破綻の原因は?

 じっと、気配を押し殺す。転生したらチートな英雄になって、ハーレムを築けると思っていたのに……トール・ルベール八歳、今日もクローゼットの中に隠れています。


(またしても間男状態になるとは……誰か来た!?)

 足音の主は部屋中を歩き回り、俺を探している……このままここで隠れていれば、俺の勝ちだ。

 クローゼット前で足音が止まる。そしてドアがゆっくり開かれた。


「トール、今日は王都に行くって言ったよね……ここで何しているのかしら?」

  そこにいたのは、笑みを浮かべているお姉様……でも、目は笑ってないです。


「ちょっと、お腹が痛くて」

 何だかんだ言って、姉ちゃんはまだ子供だ。丸めこんでやる。


「だったらベッドで寝てなさい。馬鹿な事していないで、早く準備をする」

 姉ちゃんはそう言うと、俺の服に手を掛けた。不味い、このままではとんでもない目に遭ってしまう。


「新しい服なんていらないって!あんな派手な服、俺には似合わないし」

 今日俺と姉ちゃんは、王都に服を買いに行くのだ。

 それは別に良い。王都は一度見ておきたかったし。

 問題は服だ。貴族の子供は派手な服を着ている。金糸で彩られた派手で悪趣味な服だ。

 しかもルベール家は火属性特化なので、真紅の生地と決められている。

 金糸で彩られた真っ赤なブレザーとハーパン。絶対に俺に似合わない。


「今度、王様にご挨拶に行かなきゃいけないのよ。着古したチェニックなんて無礼にあたるわ。さあ、早く行くわよ」

 伯爵家の継承権が与えられたので、俺と姉ちゃんは王様に挨拶に行く事になったのだ。

 確かに礼服を着ていないと、無礼にあたると思う。でも、俺の顔は前世と同じ地味顔。派手な服なんて似合う訳がない。


「姉ちゃん、耳千切れるって。自分で歩くから」

 俺の名前はトール・ルベール八歳、転生者だ。チート無双どころか、一歳上の姉に耳を引っ張られて、強制連行されています。


 ◇

 流石王都だ。活気が違うし、美形率も段違いである。八百屋のおかみさんや肉屋の店主がモデルばりの美形なのだ。

 女学生に至っては、二次元から飛び出してきたんじゃないかって、レベルである。

(絶対に浮いてるよな)

 ファッションショーに招かれたお笑い芸人なみに浮いていると思う。


「ここで服を買うぞ」

 爺ちゃんに連れて来られたのは、敷居がとんでもなく高そうな服屋。田舎者、冷やかし厳禁って感じである。


「これはルベール伯爵、ようこそお出で下さいました。今日はお孫さんの服を仕立てに来られたのですよね。お美しい顔立ちをされいますので、きっとお似合いのドレスがありますよ」

 店員さんが揉み手をしながら、近付いてきた。しかし、彼の視界に入っているのは、姉ちゃんだけらしい。


「ああ、孫のレイラとトールだ。近々王様へ目通りが叶ったので、服を作りに来た」

 店員と目が合う。お互いに愛想笑い……俺は悪くないのに、なぜか胃が痛い。


「……そ、そうでございましたか。それではサイズを測らせて頂きます」

 流石はプロ、すぐさま表情を切り替えた。姉ちゃんは女性店員が測るので、当然俺の担当は件の店員さん。気まずいんですが。


「頼むぞ。ああ、トールの方は孫の話を良く聞いてやってくれ」

 爺ちゃん、ナイスアシスト。絶対に地味な服にしてやる。


「分かりました。トール様、何か希望はございますか?」

 俺が服を買う時の条件は、安さとサイズだけだ。でも、ここでそれを言ったら失礼なる。


「わ……僕は服を作ってもらうのが初めてですので、店員さんにお任せします。ただ王様や王子様への忠誠を表したいので、あまり派手な服は避けたいです。それと王子の盾となる気持ちを伝えたいので、動きやすくして下さい」

 何かを思い出しながら喋っている様な演技をする。

 疑われても構わない。顔に合った地味な服にするんだ。


「他には、なにかございますか?」

 最低条件は、出自を表す赤を入れる事らしい。そこをクリアして地味にするには……。


「僕がイルクージョンに来たのは、最近の事です。まだみんなに受け入れてもらっているか自信がありません。ですので、出自を表す赤は糸だけにして頂けますか?」

 頑張った。俺頑張ったぞ。これだけ言えば派手な服を出来まい。


「それではサイズを計りますね」

 店員は安堵したのか、表情が柔らかくなった……僕に似合う格好いい服を作ってとか無茶振りをされると思ったんだろうか?

(今がチャンスだ!)


「後学の為、大体のお値段を教えてもらえますか?」

 今作っているのは、オートクチュールだ。きっと笑えない値段に違いない。


「そうですね、王様にお会いしますので、五十万ジュエルは掛かりますね」

 俺の感覚で言うと一ジュエルは一円だ。つまり五十万、子供服に五十万。


「王族と結婚なんてなったら、もっと高い服が必要なんですか?」

 喉が渇いて上手く喋れない。


「当然です。王族と結婚するとなれば、服だけでなくアクセサリーも一級品を持たなくてはいけません。教養もマナーも一流の先生から、習わなくては駄目なんですよ」

 そう言うことか。ゲーム上では姉ちゃんの浪費が原因で、ルベール家の財政が破綻したって事になっている。でも、あれは浪費じゃない。必要経費だったんだ。

 だって贈り物や王族を招いてのパーティーも必要みたいだし。


 ◇

 王都から帰った俺はすぐさま開拓地に見に行ってきた。

 有り難い事に、開拓は順調らしい。でも、まだだ。今のままでは、収穫量は少ないと思う。

(今のうちに経済を発展させないとまずいな)

 畑の形は出来た。でも土壌を改善しないと、収獲量は上がらない。


「ニコラさん、近場でカブト虫が獲れる場所とか知っていますか?」

 小学生がカブトを欲しがるのは、不自然ではない。怪しまれない筈。


「カブト虫ですか……ルベール領だと、ホイレン山ですね……カブト虫が欲しいのなら、部下に命じて、採らせてきますよ」

 ホイレン山、直訳すると遠吠えする山。名前の通り火山である。


「カブト取りは名目です。俺が欲しいのは、カブト虫が住む森にある腐葉土ですよ」

 火山か。温泉あるかな……療養施設作れば稼げるだろうか?


「腐葉土……土ですよね。わざわざ取りに行かなくても……」

 ニコラさん表向きは執事、裏の顔はスパイの親玉だ。土壌の知識は薄いのかも知れない。


「今の農地は痩せているんですよ。今年は無理でも、次年度から収穫量を増やしたいんです」

 正体を隠しながら、稼いで姉ちゃんを幸せにするんだ。

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