姉ちゃんがパワーアップ?

 この間の功績が認められ、王都の屋敷にも風呂を導入してもらった。肩までお湯に浸かると、自然と安堵の溜息がもれる。やっぱり、俺の根っこは日本人らしい。

(やっぱり石鹸が欲しいよな……苛性ソーダってどうやって作るんだ?)

 石鹸を作るには、苛性ソーダが必要だって事は覚えている……でも、その苛性ソーダの作り方が分からないんだ。

 もし苛性ソーダの作り方が分かっても、保管する為の容器がない。この世界の入れ物は木か陶器が主流。しかも陶器は滅茶苦茶壊れやすい。どっちも劇薬保管には向きませぬ。

 一事が万事、こうなのだ。やりたい事はいっぱいあるけど、石鹸同様全てが片手落ち状態である。

(本で得た知識だけで、チートな大活躍とはいかないか)

 頼りの綱であるROPも増えていない。符の転用で数枚増えたけど、鼠男に何も聞かずに退治した事がマイナス評価となり増減なし。


「トール、邪魔するぞ」

 風呂に入って来たのは爺ちゃんである……わざわざ俺がいる時に入って来たって事は、なにか話でもあるのだろうか?


「爺ちゃん、どうぞ。お湯がぬるくなったから、熱くするね」

 浴槽のへりについている魔文字に魔力を流す。この風呂も符の技術を応用したものである。


「すまない……まさかこうも簡単に湯を沸かせる様になるとはな。屋敷に王族や貴族を招き、風呂に入ってもらう。そして希望者には風呂を設置する工事を請けおう、それで良いんだな」

 電流倉庫もそうだけど、風呂は大々的に宣伝する気はない。符を作っているのは、うちより家格が高い貴族。向こうの畑を荒らして睨まれたくないのだ。


「うん、これは失敗の副産物だしね」

 俺には符は再現出来なかった。肝心の攻撃魔法が使えないし、篭められる魔力も少ない。

 それなら俺でも使える魔法で役に立つ物に応用すれば良いのでは?結果出来たのが電流倉庫や即席乾燥庫、そして風呂である。


「それを聞いて安心した……神官共が探りを入れてきた。少しの間、大人しくしていろ」

 神官と符は無関係だと思うんだけど……まさか知らぬ間に商売の邪魔をしていたとは、気を付けよう。


「神官がアムール様にお願いして、キャナリー領の鼠を追い出したって噂本当だったの?」

 アムール様、どれだけ万能なんだよ。だったら、先に予言してあげても良かったのでは?


「ああ、あいつら教会の権威を高めたくて、中々キャナリー家の要請に応じなかったんだよ。王家にも鼠払いの話を持ち掛けて、我が家の電流倉庫の事を知ったそうだ」

 ちなみに爺ちゃんも教会に地質改善をお願いしていたそうだ。

 それが今年は陳情なし。

 調べてみたら、自力で地質改善をしていたと……俺、神官にも喧嘩売った事になるのか?


「分かった。しばらくは鍛錬に集中するよ。でも、エメラルド公爵に返礼品って形で、小型乾燥庫や風呂の模型を贈っても良い?」

 きちんと貰った物を役立てていますと言えば、評価が上がる筈。


「それは良いアイディアだ。向こうの家で反対している者もいるらしいからな。お前はエメラルド公爵家とは、長い付き合いになると思うから、手筈を整えておこう」

 俺って友達付き合いを反対される程、不細工扱いなの?


 ◇

 身体に魔力を流し鍛錬を始める。加減を間違えると、筋肉痛になるので慎重に魔力を流していく。

(鍛錬回数増やしたのは良いんだけど、いまいち成長が実感出来ないんだよな)

 未だにコボルトのチュウノウさん達に負けまくっているのだ。

 武道を習っている人間が少ないから、手合わせも出来ない。

 ケンカ相手は姉ちゃんがいるけど、流石に本気を出す訳にはいかない。

(そろそろ鍛錬の時間だな。さて、今日も頑張りますか)

 金の算段は出来た。もし姉ちゃんが王子と婚約しても、なんとかなるだろう。

 残るは貴族の責務、今は父さんが頑張って魔物退治をしてくれているけど、そのうち俺も参加しなきゃいけない。

 今のうちに強くならないと。

 師匠の鍛錬場には、裏庭にあるトネリコの木に触ると行ける。行けるんだけど……。


「トール、どこに行くのかしら?」

 なぜか姉ちゃんが、後をついてくる。どうにかして誤魔化さないと。


「さ、散歩だよ。身体がなまるといけないし。さあ、お散歩にいこー」

 動揺して噛みまくりました。俺はエロ本を買いに行く中学生か!


「そうね。身体を鍛える事は大事よね……トールちゃん、お姉ちゃんに何か隠してなーい?」

 お姉様、目が笑ってないんですけど……物凄く怖い。小学校女子の出す迫力じゃねえぞ。


「い、いやだなー。何も隠してないよ」

 まさか“姉ちゃんを悪役令嬢にしない為、鍛錬しています”なんて言える訳がない。


「なら良いんだけど……お散歩で裏庭に行くの?最近、良く裏庭に行ってるわよね」

 流石は悪役令嬢、スペックが高い。本当に小学生なのか?


「じ、準備運動してから行こーかなーって。一、ニ、一、二……」

 目を逸らして口笛を吹いて誤魔化す。いくらスペックが高いとは言え、まだ小学四年生。元サラリーマンの俺に敵う訳がない。


「トール、貴方嘘をつく時右の眉毛が上がるって知ってた?」

 嘘だろ?そんな癖指摘された事なかったぞ。思わず右眉を触ると姉ちゃんが、ニヤリと笑った。

 騙し合いで小学生に負けたでござる。


「実は秘密の特訓をしていたんだ。村を焼かれたのが悔しくて……何より、今の俺じゃ貴族の責務を果たせないし」

 これは偽らざる本音だ。大事な故郷を燃やされた仕返しをしたい。


「その気持ちはお姉ちゃんも一緒……私が聞きたいのは、どうやってそんなに強くなったかよ。村にいた頃より、確実に強くなっているわよね」

 姉ちゃんは、生まれた時から俺を見てきた。いきなり身体能力が上がりまくったら、怪しむのは当たり前だ。


「ニコラの指導の下、地道な鍛錬をしまして……」

 これも事実だ。だって師匠の事とか、前世の事言えないもん。


「嘘おっしゃい。ちゃんとお姉ちゃんの目を見て話す」

 両親は農作業で忙しかったから、俺は記憶が戻るまで姉ちゃんに面倒を見てもらっていた。三つ子の魂百までも、未だに逆らえませぬ。


「そのうち話すから……絶対に」

 今の俺なら姉ちゃんをまける。トネリコの木を通り過ぎて、後から転移しよう。


「待ちなさい!」

 姉ちゃんはそう言うと、俺の手を掴んだ。その勢いでトネリコの木に触れてしまい……。


 ◇

 どうしよう。姉ちゃんも一緒に鍛錬場に転移してしまった。


「トール……ここ、どこ?」

 どこと言われても、怪しい魔法使いが造った鍛錬場としか言えない。


「おや、おやトール君、今日はお姉様と一緒ですか。お嬢様、初めまして。私の名はロッキ、ダンディでセクシーな魔法使いでございます」

 そして師匠は今日も平常運転。てっきり怒られると思ったんだけど。


「こちらこそ、初めまして……あのここは?弟はここで何をやっているんですか?」

 下手こいた。初めてここに来たって演技をするべきだった。


「鍛錬ですよ。トール君に強くなりたいと、お願いされましてね。私が特別な鍛錬をしているんですよ」

 正確には特別ハードな鍛錬です。あれから数えきれない位死にました。


「ここで弟は強くなったんですね……お願いです。私も強くして下さい。弟を……トールを守れる姉になりたいんです」

 嬉しい。でも、俺男である意味大人だし。姉ちゃんより強くて当たり前なんだけど。


「良いですよ。貴女に叱られるトール君は見ていて面白いですし、その為には貴方に強くなってもらった方が面白いですから」

 そうか、師匠の判断基準は自分が面白いかどうかなんだ。だから座布団が増えなかったんだ。

 結果、姉ちゃんはやっぱりハイスペックでした。なんで数回の鍛錬で俺より強くなれるんだよ!

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