姉ちゃんを守る為なら

 ……不思議だ。異世界に転生して、早八年。今までで、一番リラックス出来ている。


「ここが貧民街スラムか……なんだろう、凄く落ち着く」

 スラムだけあって汚いし、雰囲気も悪い……でも、ここは最高だ。


「おい、貴族様がスラムになんの用……坊主、ここは危ないから早く帰んな」

 俺に話し掛けてきたのは、強面のフツメン。最初は機嫌が悪かったけど、俺の顔を見た途端優しくなった。


「どうしたんだ?」

 強面の男に話し掛けてきたの、ポチャリ体型のフツメン。彼は俺と目が合うと、優しく微笑んでくれた。


「いや、馬車から子供が降りて来たから、貴族の餓鬼が冷やかしに来たのかと思ったんだけど、あの顔で貴族な訳ないよな」

 当たり前だけど貴族にもフツメンは生まれる。でも男の言葉はある意味間違っていない。貴族にフツメンが生れると、高確率で養子に出されるのだ。

 顔面淘汰と言うらしい……パパ、駆け落ちしてくれてありがとう。


「……あれ、領主様の孫じゃないか?ほら、駆け落ちしたお嬢様が連れて来た弟の方……可哀想に」

 次にやって来たのは、眼鏡をかけたフツメン……そう、スラムにはフツメンしか住んでいなかったのだ。これほどコンプレックスが刺激されない場所があるとは。


「城を追い出されたら、何時でも来いよ……今からスラムに慣れさせておく寸法か……貴族も、悲しいもんだな」

 言っていろ。このふざけた風習を、俺が改革してやる。

 スラムに住んでいる人は、良い人が多いと分かっただけでも大収穫だ。


 ……我が姉ながらチート過ぎる。


「トール、お帰り。どこに行ってたの?」

 城に戻ると、高そうなドレスを着た姉ちゃんが出迎えてくれた。

ドレスを着ただけなのに、高貴オーラが半端ないです。血筋って凄い。

(なんか別人な感じがして、少し寂しいな)


「はくしゃ……爺ちゃんと開拓する土地を見に行っていたんだよ」

 俺が伯爵と呼んでしまえば、姉ちゃんもそう呼んでしまうだろう。そうしたら伯爵との間に溝が出来てしまう。


「どんな土地だった?何が植えられそう?良いなー。私も行きたかったなー」

 そう言って話し掛けてくる姉ちゃんは、俺の良く知っている姉ちゃんだった。

(どこで悪役令嬢ルートに入るんだろ?)

 このまま育てば優しい貴族令嬢だと思う。ゲームのライラ・ルベールと共通しているのは、気の強さ位だ。


「ちょっと石が多いね。耕すのが大変そうだよ」

 まじであの土地を耕すには根気がいる。耕しても土地改良もしなきゃいけないし。


「そかー。まあ、良い土がある土地を、ただで使わせてくれる訳ないよね」

 姉ちゃんと他愛のない話をしていたら、ひそひそ話が聞こえてきた。


「廊下で立ち話なんて、お里が知れるわね」

「弟もジュエルエンブレムを使えるって言ってたけど、嘘じゃない?だってあの顔よ」

「なんで私達が農家の餓鬼に仕えなきゃいけないのよ」

 メイド達の陰口である。俺達が農家から貴族にランクアップしたから、嫉妬しているんだろう。

 文句を言っても聞き間違いで通す気なんだろうな。

(姉ちゃんの耳に入らない様にしないと……やべっ!滅茶怒っている)

 姉ちゃんが頬を膨らませ、目を吊り上がらせている。


「トール、私注意しに行ってくる」

 普通の女の子だと、大人に陰口を言われたら怯えるだろう……でもうちに姉ちゃんは気が強い。それに正義感も強いのだ。

(メイドからしたら厄介な相手だよな……あっ!)

 もしかして、ゲームのライラもメイドに陰口を叩かれて、他人を信じられなくなったんじゃないか?

 子供の姉ちゃんがメイドに対抗するとしたら、貴族の娘って立場を活用するしかない。

 でもそれじゃメイドのフラストレーションが溜まるだけだ。陰口は更に悪化するだろう。

 結果、ライラは心の壁を厚くして、他人に厳しくなったと。


「姉ちゃん、それより爺ちゃんの所に行こう。まだちゃんと話をしていないし」

 爺ちゃんの所だけ声を大きくして、メイドに牽制を入れておく。勿論、爺ちゃんにちくる気はない。

 でも、これで少しは大人しくなってくれる筈。その間に策を練っておかないと。


 姉ちゃんとメイドの関係を良好にする方法。それに必要なのは、お喋りで人の良いメイドさんである。

 この城で、メイドに詳しい人。それは執事のニコラさんだ。俺はニコラさんにメイド達の事を告げた。


「そんな事があったのですか?早速その者達を解雇しますね」

 ニコラさん、目がマジです。話が飛躍し過ぎだって。


「そんな事したら、余計にこじれちゃいますよ。ニコラさん、お喋りで人の良いメイドっていますか?」

 出来たら美人なメイドも聞きたいです。そして俺専属にして下さい。


「数名思い当たりますが。それが何か?」

 廊下で陰口を叩く位だ。お喋りが好きなメイドはいる筈。でも大事なのは、人が良いって事。


「その人達に俺達が村で幸せに暮らしていた事、夜襲で命からが逃げて来た事を言える範囲で伝えて下さい…姉ちゃんを悲劇のヒロインに仕立て上げて、同情をひくんですよ。そして爺ちゃんは過去のわだかまりを捨てて、娘一家に手を差し伸べた」

 美しい行動が重要視される世界だ。賊に襲われた可哀想な子供を悪く言う奴は非難される筈。


「遅かれ早かれ夜襲に遭ったという話は広まりますしね……こっちで情報を統制するのが良策でしょう」

 勿論、帝国のての字も出さない。突然幸せな生活を壊された可哀想な一家になれば良いのだ。


「それとこれは爺ちゃんの許可がいるんですが、俺達が帰ってきたお祝いとして、少額で良いので、一時金は出せますか?」

 日本円で千円位あれば良い。人情話プラス現金、これは強い。


「分かりました。私にお任せ下さい」

結果、俺達に同情するメイドが続出。あのメイド達は居づらくなったのか、いつの間にか辞めていた。

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