パンイチヒーロー
木苺がなる木は、村から何分も離れていない。滅多に魔物も出ないから、姉ちゃんもおやつ代わりにちびっ子達を連れて来る。
「……トールは夢とかあるか?」
夢か。前世の小さい頃は、プログラマーに憧れたんだよな。でも、無理でした。
数学の成績が悪過ぎました。
(さて、どう答えるかな。子供っぽく答えるか、それともガチで答えるか)
安牌は農家だ。でも、クレオ君の欲しがっている答えは、それじゃないと思う。
でも貴族様に相手に騎士とか言って、周囲に漏れたらまずい。
「大人になったら、好きな人と結婚したいな」
男は何歳でもお馬鹿。この回答がベストだと思う……前世からの願いなんだし。
「なんだよ、それ?大人になれば皆結婚出来るんだぞ」
……君の年だと、そう思うだろうね。でも、おじさんの心にクリティカルヒットしたよ。
この世界は
がちで結婚は叶わぬ夢なんだよね……転生しても独身でした、なんて笑えない。
「だと良いな。さて、ここが俺の秘密の場所だ」
農作業の合間をぬって剪定したり、肥料を上げたりした木だ。庭園芸雑誌の校正をした経験が、異世界で役立つとは。
「すげー!木苺が沢山。お城の庭にもあるけど、こんなに実は付かないぞ」
……お城ってキーワードが聞こえてきたけど、スルーしておく。君子危うきに近寄らずだ。
「好きな分食べて良いぞ。食べ終わったら、木登りしようぜ」
背が低くて登りやすい木があるのだ……クレオ君は木苺に夢中で聞いてないけど。
「美味かったー!婆やが“食べ過ぎはいけません”って怒るから、お腹いっぱい食べた事ないんだ」
うん、もう少し言葉に気を付けてね。誰かに聞かれたらまずいし、フラグになるから。
……恋愛フラグは回収できないけど、お約束フラグが速攻立つんだね。
「クレオ、村の場所は覚えているか?ここは俺がなんとかするから、お前は逃げろ!」
クレオ君を背中で庇いながら、身構える。信じられない事だけど、ゴブリンが現れたのだ。
「なんとかって、トールは武器を持っていないだろ!一緒に逃げようよ」
貴族の子供を傷つけたりしたら、下手すりゃ死罪だ。
運の悪い事に、ゴブリンの癖に短剣なんて持っていやがる。しかも新品だ。
ゴブリンは殺気を放ちながら、近付いてくる。
「心配するな。お前は俺が守る」
(なにか武器になる物は……こうなりゃ恥も外聞もあるか!)
腰に巻いてある荒縄を解いてズボンを脱ぐ。外でパンツだけ、日本なら即逮捕だ。
「と、トール!なにしてるの?早くズボン穿いてよー」
なぜかクレオ君は顔を真っ赤にしている。でも、ズボンを穿く訳にはいかない。
(武器がないなら、代用するだけだ)
荒縄に石を括り付けて、振り回す。即席の流星垂だ。
「大声にも、武器にも反応なしか……クレオ、村に行って大人を呼んできてくれ」
父さんから、ゴブリンは臆病な魔物だと教えてもらった。大声を出せば逃げて行くし、武器を持った人間には絶対に近付かないと。
(俺が餓鬼だから舐めている……それだと嬉しいんだけどな)
ゴブリンの顔目掛けて石をぶつける。なんとか当たるけど、子供の力じゃ倒せそうもない。
ゴブリンは顔から血を流しながらも、距離をつめて来る……これは最悪のパターンかもしれない。
このままじゃジリ貧だ……クレオ君のトラウマになるかも知れないけど、背に腹は代えられない。
「トール!顔ばかり狙っていたら、避けられるよ……危ないっ!」
クレオの悲鳴が木霊する。ゴブリンが上体を逸らして、石を避けたのだ。
「この世界に、こんな技ないだろ?」
俺が狙ったのはゴブリンの足。大外刈りの要領で、ゴブリンの足を薙ぎ払ったのだ。
ゴブリンはバランスを崩して、後ろ向きに倒れる。
この世界での戦闘の主流はジュエルエンブレムだ。ジュエルエンブレムがあれば、高ランクの魔物を簡単に倒す事が出来る……その所為で武術はあまり発展していない。
(スマートで格好いい戦いなんて、俺には無理なんだよな)
俺はゴブリンに馬乗りになり、顔面目掛けて石を振り降ろした。
◇
「トール!もう大丈夫だ。おい、トール!」
誰かに呼ばれた気がするけど構わず、石を振り降ろす。
次の瞬間、誰かに腕を掴まれた。
「父さん……いつの間に……ウップ」
俺の腕を掴んだのは、父さんだった。そして俺の目に映ったのは、顔面がボコボコになったゴブリン。
「良くやった。お陰でクレオ君に怪我はなかったぞ」
なんでもクレオ君が、父さんを呼んで来てくれたそうだ。でも、そのクレオの姿はない。いや、この惨状を見たら、戻って来ないよね。
「ごめん。こいつ武器を持っていたし、石をぶつけても逃げなくて……」
無我夢中だった。どこかでゲーム感覚でいて、この世界の事を舐めていたのかも知れない。
「武器だと!……こいつは……。トール、先に家に帰っていろ。村長、トールの事をお願いします」
父さんの気配が変わった。俺はいつの間に来ていた村長に促され、その場を後にした。
◇
村に着くと、姉ちゃんが仁王立ちで待っていた。ここは中世ヨーロッパ風の異世界の筈。
でも、なんででしょう。姉ちゃんの背中に不動明王様が見えるんですが。
「トール!危ない事はしちゃ駄目って、いつも言ってるでしょ!私がどれだけ心配したか分かっているの?」
姉ちゃんは怒りながら泣いていた。俺はこうして生きているんだから大袈裟……じゃないよな。
小二の弟がゴブリンと戦ったんだ。心配しない方がおかしい。
「ごめんなさい。クレオ君を守らなきゃって思ったら、頭が真っ白になって」
そのクレオ君は姿を見せず……まあ、パンイチでゴブリンを殴打したから、怖がられても仕方ないか。
「うん、良く頑張ったね。さあ、家に帰ろう」
姉ちゃんは、そう言うと頭を優しく撫でてくれた……改めて実感した。この世界は危険だ。
ジュエルエンブレムなんて関係ない。大事な人を守る為、強くならなくては。
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