ジェエルエンブレム
あの事件から一週間が経った。クレオ君は、あの後直ぐに家に帰ったそうだ。
分かっている事は、あの日父さんが怖い顔で帰って来た事だけ 色々聞いてみたけど、父さんはなにがあったのか教えてくれなかった。
「さて、トールそろそろ帰るぞ」
あれから平和そのもの生活が続いている。せめて、収穫まで何もないと良いんだけど。
「馬車?凄くは……豪華な馬車だね」
危うく派手で悪趣味な馬車と言いそうになった。だって車体の色が紫で、そこに金装飾が施されているんだぞ。
「紫色の薔薇の紋章……アデール伯爵家か。まさかな……」
伯爵家?こんな辺鄙な村に、お貴族様が何の用があるんだろう?
(アデール伯爵家?……どこかで聞いた事あるんだよな)
まあ、気のせいだと思う。
この村で貴族と関わりがあるとしたら、元騎士だという村長さん位だ。旧知の騎士が村長を訪ねて来たってオチだと思う。
うちの可能性はゼロに等しい。何しろ、転生してから親戚に会った事がない。
それとなく聞いてみたけど、露骨に誤魔化されたのだ。
◇
……嘘だろ?家の前にフルアーマーを着た騎士が突っ立っている。
目をこすっても、頬をつねっても騎士はいた。
(安くない造りの鎧だ。剣の装飾も豪華だし……一体、なんの用だ?)
まさかクレオ君、貴族だったとか?助けたお礼だと良いけど、証拠隠滅のお礼参りは嫌だぞ。
(さて、どうしよう。礼儀は一通り教えてもらっているけど)
うちの両親は礼儀作法に詳しい。どんな相手には、こういう態度で接するのが正しいなんて事まで教えてくれる。
だから騎士に対する挨拶やマナーは完璧だ……でも、礼儀作法が完璧な八歳児なんて目立つに決まっている。
それにはうちは農家だ。怪しまれるに決まっている。
出来れば前世の事は隠しておきたい。
「貴方は……お元気そうで安心しました」
父さんに合わせて動こうと思っていたら、向こうから挨拶してきた。
どうも既知の相手らしい……騎士に知り合いがいるなんて聞いた事なかったんだけど。
「貴方は確か……わざわお越しになるなんて、なにかあったのですか?」
相手は親の知り合い。そして今は会話中……俺は騎士に対して黙礼をした。
「おや、この村の子供かな?作法をきちんと覚えていて、偉いね」
実子扱いされず。うん、確かに父さんや母さんと似ていないから、そうなるよね。
「その子は私達の子供ですよ。それでなにがあったんですか?」
パパン、空気が重くなるのでガチ注意はやめましょう。初見で俺が父さんと母さんの子供だって分かる人はいないと思うぞ。
「カイル殿!……すいません、ブリーゼ様の婚約が決まりまして。奥様に祝福して頂く為に訪ねて参りました」
騎士が様をつけるって事は、仕えている家のお嬢様だ。いや、伯爵の令嬢が、なんで母さんに祝福してもらうんだ?
「そうですか……ブリーゼ様もそんなお年になられたんですね。それでお相手は?」
そんなお年……って事は父さんも伯爵令嬢様の事を知っているのか?
出来れば息子は無関係であって欲しいです。
「クラック帝国のファング伯爵様です」
久し振りにゲームに出て来る用語を聞いた。カヤブールの乙女のラスボスは、クラック帝国の王様なのだ。ちなみにクラック帝国の王子様は攻略対象でかなり人気があった。
そして親友キャラの婚約者がクラック帝国の貴族なんだけど、そいつも攻略出来た筈。
(父さんの顔が曇った?評判の悪い貴族なのか?)
「それは目出度い。三国の仲がしっかりしていれば、魔族に後れをとる事はないでしょう……さあ、トール家に入ろう」
ジュエルエンブレムを持った英雄達の主な敵は魔族だ。確か三十年位前にも、大きな戦いがあった筈。
◇
おいおい、マジか!眼福ってレベルじゃないぞ。
部屋にいたのは、ゲームに出て来そうな癒し系美少女……無邪気さを装って、甘えるのは反則だろうか?
「ライラ様お久し振りです。突然お邪魔して申し訳ございません」
ライラ様?……確かこの人は、貴族ご令嬢だった筈。そんな人がなんで、母さんに様を付けるんだ?
「ブリーゼ様、今の私はただの主婦ですよ。様付けは止めていただけませんか?トール、ブリーゼ様にご挨拶なさい」
今の……それじゃ昔はなんだったんだろう?
「トール・プークリエ、八歳です。本日は遠い所、御足労をおかけしました。」
……まずい。いきなりの要請で
「まあ、凄い。流石はカイル様とライラ様のお子様ですわ。きちんとご挨拶出来て偉いですわね」
どうやらブリーゼ様は、疑問に思わなかったらしい。これ以上ここにいると、ボロを出しかねない。適当な理由をつけて逃げねば。
「どこで覚えて来るのか、不思議な事ばかり言うんですよ……レイラ、トール良い機会だから貴方達も見ておいてね」
母さんはそう言うと、自分の右手の甲を左手で覆った。今まで感じた事のない力が部屋に満ちて来る。
「お母さんの手が紅く光ってる!?」
姉ちゃんの言う通り、母さんの手から紅い光が溢れ出していた。
いつの間にか母さんの右手に、小指の爪位のルビーが乗っていた。ルビーの周りには見た事のない文字が書かれている。
(あれはジュエルエンブレム?なんで母さんが使えるんだ?)
あれは間違いなく、カヤブールの乙女に出て来たジェエルエンブレムだ。
「二人共しっかりと見ておくんだぞ」
父さんの目は真剣そのもの……いきなり過ぎる展開に頭が追い付きません。
「ジュエルエンブレム、エアターミナル・ラブ。スキル
ブリーゼ様が手を出すと、ルビーから紅い糸が伸びてきた。糸の先には真紅の針がついており、それがブリーゼ様の身体に侵入していく。
「ライラ様、祝福をありがとうございます。私、幸せになりますね」
そう言って涙ぐむブリーゼ様……いやいや、身体の中に針が入ったんですよ。
「もう片方の針を旦那さんに刺して下さい。そうしたら、二人は永遠に結ばれます」
話を聞いてみると、浮気など裏切り行為をしたら、針が心臓を貫くらしい……ブリーゼ様、それ祝福やない。呪いや。
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