こんなの無理ゲーです

 本当なら森に腐葉土を取りに行っている予定だったのに……。


「はい、ワンツー、ワンツー……トール様、テンポがずれています。はい、最初から」

 成績が壊滅的過ぎて、ダンスレッスン強化月間となりました。

(右手を斜め上に上げて、左手は胸の高さ。足は揃えて……こんな複雑なポーズ、瞬時に出来る訳ないだろっ!)

 テンポは曲によって違うし、振り付けも違う。それを全部覚えろなんて無理ゲーだ。


「先生。レッスン終了の時間でございます」

 ニコラさんが部屋に入って来て、終了を告げる。今日もダンスの腕が上達しないまま、体力だけがついていく。


「……成績優秀で、マナーも完璧。武術はニコラさんのお墨付き。なのに何でダンスだけ、出来ないんですか?わざと手を抜いているとしか思えません!」

 ダンスの先生が不満そうに喚いたと思ったら、俺を睨みながら帰って行った。


「トール様にも出来ない事があるんですね」

 ニコラさんは、ダンスの先生が部屋から出て行ったのを確認すると、笑いながら話し掛けてきた。


「いや出来ない事の方が多いですって。俺は前世の知識で取り繕っているだけですし」

 勉強なんて、もろにそうだ。武術に至っては才能がない分、早めに努力してこうなんだし。

(そのまま転生の弊害が、リズムこんなところに出るとは)

 俺は前世でもリズム感がなかった。手拍子もエアで誤魔化すレベルだったし。

 幼少時から鍛えたお陰で、体力は前世よりついた。でも、リズム感みたいな天性の才能が左右する物は、変わらないらしい。


「ええ、だから人に指示を出す事も学んで下さい。トール様は、なんでも一人でやろうとし過ぎですよ」

 社会人経験は長いけど、万年平社員だったから指示出すの苦手なんだよね。


「爺ちゃんにも言われました。これ見てもらえませんか?」

 まさか小二で企画書を書くはめになろうとは。


「腐葉土の活用及び農作物の加工品の作製ですか……腐葉土は直ぐに使うのでは、ないんですね」

 ホームセンターとかで売っている腐葉土は農業用に調整された物だし、ここの土地と相性が良いとは限らない。


「数か月……出来れば半年は発酵させたいです。それと腐葉土だけの物と、ここの土、草、ゴミを混ぜた込んだ物を作って比較をしたいですし」

 出来れば腐葉土との割合を変えて、何種類か作っておきたい。その中でコストの良い物を増産していく。

 加工品は農作物が上手く育ってくれたらなので、早くても数年後の話だ。


「これは私か伯爵様に提出しておきますね。それと急なお話ですが、伯爵様から伝言でございます。明後日、王都に行くので供をする様にとの事でございます」

 供か……ずっと子供の顔でいるの、きついんだけどな。


 ◇

 やばい、これは絶対にまずい。


「一度、ジュエルエンブレムを使った戦いを見せておきたくてな。丁度、城で騎士の模擬戦が行われると聞いて連れて来たんだよ」

 爺ちゃんはそう言って穏やかに笑うけど……こいつ等、人外過ぎるぞ。

 目の前で行われている戦いは、俺の想像を遥かに超えていた。

 スピード、技、魔力、攻撃力……全てが予想以上だ。


「ちなみの今戦っている人のランクはどれ位なんですか?」

 ちなみに今見ているのは第一試合……序盤に高ランクの試合を組む可能性は低いけど、ワンチャン期待したい。


「お互いCランクだよ。あの腕じゃ、中級以上の魔物は倒せないな」

   嘘だろ?あれでCランク!?SやRって、どんだけ強いんだよ。

(ニコラさんが基礎訓練しかさせなかったのは、俺がレベル不足だったからか)


「二人共、武術の経験なしか……そりゃジュエルエンブレムがあるだけで、こんなに強くなれるなら鍛錬なんてしないか」

 ジュエルエンブレム=チートパッチって感じだ。いくらせこせこレベルを上げても、一気に追い抜かれてしまう。


「トールもジュエルエンブレムをきちんと使いこなせれば、直ぐにおいつくさ」

 ……俺のは人工だから、その期待は薄いんですが。


「凡人は無駄だと思っても、努力するしかないか……次は符術士?」

 そんなゲームみたいな職業あるのか?


「割と珍しいスキルさ。初級魔法とかを紙に書いて戦うんだよ。魔力が少なくても、符で補えるから、どこの貴族でも欲しい人材さ」

 男が符を投げつけると、相手に向かって真っ直ぐ飛んでいった……空気抵抗ガン無視です。


「紙から雷が出た?取り扱い間違ったら、大事故起きそうだな」

 前世の常識が、ことごとく破壊されていく。こんな化け物だらけの世界で、俺は生き抜いていけるんだろうか?


「魔力を流さない限り、符は変化しないんだよ」

 そうでなきゃ、大変な事になるもんな……符術士にも、低ランクの人はいるんだろうか?そうしたら格安で雇えるのに。


「爺ちゃん、あの符って一枚いくら位するの?」

 生産コストは安い筈だから、符術士一人雇えばボロ儲けだと思う。


「初級魔法で一枚十万ジュエル位だ。買うより、自分で魔法を覚えた方が、得だぞ」

 攻撃魔法に制限が掛けられている位だ。符を使うにも制限があると思う。


「そんな簡単には儲けられないか……でも学ぶ価値はあるな」

 スキルは使えなくても、知識を蓄えておく価値はあると思う。


「欲しいなら買ってやるぞ……ここからが本番だ。しっかり見ておけ」

 A級、S級の戦闘は正に異次元だった。なんで炎に焼かれて平然としているんだ?


「拳で殴ったら、地面にクレーターが出来た?嘘だろ?」

 日本だったらCGで片付けていたと思う。でも、紛れもなく目の前で起きた現実である。

 しかもやってのけたのは、モデル体型のイケメン。風が吹けば飛ばされそうな位細い。どこにあんな力があるんだ?


「あれ位俺やニコラでも出来るぞ」

 爺ちゃんは事も無げに言うけど、二人共マッチョ体型ではない。

(努力と鍛錬だけで追いつくの無理だろ!)

 無駄なダンスレッスンは止めて、鍛錬に全振りすべきか。


 ◇

 その週の土曜日、俺は師匠に相談をした。


「ダンスレッスンを辞めますので、修行の時間を増やしてもらえませんか?」

 このままじゃ、何十年頑張っても追いつける気がしない。


「嫌ですよ。君のテンポずれまくりのタコ踊りは、良い暇つぶしになるんですから……まあ、騙されたと思って愚直に努力してみて下さい。後はいかに座布団を集めて、自分を強くするかですね」

 肝心の座布団をもらえる法則が分からないんですど……修行をクリアしても一枚ももらえないのに、一生懸命ダンスを踊ったら一枚もらえた事もあったし。

 そんなに俺のダンスは面白いのか?


 ◇

 うん、夜逃げしよう。どこか遠い町で仕事を探すんだ。


「レイラちゃんと、トール君だね。僕の名前はリヒト、よろしくね」

 今日、俺は姉ちゃんと一緒に王城に来ている。

 王子様は美少女も裸足で逃げ出す程の綺麗な顔立ちをしていた。光り輝く金色の髪、澄んだ湖の様に青い瞳。彫像並みに整った顔に、カモシカの様にスラリと長い足。


「レ、レイラ・ルベールでございます。本日はお招きありがとうございます。お、お会い出来て光栄です」

 姉ちゃんの頬が真っ赤に染まる。今日の為に仕立てた真紅のドレスより、真っ赤だ。

 ちなみに俺は赤い糸で縫われた茶色のブレザー。俺の地味さを引き立ててくれます。


「僕も会えて嬉しいよ。レイラ、ドレスが凄く似合ってるよ」

 ここまでイケメンだと、キザな台詞も嫌味にならないな。

(姉ちゃん、王子様に惚れたか……こりゃ、覚悟決めて修行しますか)

 ただの政略結婚なら姉ちゃんを連れて国外逃げるってプランも考えていた。

 でも大切な姉の初恋が悲劇にならない様に、足掻いてやろうじゃないか。


 ◇

 王子と会って一年後、俺にある招待状が届いた。


「ポリッシュ共和国の貴族をもてなすパーティーか。向こうも子供も連れて来るから、集まれと」

 まあ、会場の隅っこで大人しくしていれば、問題ないだろう。

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