乙女ゲー攻略指令?

 ルベール領が近付くにつれて、父さんの顔が青ざめていく。

 そりゃ、そうだ。伯爵から見れば大事な娘をたぶらかした大悪人だ。

(自分も娘を持って伯爵の気持ちが分かったって感じかな)

 一方の母さんは、久し振りに見る故郷の景色に涙ぐんでいる。

 俺も日本に戻れば泣いてしまうんだろうか……戻り方が分からないけど。


「トール坊ちゃま、ルベール領を見てどう思われますか?」

 これは正直に言って良いんだろうか?それとも適当な事を言ってお茶を濁すべきか?


「広くて畑が沢山作れそうです」

 うん、これがベストな解答だと思う。普通に聞くと農家の息子の率直な解答だ。

 正直に言います。遊んでいる土地が多すぎる。もっと有効活用しようぜ。


「村の皆様の活躍に期待していますよ……見えてきました。あれがルベール城でございます」

 ……無理です。あんな所住めないって!

 それは城と言うより宮殿。白を基調として、赤や金の装飾がされている。

 華美で荘厳……でも防衛能力や快適性は低いと思う。

(久し振りの娘の帰省とはいえ、ここまでするかね)

 城の前では大勢の騎士やメイドが待機していた。どの人も皆笑顔、で母さんが慕われていた事が分かる。

 全部で百人近くいるけど、イケメンと美女しかいません。


「お帰りなさいませ。ライラお嬢様」

 そして一斉に挨拶……シンクロ率も凄いです。


「もう、みんな止めてよ。もう、お嬢様って年じゃないんだから……ところでお父様は?」

 ……いや、お嬢様です。でなきゃ、あんな大勢から挨拶されて平然としていられません。


「伯爵は執務室でお待ちです。レイラお嬢様、トール坊ちゃま、今日から、ここがお家ですよ」

 農家に転生したと分かった時は安心したんだけどな……まさか城住みになるなんて。

(しかし流石城勤めの皆様だ……元農民に対する視線が冷たいや)

 明らかに母さんの血を引いていると分かる姉ちゃんはまだ良い。

 俺には嫌疑の視線が向けられているし、父さんに至っては侮蔑の視線が集中している。

 住環境もあれだけど、絶対に居心地が悪いぞ。

(鍛錬に加えて、城のみんなに認めてもらうってミッションも追加だね)

 見た目で挽回するのは不可能だ。俺は俺のやり方で認めてもらおう。

 ……せっかく美人メイドがそばにいるのに、好感度を考えると手を出せないのです。


 ◇

 フカフカの絨毯に、ピカピカに磨き上げられた窓ガラス。塵一つ落ちていない廊下に、染み一つない壁。

 建築費だけでなく、維持するコストも気になってしまう。

(掃除機は無理でも。楽に清掃出来る道具を導入したいな)

 前世で得た知識をフル活用すれば、改善策が見つかる筈。


「伯爵、ニコラでございます。ライラお嬢様とご家族をお連れしました」

 ニコラさんが一際重厚な扉に向かって声を掛ける。


「入れ」

 低く野太い声がかえってきた……そういや、伯爵はニコラさんと一緒に戦功を上げたんだよな。

 戦場で培われたバリトンボイス……いぶし銀って感じだと思う。


「失礼します。さあ、ライラお嬢様お入り下さい」

 ……そう来たか。部屋にいたのは金髪碧眼の優し気な美青年。母さんと並んでも親子じゃなく、兄妹に見えてしまう。

 ジェエルエンブレムがあると、老化を防げるのだろうか?

(母さんと話をしながらも、部屋の外にいる俺達を観察か……油断出来ないな)


「お父様、私の家族を紹介させて下さい……みんな入って来て」

 母さん、そんな気軽にまたげる敷居じゃないんです。

(……貴族の屋敷に招かれた時のマナー。部屋の主に言われてから入室する事……姉ちゃん、入っちゃ駄目!)

 姉ちゃんが部屋に入ろうとしたので、伯爵の死角で腕を掴んで抑える。


「……ほう、抜け目ないな。ニコラ、ちょっと来い」

 呼ばれた二コラさんは、伯爵と密談……こまっしゃくれた餓鬼だと思われたんだろうか?


「ライラ、長旅大変だったな。カイルやレイラと一緒に部屋で休んで来い」

 お爺様、一人抜けていませんか?ここにも孫がいまずぜ。


「お父様、長い間ご心配を掛けました」

 母さんはそう言うと、深々と頭を下げた。それを見た伯爵は満足そうに微笑む。


「カイル、素晴らしい孫だな。許すぞ。ライラの顔を見れば幸せだった事が分かる」

 父さんは大粒の涙をこぼすと、黙って頭を下げる。


「大変な事もあったけど、この人と子供達がいれば私は幸せです」

 母さんはハンカチで父さんの涙を拭くと、穏やかに笑った。


「レイラ、ライラの小さい頃とそっくりだね。後からお爺ちゃんとお話をしよう」

 そうか、一人ずつ言葉を掛けていくパターンか。ここは大人しく待とう。


「はい、楽しみにしています」

 姉ちゃんが、笑顔で応える。伯爵も笑顔で、感動的な出会いだ。


「……トール、お前は残れ。色々聞きたい事がある。部屋に入って来い」

 お爺様、俺だけ詰問みたいな口調になっていますよ。


 ◇

 部屋のドアが閉められた途端、伯爵から笑みが消えた。空気が重いです。


「ニコラから話は聞いている。前世の記憶か……焼き討ちの前に、何か異変はなかったか?」

 お爺様、主語はどこですか?初めて会う孫との会話とは思えないぞ。


「ブリーゼ様が母さんを訪ねて来ました。それと身分は分かりませんが、クレオという子が村に来て子守りを仰せつかりました……一番はクレオ君と二人でいた時、妙なゴブリンに襲われた事だと思います」

 前世で社長に呼び止められて、業務に関する質問をされた時の事を思い出す。質問と書いて試しと読む。

 名前も覚えていない平社員を試す意味はあるんでしょうか?成績には全く反映されないし。


「その件は聞いている。随分と懐かれたらしいな。お前があげたシナイとやらを大切にしていると聞いている……それで妙とは?」

 良かった。クレオ君にドン引きされたかと心配していたんだぞ。


「まず大声を上げても逃げませんでした。そして石をぶつけても逃げませんでした……一番妙なのは、新品の短剣を持っていた事です」

 ゴブリンも武器を使う事があるけど、それは木の棒みたく野原に落ちている物。あんな新品の短剣が落ちている訳がない。ましてピンポイントで俺達を襲ってきたゴブリンが、それを持っている確率は天文学的な数字になる。


「それで、お前はどう思うんだ?」

 伯爵からのプレッシャーが凄いです。僕も姉ちゃんみたく、穏やかなお話がしたいです。


「ゴブリンを退治した後、父は怖い顔で私を家に帰しました……恐らく、あれはテイマ―に操られたゴブリンだったと思います」

 騎士や貴族の跡取り問題は闇が深い。クレオ君を殺した後、ゴブリンから短剣を奪えば証拠はなくなる。


「ニコラ、手紙の通り面白い男だな。武はお前が鍛えてくれ。それとあの話をすすめろ。……トール、お爺ちゃんが政治のイロハを叩き込んでやる」

 ……良いだろう。力をつけて姉ちゃんを守ってやる。


 ◇

 寝室に案内された俺は、そのまま倒れ込み寝てしまったんだと思う……お願いです、誰か俺を起こして下さい。

(この石畳は、絶対にあそこだよな)

 寝室にいた筈が、なぜか石畳の上にいたのだ。


「トール君、良く来ましたね。丁度私も話があったんですよ」

 石畳を歩いて行くと、胡散臭い笑顔を浮かべたロッキさんが待っていた……絶対に呼んだのは、あんただろ。


「俺も話があります……俺、無関係なポジションに転生させて下さいって言いましたよね?悪役令嬢レイラの弟って、思い切り関係者じゃないですか?」

 破滅ルートをひた走る危険性があるんだぞ。


「貴方が言ったのは主人公の関係者ですよ。それにレイラ・ルベールが悪役令嬢にならなければ、破滅もありません。それとも貴方のお姉さんは、悪役令嬢になるような人ですか?」

 人の言葉尻を捕らえやがって。


「そもそもなんで俺なんですか?もっとイケメンな奴を転生させれば良いじゃないですか?」

 悪役令嬢の弟な上に、ブサメンポジション。伯爵の孫ってイニシアチブを覆すハンデだぞ。


「イケメンを乙女ゲームの世界に転生させても面白くないじゃないですか!……貴方は、この世界をどう思いますか?」

 転生させられた本人が面白くないです。


「ジュエルエンブレムが重要視され過ぎて、差別が酷いですね。まさかブサメンに活躍させて、人間顔じゃないって事を証明しろって言うんじゃんないでしょうね」

 ブサメンによるブサメン救済計画……自分で言ってへこんでしまったぞ。


「君は馬鹿ですか?美形を否定して、ブサメンを重要視?それじゃ、いじめられっ子がいじめっ子に変わるのと同じ。救うのならブサメンもイケメンも救いなさい。トール・ルベールに命ず。カヤブールの乙女に出てくる主要キャラを攻略しなさい。それがお姉さんを救い、貴方が生き残る一番の近道です」

 従業員の好感度アップミッション、政治と武術の鍛錬ミッション……それに加えて主要イケメンキャラ攻略ミッションが追加されました。

 スローライフはいずこに。

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