いたら熟睡していました。三つ子の魂百までも、俺は姉ちゃんが近くにいると、無条件で安心するようだ。


「姉ちゃんありがとう……うわっ、まじかよ」

 着いたのは巨大な倉庫が立ち並ぶ草原。そして倉庫の周辺にはおびただしい数の鼠の死骸が転がっていた。

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