伯爵は呼んで欲しい

 乙女ゲーの攻略?俺、男だぞ。顔はフツメンだし、ゲームの知識は殆んど忘れている。


「無理ですって!野郎で逆ハールートなんて、どう足掻いても不可能です」

 この場合でも、逆ハーと言うのだろうか?


「乙女ゲーって言葉に捕らわれ過ぎていませんか?攻略イコール恋愛だなんて、スイーツ脳過ぎです。忠義、友情、信頼なんでも良いんですよ。彼等との絆を太くするんです」

 絆か……狙って太くするもんじゃないと思うけど。


「メイン攻略対象キャラですか。王子のリヒト・スフェールしか覚えていませんよ」

 リヒト・スフェール、カヤブールの乙女のメインキャラで、イルクージョン王国の王子。金髪碧眼の正統派イケメンで、ユーザーからの人気も高いと聞いている。

 ゲーム通りに進んだら姉ちゃんの婚約者になる筈……貴族の婚約破棄について調べておこう。


「リヒト王子以外は全員イルクージョンの貴族の子弟なので、嫌でも縁が出来ますよ……何人かフラグが立った人もいますけどね」

 いや、俺イルクージョンに来たばかりなんですが。フラグなんて立てようがないです。


「貴族に興味を持たれるのには、顔面格差を覆す有能さが必須……俺、元平社員ですよ。そんな有能じゃないです」

 そんな能力があったら、出世していたし結婚も出来た筈……。


「鍛えまくって、貴族の責務である魔物退治を行う。前世の知識を活かして、領内の経済を発展させる。攻略対象キャラと仲良くなって、彼等の悩みを解決。これでオールオッケー!さあ、頑張って下さい」

 そんな簡単にいかないと思うけど……やるしかないか。


 ◇

 貴族の子供って、もっと悠々自適だと思っていました。


「学力のテストの結果は、満点でした……これで鍛錬に割ける時間が増やせますね」

 姉ちゃんと俺は学力と礼儀作法は、ほぼ満点との事。小学生レベルの問題で満点とって、どやる訳にはいかない。


「でもニコラさんも執事の仕事があるんですよね」

 俺に付きっ切りって訳にはいかないと思う。


「まずは走りこみです。城の周りを十周。その後は鍛錬場で打ち込み百回。午後二時からは伯爵様と領地の見回りとなっております」

 ここの城はかなりでかい。一周五キロはあると思う。かなりハードです。


「体壊しますって!」

 小二にさせるトレーニングじゃないぞ。


「ジュエルエンブレムが使える様になりますと、体力も飛躍的に向上するから心配ありません。それと明日から、ダンスと魔術の家庭教師が来ますので」

 なんでもダンスは貴族に必須らしい……俺、リズム感ないんですが。


 ◇

 ……しんどい。なんとか日課の鍛錬を終えたけど、身体はボロボロだ。

(今の時刻は午後一時くらいか……休みたいけど、見回り前にあれを確認しておきたい)


「ニコラさん、農作物の収穫量や税収状況を知りたいんですど」

 俺はルベール領の事を何も知らない。特産品や食糧自給率を把握してから、見回りに行きたい。


「流石ですね。では、書庫に案内します」

 目の前に積まれていく書類の束。

(紙の質はあまり良くないな。古い物は虫食いが酷いし……誤字発見、ここの表現おかしくないか?)

 前職の癖で、書類の隅々まで見てしまう。


「随分細かい所まで見るんですね。挨拶文に気になる所がおありですか?」

 挨拶文は俺から見たら宝の山である。


「時候の挨拶から、その土地の文化や相手が言いたい事が分かるんですよ。それに王家に出す時の言葉遣いは、きちんと把握しておきたいですし」

(経済的には余裕なし……随分と人件費が掛かっているな。食糧は輸入が多いと……だから開拓民を募集したのか)

 そして遊んでいる土地がかなり多い。わざわざ外から呼ばないでも、農家の次男とかに任せた方が良いのに。


「失礼ですが、前はどんなお仕事をなさっておられたのですか?」

 傍からみたらニコラさんが心配されるだろうな。小二に前職聞いているだもん。


「校正って言って、文の間違い探しをする仕事ですよ……時間ですね」

 誤字脱字チェックだけでなく、情報の正確さも確認しなきゃいけない時がある。ラノベとビジネス文章じゃ、成否が全く違うし。


 ◇

 執務室に行ったら、伯爵は既に準備万端でした。真っ白な軍服で、所々に金糸で刺繍がされている。普通のおっさんが着たら痛い恰好だけど、伯爵は嫌味な位絵になっていた。


「今日は市内の様子を見て回る予定だが、他に見たい所はあるか?」

 窓の外を見てみると、十人近い騎士がスタンバっている。どの人も鎧がピカピカに磨き上げられ、太陽が反射していた。


「村のみんなが開拓する土地……それとあるなら貧民街が見たいです」

 立場は変わってしまったが、村のみんなは俺の家族みたいなもんだ。少しでも手助けをしてあげたい。


「開拓地は分かるが、貧民街に何の用事があるんだ?自分の部下でも欲しいのか?」

 いりません。これ以上俺の人間関係を複雑にしないでくれ。しんどくなってしまう。


「貧民街は犯罪や疫病の温床になります。誰でも住める場所は必用ですが、行政の目を届く様にしたいので」

 汚水や水溜まりを無くして蚊の発生を抑えたい。騎士に巡回させるだけでも、大違いだと思う。


 ◇

 まじか……ここ開拓するのは一筋縄ではいかないぞ。


「見渡す限りの荒野ですね」

 そこは草一つ生えていない荒れ地。石や岩がゴロゴロしている。開拓募集で集まって来た人達から訴えられても仕方ないレベルだ。


「これでも草を抜いて開拓しやすくしたんだぞ……うちの領は少し掘っただけで、石が大量に出てくる。まともに耕せる土地がないのさ。食えない草しか生えないんだよ」

 伯爵はそう言うと自嘲気味に笑った……まさかの草っ回収。


「伯爵、牧畜等はなさらぬのですか?」

 牛を飼えば肉だけじゃなく牛乳がとれる。牛乳があればチーズやヨーグルトが作れるのに。


「何頭かはいるが、全ての領民に行き渡る頭数がないんだよ……その頼みがあるんだ。私の事をお爺ちゃんって呼んでくれないか?」

 伯爵は奥さんを無くして一人娘である母さんが駆け落ちしている。いくら従業員がいても寂しいか。

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