調子にのると怪我をしますよね

 冷静に考えれば、当たり前の事だ。姉ちゃんはゲーム内で重要な役柄あくやくれいじょう。主人公のライバルで、高ランクのジュエルエンブレム持ち。

 かたや俺は、ゲームにいたかどうかも分からないモブ。

(確かゲームのレイラは自分の家柄や才能を過信して、なにも努力しなかったんだよな)


「トール、サボらないでちゃんと素振りをする。早く剣を持ちなさい」

 俺に駄目だしをしてきたのは、小学生とは思えない剣速で素振りをするお姉様。

 ゲームのレイラと違い姉ちゃんは他人を見下す事もないし、家柄を鼻にかける事もない。

 先に主人公に謝っておきます。

 ゲームのレイラは自滅に近い感じで終わる。普段の行いが災いし、追放されても誰も助けてくれなかった。

 でも、うちのお姉様は真逆の存在になっています。

 面倒見の良い性格で、家柄で差別する事もない。この一年で大勢の友人を作っていた。

そして自分に厳しく、努力を怠る事がない。日々勉学や武術の鍛錬に励み、かなり高スペックな人材になっている。


「いや、そろそろ槍の素振りに移ろうかと思って」

 俺のジュエルエンブレムには武器スキルがない。そんな俺が生き残るには、状況に応じて武器を使いわけていく必要がある。


「剣の基礎が出来ていないのに、そんな事をしたら変な癖がつくだけでしょ!本当に飽き性なんだから」

 追伸、うちのお姉様は自分だけでなくおれにも厳しいです。


「千変万化な相手の意表をつくトリッキーな戦闘スタイルが俺の目標なんだ」

 ジュエルエンブレム持ちの戦闘を見たら、正面から戦いたくなくなりました。あんなパワーを受け止められる訳がない。


「あのね、トリッキーな動きは初見の相手にしか通じないの。まずは剣を使いこなせる様にしなさい。他の武器は、その後」

 俺前世も含めたら、良い歳したおっさんだぞ。まさか小4の女子に論破されてしまうとは……姉弟のヒラルキーって凄い。


「はい、はい。分かりましたー」

 練習試合をすると、毎回完膚なきまでに叩きのめされている。姉ちゃんの努力もあるが、生まれ持っての才能ジュエルエンブレムが段違いなんだと思う。


「はいは、一回。マナーの勉強で習ったでしょ!」

 姉ちゃん、可愛い弟をもっと甘やかしても良いんだぞ……そして主人公にもう一つ謝る事がある。

 姉ちゃんが、こうなった原因は俺にあるらしい。

 前に師匠に聞いたら、こう言ったのだ。


「この世界では鍛錬って言う概念が薄いんですよ。でも君は幼少期から、剣の修行をしていた。当然お姉さんも、それを見ている。つまり彼女は他のジュエルエンブレム持ちと違って、鍛錬すれば強くなる事を理解しているんです」

 モータースポーツに例えると、姉ちゃんは高性能のスポーツカーに乗るドライバー。アクセルを軽く踏むだけでとんでもないスピードを出せる。ゲームではその性能を過信して、ドライビングテクニックを磨かなかった。

 それが今や性能を過信せず、努力をした。運転技術だけでなく、メカニックにも精通し始めている。

一方の俺はまだ原チャリレベルとの事。道のりは遠いです。


 使える魔法の種類を増やしたい。特に防御魔法を使える様にならないとまずいのだ。

(まさか転んで骨を折るとは)

 調子に乗って高速で走っていたら、見事に転んだのだ。結構なスピードでこけた所為で、骨折してしまいました。

 ジュエルエンブレム持ちは身体中を魔力で包んでいるから、転んでも怪我をしないらしい。

 でも、それだと身体能力が上がらない訳で……。

 骨折そのものは回復魔法で治してもらったけど、解決策を見つけるまで鍛錬禁止となったのだ。

(問題は、どんな防御魔法を覚えるかだよな)

 ジェエルエンブレムの場合は無意識で体に魔力を纏わせているから、スムーズに動ける。でも、俺が魔力を纏うと、動きがぎこちなくなる。おろしたてのジーパンを穿いている感じだ。

 まず防御力ってなんだ?装備を整えるか、筋肉をつけるしか思いつかないんですが。

(どんなマッチョでも原付で転んだら、骨折するよな)

 いくら強力な防御魔法を覚えても、転んだ瞬間に唱えるなんて無理だ、そんな余裕があるなら受身をとれる。


「トール、入るわよ。うん、ちゃんと大人しくしているわね。偉い、偉い」

 姉ちゃんは俺が部屋で大人しくしているのを見ると、満足そうに頷いた。

どうやら俺が大人しくしているかチェックしにきたらしい。


「約束したしね」

 でも、このままじゃ無為な日を過ごすだけだ。一番の難点は心配性の姉ちゃんを納得させる事。

俺が姉ちゃんにとれるアドバンテージは前世の記憶くらい……待てよ、このアイデア使えるかも。


 今回は時間が掛かった。アイデアを閃いたまでは良かった。でも、それを実現する技術力が俺にはありませんでした。

 加えて作る素材も、ちょっとお高め。電流壁や乾燥庫で金を稼げていたから実現出来たけど、小学生の思い付きで作れる予算ではなかった。


「これが新作か……ただの布ではないか?随分と分厚いな」

 今回も最初に見せるのは、俺のスポンサー兼上司でもある爺ちゃん。前世の事は姉ちゃんにも話していない。新商品はあくまで職人のアイデアって体にしてある。


「木綿で作った道着。厚さは身体を保護する為なんだけど、そのお陰で刺繍が出来るんだ。今回は衝撃吸収の魔文字を道着に縫ってもらったんだ」

 ただし、その糸がマジックスパイダーとか言う蜘蛛の糸でかなりお高い。鼠も捕まえて食べるって言う、蜘蛛の魔物らしいから仕方ないけど。


「分かった。レイラには私から話しておこう。それで、どうやって元を取るんだ?」

 爺ちゃんは使える者は、とことん使い倒す。俺に新しい特産品を造りだす知識があると知ってから、確実に元を取る様にプレッシャーをかけて来る様になった。


「吸水性が高いから、鎧の下に着ておけば衝撃だけじゃなく、汗も吸えるんだ。他には馬車の椅子の下地に使っても受けると思うな」

 お値段は高めだけど、鎧や馬車を持っている時点で金持ち確定だ。値段より性能を選ぶ筈。


「合格だ。それとお前に頼みがあるアデール伯爵の所に行ってもらえるか?」

 なんでも電流倉庫に興味がある様で、詳しく話を聞きたいとの事。流石に爺ちゃんが行く訳にも行かないので、俺に知識を覚えさせたって事にするそうだ。

 商談のチャンスだし、アデール伯爵には主要攻略キャラがいる。今のうちにこびへつらって、好感度を稼ぐんだ。

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