瓦解
麦の穂がたわわに実り、明日はいよいよ収穫だ。収穫が終われば、村総出で祝う。
「トール、明日も早いんだからもう寝るわよ」
時計も携帯もないので正確な時間は分からないけど、体感的に八時位だと思う。
ちなみに我が家は家が小さいので、同じ部屋で寝ている。
「うん。お休みなさい」
ベッドに入った俺の頭を母さんが優しく撫でてくれた。良い歳して恥ずかしいけど、胸の奥が暖かくなり、俺は眠りについた。
◇
「いてっ!……なんだ?」
ぐっすりと寝ていたら、頭になにか落ちて来た。
(これは俺のスマホ!?なんで、こんな所にあるんだ)
驚きと懐かしさで持ち上げて見ると、メールが届いていた。
“外を見て下さい。やばいですよ p・s この火事は怪しいですよ ダンディな魔導士ロッキ”……外?火事?
「みんな起きて村が火事だ!」
窓から外を見てみると、燃え盛る炎が見えた。
(おかしい。火の勢いの割りに、誰も騒いでいない)
これだけ火の勢いが強ければ、誰かが気付いている筈だ。
それよりも皆を起こさなくては。
(スマホは収納して……火事の時は逃げるのが先決だ。他になにかあったけ?)
昔校正を担当した防災マニュアルを思い出す。
「トール、夢でも見たんじゃないのか……ライラ、レイラを頼む!」
父さんはそう言うと、俺を抱き起した。まあ、緊急事態だしね。
「父さん、僕は大丈夫だから、剣を持って。それと家にあるお金を貸して。僕が収納しておくから。お母さんは桶の水をみんなに掛けて」
怪しまれても仕方ない。思い出した指示をだしていく。
後は避難経路を決めなくては……でも俺の背じゃ周囲を見渡せない。
「ライラ、行くぞ……嘘だろ!」
外に出た父さんが呆然と立ち尽す。火は村を囲う様にして燃えている。いや、村だけじゃなく麦畑も燃えていた。
「父さん、火の流れを見るから僕を抱き上げて」
まずは逃げる方向を決めないと……そういう事か。でも一体誰が?
「カイル、無事か。向こうの方が火の勢いが小さい。他のみんなも集まったな。さあ、逃げるぞ」
村長が駆けつけてきた。確かに村長の進行方向は、火の勢いが少ない……そう、不自然な程に。
(あっちは隣村に行く道……放火としか思えない火事。そして不自然な燃え方)
「村長駄目です。上から見たら、そっちに逃げる様に燃やされています……火を吹き飛ばせれば良いんだけど……」
でも、この世界にポンプ車なんてないし、救助ヘリもない。
「村長、向こうから殺気を感じます……人の気配がないのは……」
父さんはそう言うと、村の西側を向いた。
(確かあっちは急勾配の崖だよな)
「カイル……頼んだ。みんな下がっていろ」
村長の目つきが変わる。なんだ?このバトル漫画みたいな展開は。
村のみんなが下がったのを確認すると、父さんは剣を高々と掲げた。
「顕現せよ!ジェエルエンブレム。ホークスアイ スキル、ウィンドカッター」
勇ましく叫ぶ父さんの手に現れたのは、黒く縞目のあるジェエルエンブレム。
直後、父さんの剣から風の刃が飛んでいった。
ウインドカッターは、風属性の初期スキルだ。
(初期スキルで、この威力かよ……そりゃジュエルエンブレム持ちが優遇される訳だ)
風の刃は火だけでなく、木々も切り裂いていく。
「レイラ、トールをお願い……悪い人が村を襲いに来たの。貴方はお姉ちゃんだから、大丈夫よね。何かあったら隣町の町長さんの所に行くのよ」
母さんが姉ちゃんの肩に手を置いて優しく話し掛ける。父さんの脇から顔を出してみると、野盗みたいな奴等が迫って来ていた。
「……統率のとれた動きに、手入れされている剣……どこかの正規兵じゃな。カイル、行くぞ」
正規兵?マジかよ!他の領地に焼き討ちなんて、バレたらやばいだろ。
「トール、行くよ……大丈夫!お姉ちゃんが守ってあげるから」
姉ちゃんは優しく微笑んでくれたけど、その手は恐怖で震えていた。
(強いな……まだ九歳なのに)
俺が姉ちゃんを守らなきゃ!
「姉ちゃん、逃げよう」
姉ちゃんの手を握って、二人で走り出す。森に逃げ込めば、なんとかなる。
五分位走っただろうか。ここまで来ると木で遮られて、火の様子が確認出来ない。
「おっと、お父さんとお母さん置いて逃げるなんて、悪い子だ。安心しな。直ぐに会わせてやるさ……あの世でな!」
後一歩で森に入れるって時に誰かに持ち上げられた。暴れて抵抗するけど、今の俺の体格じゃ意味ない。
「弟を……トールを放して」
姉ちゃんが男に食ってっ掛かる。男は姉ちゃんの訴えを聞くと。意味ありげに微笑んだ。
「恨むんなら、駆け落ちなんて馬鹿な事をした両親を恨むんだな」
駆け落ち?……だから、うちには親戚がいなかったのか。
「……私がトールを守るの……私はお姉ちゃんだから……トールは私の可愛い弟だから……守らなきゃ駄目なのー!」
(あれはジェエルエンブレム!?)
姉ちゃんの手に浮かび上がったのは、血の様に真っ赤なルビー。そして姉ちゃんの手から炎が放たれ、男に襲い掛かった。
「あつっ……その年でジェエルエンブレムを使える様になりましたか……帝王様の為、ここで始末しておかないと。死になさいっ!」
男の言葉遣いが、急に変わった……そっちが素なのか。
男は俺に向かって剣を振り降ろした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます