死の特訓?

 特訓の誘いなのだろうか?でも、選択肢の類が一切ない。


「さあ、トール君。修行の時間です。多少、痛くてきついですが、必ず成果は出ます」

 選択する前に時空の狭間にお呼ばれしました。多少の多が気になります。


「……このままじゃ、負けるって事ですか?」

 ラノベとかだと、修行の成果が出る所なんだけど。


「たかだか数日の修行で、成果が出ると思いますか?しかも、やっていたのは基礎体力作りのみ……でも、私に任せてもらえば『あら、不思議。たった数日の特訓で見違えるように強くなれました。数日前までの弱虫だった自分が嘘の様です やっぱりダンディで素敵なロッキさんにお願いして良かったです。これからロッキ師匠って呼ばせてもらいます』必ず、そう思いますよ」

 ……詐偽広告みたいな、誘い文句だよな。でも、今の俺は素人に毛が生えたような存在。

 しかも身体能力は小学二年生。コボルトに勝てる要素は極薄だ。


「ちなみに修行内容は、どんな感じですか?」

 この状況を覆す修行なんてあるのか?


「それは受けてからの、お楽しみです。さあ、トール君、選択の時間です。貴方達はこのままだと、死んでしまいます。提案その一、奇跡を信じて戦う。まあ、コボルトだけに、確実に犬死でしょうね。あちらさんは、随分念入りに準備していましたし。提案その二、優しく頼りになるダンディな指導者の下で特訓する。それなりの覚悟があるのなら、きちんと戦い方を教えてあげますよ。さあ、どっちを選びますか?」

 毎回思うんだけど、ロッキさんの選択ってほぼ一択なんだよね。そして師匠推しが凄い。


「こんな所で死にたくないです……ビシビシ鍛えて下さい、師匠」

 語尾を強めて、やる気をアピールしてみる。

 俺の言葉を聞いたロッキ師匠は、ニヤリと不敵に笑った。


「その言葉を待っていましたよ。ええ、期待に応えてきっちり鍛えてあげます。さあ、死を乗り越えて強くなるのです」

 なんだろう、嫌な予感しかしない。師匠がパチンッと指を弾くと、俺は焦げ茶色の光に包まれた。


 ◇

 あの人は本当にただの魔導士なんだろうか?

 気付くと俺は洞窟の中にいた。一メートル位前に壁があり、行き止まりになっている。


「トール君、聞こえますか?まず足元にある棒を拾って下さい」

 足元を見ると、五十cm位の石の棒が落ちていた。


「拾いましたけど……壁が動いている!?」

 目の前にあった壁がじわりじわりと動いて、こっちに向かって動いているのだ。


「ここで覚え頂くのは、攻撃の仕方。壁に光がでますので、そこ目掛けて攻撃してみて下さい。きちんとダメージを与えれれば、壁が削れますよ。時間内に削りきれなければ圧死してしまいます。でも安心して下さい。ここは私が作った仮想空間、死んでも痛く苦しいだけで、ちゃんと生き返りますので」

 いや、安心出来ないのです。

(壁に光?あそこか!)

 壁の一部が怪しく光っていた。そこから俺は、突いて薙いで攻撃しまくった。ついでに何回も死んだ。


「な、なんとか削り切りましたよ……石で出来た人形?」

 削りきって出た空間には、石で作られた人形が置いてあった。石像は徐々に変化していき、リアルなコボルトに変化していく……あれはコボルトに分類しても良いのか。


「次はそのゴーレムと戦ってもらいます。紹介しましょう。ブルドッグ型コボルトのチュウノウさんです。チュウノウさんは一男一女のパパ。今日は奥さんの薬代の為に参戦されました」

 ブルドッグ型のコボルトってなんだよ!牙が恐ろしい事になってるぞ。

 何より紹介エピソードで戦意が削がれてたんですけど。


「あの今いる世界には普通のコボルトしかいないんですけど」

 あんなベテラン戦士みたいなオーラを放っているコボルトなんていないぞ。牙もえげつない位鋭いし。


「個体差って言葉を知らないんですか?それにテイマーが強いコボルトを目指して、交配を行っている可能性もありますよ……ベテラン戦士でも、ゴブリンの一突きで落命するのだ。矮小な人間が、狭い知識で判断していたら命を落とすぞ」

 圧倒的な迫力、今まで感じた事がないプレッシャーだ。

 身がすくむなんてレベルじゃない。声だけで気を失いそうになる。


「分かりました。いきます」

 棒をとって身構える。


「良い覚悟です。ちなみにドーベルマン型、セントバーナード型、チワワ型、ピットブル型のコボルトが待機してますので」

 ……今回も死んだ。数え切れない位死んだ。死んだら壁壊しからやり直し……これでパワーアップしてなかったら、泣くぞ。

 チワワ型のコボルトに泣いて命乞いされて、許したら隙をつかれて喉を噛み千切られたし。


 ◇

 俺の気のせいだろうか。体つきが何も変わっていないし、溢れ出るパワーとか感じないんですが。


「あの師匠、俺なにか変わったんですか?」

 多分岩か何かを壊させてパワーアップを実感させるパターンだと思う。


「なにも変わってませんよ。傷が治るのに、筋肉だけ変化するなんて都合が良い事あると思いますか?貴方に教えたかったのは。武器の使い方と体捌きです。あっ、言い忘れてましたが、コボルトは意図的に弱くしてましたので、実際にブルドッグ型と遭遇しても勝てると思わないで下さいね」

 あの痛みや苦しみは何だったんだ。まあ、確かにいきなりマッチョになっていたら、怪しまれるか。


「あの、俺は勝てるんですか?」

 俺が戦ったコボルトと実際のコボルトは、どれ位強さが違うのだろうか?


「それは貴方次第ですよ。でも初回利用記念として銅の座布団五枚かスマホ機能のレベルのどちらかを上げて差し上げます」

 スマホレベル2で追加される機能は、カメラと目覚ましとの事……カメラか。


「スマホ機能でお願いします」

 敵はコボルトだけじゃない。他にもいるんだ。

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