説得

 空気が重い。いきなり前世とか言い出して痛い奴だと思われたかな。


「前にとある方から、こんな話を聞きました。“ライラ様のご子息は不思議な事を知っている”と。しかし、前世ですか……それより焼き討ちの事をお聞かせ下さい」

 俺の事を誰かから聞いたのか。可能性が高いのはブリーゼさんだ。嫁入り前に自領に戻った時に、話したのかも知れない。


「詳しくと言われましても、突然の事でしたので……深夜に山に続く方の道から火を放たれ、町に続く道には兵がいた様です。そして森には野盗に扮した騎士が潜んでいました」

 俺はあの夜起きた事をかいつまんで話した。スマホやロッキさんの事は伏せておく。


「騎士ですと……なぜ、そう思われたのですか?」

 騎士に命を下せるのは、貴族か王だけだ。つまりあの襲撃は公的な物って事になる。


「俺と姉ちゃんを襲った騎士が“ジェエルエンブレムが使えなくても、僕はクラック帝国の立派な騎士なんだ”って言ってましたので。後バイゼル様とか言ってましたね」

 多分バイゼルは直属の上司だと思う。有名な騎士ならニコラさんも知っている筈。


「バイゼル……皇帝の名前を出したと言うのですか!?その他に変わった事は言ってませんでしたか?」

 大物過ぎて、頭がフリーズする。襲撃の時に、皇帝の名前なんて出すんじゃないよ!

 クラック帝国の皇帝って言ったら、ラスボスだぞ。

(確かクラック帝国は魔族と繋がっていて、皇帝は魔物に姿を変えるんだよな……あつ!)


「母さんが駆け落ちしたのが悪いって言ってました……そいつは俺が倒したんですが、死んだら魔物になってました」

 もしかして、魔物化の実験台にされたんじゃないか?……トカゲの尻尾切りより酷いぞ。


「デモンジュエル……クラック帝国は前大戦の頃から、魔族の力を研究していました。ジュエルエンブレムを持たない者も戦力にする方法だと聞いていましたが、実用化させているとは……この事をライラ様に話されましたか?」

 デモンジュエル……厨二感が凄い……ここまで逃げて来て良かった。敵がデカすぎる。


「荒唐無稽過ぎて言えませんよ。クラック帝国に言っても、その者は放逐したで終わりでしょうし」

 でも疑問が残る。クラック帝国の騎士が、なんで父さん達の駆け落ちを糾弾したんだ?

 殆んど無関係だと思うんだけど。


「賢明なご判断です。続いてお聞きします。なぜ、貴族を頼れと言ったのですか?」

 なんか面接みたいな展開になってきたぞ。お祈りだけは止めて下さい。


「ジェイド伯爵領で似た様な事件があったと聞きました。村人全員が生き証人ですから、牽制材料になります。しかも全員農業従事者、開拓民としてはお買い得だと思いますよ」

 これは賭けだ。ロッキさんはゲームと似た展開になる可能性があると言っていた。

 その言葉通り姉ちゃんはライラ・ルベールになるかも知れない。

(誰かは知らないけど上等だ。姉ちゃんは絶対に悪役令嬢なんかにさせないし、不幸にはさせない)


「最後に貴方に剣を突きつけた騎士の処分はどうなさいますか?」

 処分か。無罪って訳にはいかない。あのまま放置して置いたら、国の評価が下がってしまう。


「休みの日に、民への奉仕活動を行わせてはいかがでしょうか?出世の見込みがないから、ああやって小銭を稼いでいるんじゃないですか?ジュエルエンブレム重視の弊害ですよ。何より俺にはそんな権限ないですし」

 ジュエルエンブレムを使えないので、家族からも見放されたっていうのは自分の事なんだと思う。

 多分、国はジュエルエンブレムを使えない事を理由に、安い金しかかけていないんだと思う。その代わり賄賂を取る事を黙認していると。


「私恨に流されるかと思ったら、前世の記憶のお陰ですかね。伯爵には私からお伝えしておきます。これから宜しくお願い致します、トール坊ちゃま」

 そう言うとニコラさんは悪戯小僧みたいな笑顔を浮かべた……イケメン過ぎて、違う癖に目覚めてしまいそうだ。

 開拓民になりたかったけど、そうはいかないみたいだ。貴族として力をつけて、姉ちゃんをも守って見せる。


 ◇

 村戻りたい。姉ちゃんを守るなんて、とんだ思い上がりでした。

(イ、イケメンと美女しかいないだと?俺が悪目立ちするじゃないか!)

 舞台に紛れ込んだ一般客、少女漫画にアシスタントが書いたモブキャラ、それが今の俺だ。


「凄い……人がいっぱい。それに色んな物が売っている」

 姉ちゃんは町の活気に気圧されているけど、俺は美形のオンパレードに気圧されています。

 その町に溶け込んでいる村の皆も凄い……いや、浮いているのは俺だけなんだけどね。


「それで、これからどうするんですか?」

 一刻も早くここから離れないと、俺の自尊心がボロボロになってしまいます。


「領地に連絡をして、馬車を向かわせています。その間観光でもしてはどうでしょうか?……トール坊ちゃまは、私と来て下さいね」

 有無を言わせぬ迫力で俺を連行するニコラさん。

 そして連れて来られたのは、兵士の修練場。


「あのここで何をするんですか?」

 いや、木剣を渡された時点で想像はついてるんですけどね。嫌な想像ですけど。


「坊ちゃまはジュエルエンブレムを使えるとお伺いしました。実力を見たいので、私に打ち込んでみて下さい」

 打ち込んでみて下さいって言うけど、全く隙がありません。

(ストーンクリエイトを使えるのは一回だけ……まずは様子見だ)

 ハンデのつもりなんだろうか。ニコラさんは、長さ30cm位の木の棒を持っている。


「胸をお借りします」

 一気に近付き、横薙ぎの斬撃を放つ。


「年の割りに鋭い剣ですね。でも私には届きませんよ」

 剣を振るった瞬間、一気に棒が伸びてきた。

(頬を掠めた?……くそ、何も見えなかった)

 正直、格が違い過ぎる。これがジュエルエンブレム持ちの実力なのか。


「それなら……ストーンクリエイト!これならどうだ!ストーンプリズン」

 俺が作ったのは石製の牢獄。これなら安全圏から攻撃が出来る。


「まだ小さいですが、本当にジュエルエンブレムを使えたんですね。そして面白い戦い方ですね……でも、こうしたら、どうしますか?」

 嘘だろ……ニコラさんは、棒で石製の柵を叩き壊した。


「白旗を上げますよ。もう魔力がないですし」

 完敗である。ラノベや漫画みたく強キャラを圧倒するのは無理でした。


「正直、ここまでやれるとは思っていませんでしたよ。領に戻ったら、私が稽古をつけさせてもらいます」

 うん、空気で分かる。絶対にハードなトレーニングだ。

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