レッツ、ネズミ退治

 流石は貴族お抱えの情報機関二コラさん。仕事が早い。

 わずか二週間で、情報を集めてくれた。

 クラック帝国の貴族が、キャナリー領の商人に商談を持ち掛けているそうだ。

 内容は麦が『豊作で余っているから、安値でも良いから買って欲しい』……物凄く怪しいんですが。


「商人なのに、こんな都合が良すぎる話を良く信じましたよね」

 キャナリー領に鼠が大量発生している話は、俺が偶然聞いたから得られた情報である。

 情報網が発達した日本ならともかく、こんなに素早い対応が出来る訳がない。

 しかも提示してきた金額は、卸値の三割引きらしい。転売しても十分元が取れるそうだ。


「詳しく調べさせましたら、どの商会も既に麦の代金をもらっていた様です。このままだと赤字覚悟で他領から麦を調達しなくてはいけません。二つ返事で飛びついたそうですよ」

 地獄に下がってきた蜘蛛の糸みたいなもんか。でも、こんな美味い話を信じるか?


「たまたま豊作で麦が余っているってのが、また怪しいですよね。襲撃の件も考えると、予め作付面積を増やしていたって考えた方が妥当ですね」

 いくら豊作でも、麦を安値で売る事は少ない。挽いて置けば長持ちするんだし。

 ましてやわざわざ他国に安値で持ってくる訳がない。

(藪をつついて蛇を出す必要はないな。キャナリー領には悪いけど、余計な手出しは控えておこう)


「確証はありませんが、警戒を強化しておきますね。それと工房から伝言を預かっております。例の試作品が全て完成したとの事です」

 試作品は全部で三つ。全て魔文字を利用した作品である

 日本の知識がばれたら不味いので、二コラさんを通して工房と連絡をとる事にしたのだ。


「ありがとうございます。そのまま、試験運用に入らせて下さい」

 幸い我が領ではまだ鼠の被害が出ていない。今のうちに対策を建てておこう。


 ◇

 領地に戻って来ると、必ず行く所が二つある。一つは村のみんなが住んでいる集落。

 そしてもう一つが……。


「おい、坊ちゃま。お前いつ風呂に入ったんだ?」

 俺に話し掛けて来たのは、前世基準でフツメンの男性。ここの名はツーガル、元貧民街である。ブサメンが多く、治安も悪かったここに来る人は少ない。秘密実験には持って来いなのだ。


「学校が終わって直ぐに来たから、今日で三日目かな」

 王都でも風呂は贅沢品だ。水浴びが主で、大きな浴槽は女性専用……早い話が男は水で濡らした布で身体を拭くのが普通。


「三日も風呂に入っていないだと……お前、俺達に清潔にしろって言っておいて!貴族の癖に不潔だぞっ!早く浴場に行ってこい」

 ……俺はここに住んでいる人達を雇い腐葉土の運搬や、各種実験を行ってもらっている。

 ジュエルエンブレムを持っていないから、当然スキルもない。でも前世の感覚で言うと、天然の才能スキルを前提とした事業なんて破綻しか見えない。

 それにここの人達は体力もあり、我慢強い。なにより俺に暖かい。


「その言葉で風呂の有用性が分かって、安心しましたよ。そうだ!変な奴が来たら、城に連絡して下さい」

 出来れば杞憂であって欲しいんだけど。


 ◇

 今週は実験もあるので、学校を休んで領に残っています。

(倉庫で捕まる鼠が増えているな……網をかけてもらうか)

 意外とうちの領は商人や観光客が多く訪れるので、他領の人間を一人々調べるのは難しい。


「坊ちゃま、ツーガルから連絡が来ました。怪しい者が現れたとの事です」

 やはり、そこを選んだか……まあ、正体を隠したい奴がスラム街や貧民街を根城にするのは、どこの世界も同じと。


「それじゃ鼠退治に行ってきます」

 愛用の棒を手に取ると、二コラさんに肩を掴まれた。


「坊ちゃま、一人で動いてはいけませんよ。相手は正体不明の者、事後処理もありますので、私共にお任せ下さい」

 賊は帝国の手下である可能性が高い。そしてそいつが鼠騒動の首謀者だと思う。


「それじゃ、結界を張れる人を連れてきてもらえますか?」

 さあ、鼠退治と洒落込もう。


 ◇

 ツーガルに着くと、一人の男が民衆に取り囲まれていた。薄汚れたローブを身に纏った痩せた男だ。


「話が違う……ここはスラムじゃなかったのか?」

 正確には元スラムである。スラム街の時なら、薄汚いローブを着ていても、目立たなかっただろう。


「それは昔話さ。俺はここの人を雇う時に条件を付けたんだ。町と身なりを綺麗にしろってね」

 結果、町は王都以上に清潔になり、民は綺麗好きになった。

 あんな薄汚いローブを着た奴が悪目立ちする位に……蚊の発生対策が思わぬ効果をもたらしてくれた。


「くっ……まあ、いい。私の目的は達成出来たからな。お前達の麦は私の可愛い鼠が食い尽くしたっ!」

 わーい、あっさり自供してくれたぞ。煽ればもう少し漏らさないかな?


「二コラ、被害状況の報告を」

 さて、どんな顔をするか見ものだ。


「はい、麦の被害は今のところ確認されていません。ただ倉庫の周囲で多数の鼠の死骸が見つかっております。こちらはトール様ご考案の竹デレッキで処分しております」

 竹デレッキ、竹を乾燥箱に入れた後、蒸してデレッキの形状に加工した物。鼠の死骸って雑菌の塊だから、直接触らせたくなかったのだ。


「嘘だっ!俺の可愛いチューちゃん達になにをした?お前達出て来い!仲間の敵討ちだ」

 男の手に黒い宝石が浮かび上がる……あれはデモンジュエル。

 そしてどこからともなく沢山の鼠が集まってきた。あまりの気持ち悪さに脱兎の如く逃げ出すツーガルの人々。


「二コラさん、あれがデモンジュエルです。そして網にかかってくれてありがとうよ。文字通り一網打尽にしてやるぜ……ストーンクリエイト、プリズンボックス」

 プリズンボックス名前は格好良いが、ただの石の箱である。ストーンクリエイトには殺傷能力はない。当たった生物は弾かれるだけだ。


「見事に鼠共々、閉じ込めましたな。ブーン・カータ……結界を張れ」

 俺のストーンクリエイトは短時間しか持たない。効果が切れれば、鼠を野に放ってしまう。


「二コラ様、承知致しました……エターナルプリズン」

 二コラさんに呼ばれて現れたのは髭の似合う渋い中年男性……永遠エターナル牢獄プリズンか。良いなー。


「うわー、みちみちだ。きつー」

 結界の中では鼠でみちみちになっている。やった本人が言うのもなんだけど、かなり気色悪い光景である。


「この結界はブーンが許可しない限り、開放される事はありません。処分は領主様に一任でよろしいですね?」

 このまま閉じ込めておけば、あの男は可愛いチューちゃんの餌……もとい、身体の一部になるだろう。


「正体を明かさないと思うし、それが一番かと……」

 村を襲った騎士と同じで戸籍を抹消されているだろうし。


 ◇

 後日、俺は爺ちゃんと麦を収めた倉庫にきていた。


「これが例の倉庫か。お前に言われた通り、王家に報告しておいた。王家でも電流倉庫を採用するそうだ」

 電撃倉庫、これも名前だけは凄い。でも実際に流れている電流は、触れてもビリッとする位で、命の危険はない。火傷すらしない微弱な電流が流れている。

 でも、触れていれば、ずっと痛みが走る。普通なら条件反射で飛び退く。

 でも鼠は男に操られていた。痛みを無視して壁をかじり続ける。

 人が平気な電流でも、鼠の様な小動物だとショック死は免れない。


「デモンジュエルは鼠に食われていたし……今回も証拠はなしか」

 多数の鼠の死骸に混じって、人間大の鼠が死んでいたそうだ。

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