危機回避?

 こんな時スマホが鳴ってくれたら、どれだけ嬉しい事か……電波もないし、掛けてくれる人もいないんだけどね。


「トール君は、誰に戦い方を習ったんだい?」

 サングエ君、目の光が消えかかってないかい?年下相手に闇すぎですよ。


「剣は父から、魔法は母から習いました。こちらに来てからは、ニコラさ……ニコラから戦い方を教わっています」

 危うくニコラさんと言いそうになった。俺の立場的には呼び捨てが正解らしい。でも、前世の常識が邪魔をしてどうしても敬語になってしまう。


「前大戦の英雄から直接指導をしてもらっているんだ……僕がお願いしても、頷いてくれなかったのに」

 そこも地雷なの?目が洞窟みたいな暗さになっているんですけど。

この子、打たれ弱すぎじゃね?社会に出たらもっと大変なんだぞ。


「わ、私に貴族としての最低限の力を付けさせようとしているんだと思いますよ。余りにも不甲斐ないと、ルベール家の恥になりますし……サングエ様は、自ら武を高められる素質がおありになると思ったんだと思いますよ」

 見ろ、これがジャパニーズサラリーマンの言い訳スキルだ!訳の分からない事を言って煙にまくのは得意なんだぜ。


「君は本家に住んでいるもんね。騎士の手前、強くないと困るしね」

 おお、瞳に明りが戻ってきた。頑張ったぞ、俺。

(姉ちゃん、助けて……)

 しかし、お姉様はフレイム家の女性陣と懇談中、来れる訳がない。

父さんの容体は安定したらしく、子供は子供同士で交流を深めなさいと言われたのだ……でも、こんなきつい子守りは勘弁して欲しい。

 心の中で姉ちゃんに助けを求めていると、ドアがノックされた。やっはり持つ者は頼るになる姉である。


「トール様、伯爵がお呼びです」

 しかし、やって来たのはニコラさん。飛んで火にいる夏の虫じゃなく、飛んで火にいるガソリンの精なんですが。


「お爺様から呼び出し?僕はお声を掛けてすらもらえないのに……」

 サングエ君の目から再び光が消える……君はイケメンで、貴族様っていう超勝ち組なんだぞ。これ以上何を望むんだ?


「じ、事情聴取ですよ。行くぞ、二コラ」

 胃が痛い。早くネットショッピングを使える様にして、胃薬を手に入れなければ。


 ……なんだだろう。使用人の視線が凄く痛いです。


「二コラ、伯爵に会う前にフレイム家とサングエ様の事を教えてもらえないか?」

 ここ数日爺ちゃんについて政治の勉強をさせてもらっているけど、かなりスパルタだ。絶対に意見を求められる筈。


「……一度お部屋に寄って行きましょう」

 ニコラさんの顔が険しくなった。今の会話に地雷があったの?

 部屋に着くと、ニコラさんは小声で話し始めた。


「フレイム家の現当主は、伯爵の甥にあたる方です。サングエ様はフレイム家の長男で、最近まで継承権二位でございました」

 ……そういう事か。イルクージョンの貴族は女性にも継承権がある。俺と姉ちゃんが復帰した事で、サングエ君の継承権は五位に転落。

 しかも俺と姉ちゃんは、既にジュエルエンブレムを使った実績がある。周囲の態度があからさまに変わったんだと思う。

(失敗やしくじり、何よりコンプレックスとは、無縁な生活だったんだろうな。そりゃ闇落ちもするか)

 初めてコンプレックスを感じた相手が年下のフツメン。しかも元農民。貴族のお坊ちゃまが精神にダメージを受けたのも納得だ。


「例の騎士は“サングエ様がお可哀想で”とか“フレイム家への忠義心”とか言ってるんじゃないですか?」

 他人の言い訳は大体想像がつく……俺も言い訳得意だったし。


「正解でございます。流石はトール様」

 苦しいけど言い逃れするとしたら、それしかないし。


「言い訳はサラリーマンの必須スキルですから……ところで父さんはどうやって負けたんですか?」

 あの騎士より父さんの方が絶対に強い。背後から攻撃されても、躱せると思うんだけど。


「コボルトの子供を囮に使ったそうです……首に縄を掛けて、ぶら下げていたらしいです」

 親コボルトは父さんに助けを求めたそうだ……同情の余地なしだな。


「……ニコラさん、例の騎士の事を調べてもらえませんか?出来れば経済状況を知りたいです」

 屋敷には、あの騎士と親しかった人間がいる筈。そして前大戦の英雄で、爺ちゃんの右腕でもあるニコラさんになら誰でも口を割るだろう。


「分かりました。トール様がお話されている間に、調べさせておきます」

 気軽に言うけど、そんな短時間で調べられるのか?……やばい組織のトップとかじゃないよね。


 空気が重い。呼び出された部屋に行くと、例の騎士が床に直座りさせられていました。

 それと部屋にいる騎士の殺気が物凄いです……まあ、自分の同僚が領主の婿と孫を襲ったんだ。そりゃ、怒るよな。

 今回の事で確実にフレイム家の評価は落ちる。少し前までは次は我が家が当主だって浮かれていたと思う。でも継承レースから脱落、さらに追い打ちを掛けられたと。

(爺ちゃんの顔、険しいな……あの人の良さそうなイケメンが、フレイム家の当主か)

 フォルテ君のイメージは暑い真夏、サングエ君はうら寂しい晩秋。そして当主はポカポカ陽気の春である。


「お爺様、仰せの通り参りました」

 まず爺ちゃんに頭を下げた後、フレイム家の当主にも頭を下げる。当主の隣には意地の悪そうなイケメンがいた。眼鏡をかけており、髪型はぴっちりオールバック。


「君がトール君か……今回は私の部下が、本当に申し訳ない事をした。心から謝る。しかし、この者の言い分も聞いてやって欲しい。なにも君が憎くてやった訳じゃないんだ」

 ご当主はそう言うと、俺に頭を下げてきた。初見の餓鬼に頭を下げるなんて、そうそう出来る事ではない。

(立派だけど、あの言い訳マジで信じてるの?)

 当主の顔を見ると、がちで信じていそうで怖い……こいつが継承権一位だったってマジか?


「憎くない?そりゃ、嘘でしょ。俺の所為で、甘い汁が吸えなくなったんですよ“いずれフレイム家が伯爵家を受け継ぐ。そうしたら倍にして返してやる”とか言って商人にたかっていたんだろ?」

 嫌味たっぷりで騎士に問い掛ける。こいつは父さんに怪我をさせ、俺を殺そうとしたんだ。恩情なんて掛ける気はない。


「な、なんの証拠があって……」

 騎士は俺に食って掛かろうとしたけど、爺ちゃんに睨まれトーンダウン。


「証拠はニコラにお願いして、調べさせている……忠義?笑わせるな!お前はフレイム家の……いや、サングエ様の輝かしき前途に泥を塗ったのだぞ。この話が外に漏れたらどうなる?口さがない者はサングエ様がお前に命じたと噂するのだぞ!」

 騎士を責めるのが目的ではない。俺はサングエ君に敬意をもっており、悪意なんて微塵もありませんって宣伝したいのだ。

 でなきゃ、あのお坊ちゃま絶対に闇落ちしてしまう。そして俺を逆恨みするんだ。


「トール、その辺にしておけ。さて、この者の処分はどうする?いくら忠義心であっても、無罪放免とはいくまい?」

 爺ちゃんの目線の先にいるのは、ご当主様。

(あくまで当主自身が決めたって事にさせるんだな。監督責任を問い出したら、爺ちゃんへのブーメランになるし)

 騎士の監督責任は当主にあるけど、当主の監督責任は爺ちゃんにある。

 こんな大それた犯行計画騎士一人でたてれる訳がない。背後に誰かいる筈だ。もし、当主に責任を取らせたら、そいつは爺ちゃんを責めると思う。


「役職は解き、蟄居を命じます……そうだ!トール君、何か欲しい物はないかな?剣でも玩具でも、なんでも買ってあげるよ」

 ありゃ一番やっちゃいけない選択をしちゃったよ。欲しい物か……玩具はいらないし、メインで使う武器はまだ決めていない。


「それでしたらゴーレムや土の魔術を使える人を紹介して下さい」

 ゴーレム使いがいれば開拓が楽になる筈。


「流石は農家のご子息。まあ、ジェイド伯爵に恩を売れるし、良い案だと思います……土魔術を使えれば、誰でも良いんですね」

 口を開いたのはイケメン眼鏡……いや、嫌味眼鏡に変更だ。そして当主よりこいつを警戒しなきゃいけない。


 後日、例の騎士は自分の屋敷で死んでいるのが見つかったらしい。

 日頃からたかられていた商人が疑われたらしいが、全員アリバイがあって無罪放免。

ニコラさんの話によると、暗殺のプロが動いたそうだ。

(どう考えても消されたんだよな……これは、もっと強くならないとやばいぞ)

 俺は、その暗殺集団に目を付けられた可能性がある。念の為、俺はニコラさんの指示で動いていたって噂を流してもらったけど……。

 俺は美しい者を依怙贔屓する女神アムールの加護をもらえる可能性は極めて低い。

 ニコラさんの鍛錬だけで、生き延びていけるのだろうか? 

(もう一度ロッキ師匠に鍛えて……いや、もうリアル死の苦しみは味わいたくない)

 次の瞬間、俺は紫色の光に包まれた……考えただけで、リクエストしていないんですが。


「ここってあの洞窟だよな……あれ、師匠偶然ですね」

 目の前にいたのは、悪い笑みを浮かべているロッキ師匠。


「弟子に頼まれたら、嫌とは言えませんね。これから、毎週土曜日はダンディなロッキ師匠の修行道場を開催しちゃいますよー。本日のメニューは、坂道ダッシュです」

いつの間にか目の前に急勾配の巨大な坂が出現していたのだ。


「待って下さい。まだ準備が……冷たい?」

足が冷たいと思ったら、足元から水が湧いてきていた。


「実戦に待ったは、効きません。死にたくなかったら……大事な人を守りたいのなら、強くなるんだ。あのクソ女神に一泡ふかせ……聞こえてませんか。それじゃ、私は紅茶を飲んできますね」

 毎週土曜日、これがあるの?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る