その藁すがっても大丈夫ですか?

 俺は昔ぜんせからリズム感がない。手拍子もずれていくレベルなので、いつもエア手拍子で誤魔化していた。

(ダンスのレッスンなんて時間と金の無駄だって……あー、胃が痛い)

 こんな才能もやる気もない生徒を担当する先生が可哀想だ。お互いの為、初回で打ち切りにしてもらおう。


「トール、ダンスのレッスンはお姉ちゃんと一緒よ」

 姉ちゃんは、俺と違いやる気満々だ。これでは初回終了パターンに持って行き辛い。


「た、多分直ぐに個別レッスンになると思うな」

 俺にダンスを教えるなんて、アルマジロに腕立て伏せをやらせる様なもんだぞ。

  ……日本に帰りたい。赤提灯で今日の事を愚痴ってやる。


「素晴らしい。レイラ様には教える事がございません。素晴らしい才能です……すいません。トール様に教えられる事が見つかりません。次回のレッスンまで考えておきますので」

 いや、見つけなくていいです。ダンスの枠を魔法の授業に変えてもらいますので。


 ◇


 魔法の授業は座学中心らしい。

「トール様が使える魔法は乾燥・収納・草刈りの三種ですか。やはりルベール家のご子息ですね」

 ルベール家って、そんな地味な魔法で有名なのか?


「すいません。その辺の知識を学ぶ機会がなかったので、詳しく教えてもらえませんか?」

 俺に勉強を教えてくれたのは、父さんと母さんだ。多分、意図的に避けていたのだろう。


「ルベール家が受け継いでいるジュエルエンブレムはルビーでございます。ルビーは火属性ですので、熱が関係する乾燥魔法を、その年齢でも取得出来たのだと思います」

 そういやロッキさんが俺に植えたのは、赤い石だった。あれはルビーだったのか。

 父さんのジュエルエンブレムは、風属性のホークアイだ。だから草刈りを覚えられたと……先生の理論で行けば確かに合っている。


「他にジュエルエンブレムで有名な家はあるんですか?」

 カヤブールの乙女の主要攻略キャラは、全員高ランクのジュエルエンブレムを使えた。事前の情報を集めておけば、攻略も楽になる筈。


 こっちに来て分かった事。


 ジュエルエンブレム編2


 一番有名なのは、王家のジュエルエンブレム。王家の人間は光属性のジュエルエンブレムを使えるそうだ。特に直系の者は、ジェエルエンブレムの中でも最強と言われるダイヤモンドを受け継ぐらしい。

 先生いわく、第一王子のリヒト様は容姿端麗なだけでなく、文武に優れておいでなので、必ずジュエルエンブレムを使える様になるでしょうとの事……容姿端麗、文武両道、高貴な血筋、王子様に悩みなんてないと思う。


 水のジェエルエンブレム使いを多く輩出しているのは、アデール伯爵家。直系の者はアメジストを受け継いでいるそうだ。アデール伯爵家の家風は美を重視する事らしい。

 そしてアデール伯爵家と言えば、プリーザさん。同じ伯爵家だから、俺にもワンチャンあったかも知れない。


 土のジュエルエンブレムで有名なのは、ジェイド伯爵家。ジェイド伯爵家は土のジュエルエンブレムの他にゴーレムでも有名らしい。そしてジェイド伯爵と言えば先日襲撃があった所だ。受け継いでいるのは、オニキスのジュエルエンブレム。ちなみに、勉学を尊ぶ家風らしい。


 風のジュエルエンブレムで有名なのは、キャナリー伯爵家。直系の人間が受け継でいるのが翡翠のジュエルエンブレム。商売が盛んで、自由を愛する家風らしい。

 そして全ての家に共通しているのは、俺と年が近い直系の男子がいるという事。

 つまり彼等を攻略しなくてはいけないのだ。

(主要攻略キャラは五人だと思っていたんだけど……俺の思い違いか?)

 ◇

 悲しい事に、最近家族揃って食事をしていない。母さんは近隣の貴族への挨拶回り、父さんは貴族の責務として魔物の討伐に励んでいる。

 そして俺は今日も走っています。

(名選手、名監督にあらずって言うけど、基礎体力作りだけで本当に強くなれるのか?)

 魔法も座学だけで、何の進展もなし。ダンスに至っては匙を投げられている。

 ちなみにニコラさんの事は先生と呼ぶようにしました。


「トール様、大変です。カイル様が怪我されました」

 俺が走りこみをしていたら城の兵士が大慌てでやってきた。

 確か父さんは少し離れた町にコボルト退治に行っている筈。

(父さんがコボルトに負けた?嘘だろ)

 ゴブリンより強いとはいえ、父さんが負けるような相手じゃない。

「それで怪我の具合はどうなんですか?」

  父さんが向かったのは、母さんの従兄が治めている町。


「トール様を迎えに寄こすようにとしか書いておらず……」

 緊急事態との事で、大慌てで伝えに来てくれたそうだ。ただ詳しい情報は聞いていないとの事。兵士の話では、規模の小さな町だから治癒魔法を使える人はいるそうだ。


「母さんや爺ちゃんには、黙っていてもらえますか?」

 母さんに心配かけたくないし、コボルト退治に失敗したとなれば民からの信頼が無くなってしまう。

 取る物も取らず馬車に乗り込む。


「来たばかりなのに、すいません。町にはどれ位あれば着きますか?」

 有り難い事に知らせに来てくれた馬車に乗せてもらえる事になった。


「緊急事態ですので、気にしないで下さい……そうですね。半日もあれば着きますよ」

 おかしくないか?父さんは今朝立った。その父さんが怪我したっていう情報を、こんなに早く伝えにこれたんだ?


 ◇


 へー、そういう事ね。うん、見事に嵌められました。

 俺が今いるのは母さんの従兄が治めている町。町に着くと、同時に騎士に連行されました。


「父の失敗は息子がカバーして当然。お前がコボルトを退治すれば、あのナンパ野郎を治療してやるよ」

 騎士は薄笑いを浮かべながら、俺に話しかけてくる。ちなみに父さんは背後から襲われていた。今は魔法で眠らせてあって、会話が出来ないそうだ。

(俺と父さんを同時に始末しようって魂胆か……さて、どうしよう)

 俺が悩んでいると、スマホにメッセージが届いた。


 出血大サービス 急成長間違いなし スペシャルハードモード特訓場開設のお知らせ

 藁にもすがる思いだけど、その藁に地雷が隠されていそうなんですが。

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