瓦解

麦の穂がたわわに実り、明日はいよいよ収穫だ。収穫が終われば、村総出で祝う。


「トール、明日も早いんだからもう寝るわよ」

 時計も携帯もないので正確な時間は分からないけど、体感的に八時位だと思う。

 ちなみに我が家は家が小さいので、同じ部屋で寝ている。


「うん。お休みなさい」

 ベッドに入った俺の頭を母さんが優しく撫でてくれた。良い歳して恥ずかしいけど、胸の奥が暖かくなり、俺は眠りについた。


「いてっ!……なんだ?」

 ぐっすりと寝ていたら、頭になにか落ちて来た。

(これは俺のスマホ!?なんで、こんな所にあるんだ)

 驚きと懐かしさで持ち上げて見ると、メールが届いていた。

“外を見て下さい。やばいですよ  p・s この火事は怪しいですよ ダンディな魔導士ロッキ”……外?火事?


「みんな起きて村が火事だ!」

 窓から外を見てみると、燃え盛る炎が見えた。

(おかしい。火の勢いの割りに、誰も騒いでいない)

 これだけ火の勢いが強ければ、誰かが気付いている筈だ。

 それよりも皆を起こさなくては。

(スマホは収納して……火事の時は逃げるのが先決だ。他になにかあったけ?)

 昔校正を担当した防災マニュアルを思い出す。


「トール、夢でも見たんじゃないのか……ライラ、レイラを頼む!」

 父さんはそう言うと、俺を抱き起した。まあ、緊急事態だしね。


「父さん、僕は大丈夫だから、剣を持って。それと家にあるお金を貸して。僕が収納しておくから。お母さんは桶の水をみんなに掛けて」

 怪しまれても仕方ない。思い出した指示をだしていく。

後は避難経路を決めなくては……でも俺の背じゃ周囲を見渡せない。


「ライラ、行くぞ……嘘だろ!」

 外に出た父さんが呆然と立ち尽す。火は村を囲う様にして燃えている。いや、村だけじゃなく麦畑も燃えていた。


「父さん、火の流れを見るから僕を抱き上げて」

 まずは逃げる方向を決めないと……そういう事か。でも一体誰が?


「カイル、無事か。向こうの方が火の勢いが小さい。他のみんなも集まったな。さあ、逃げるぞ」

 村長が駆けつけてきた。確かに村長の進行方向は、火の勢いが少ない……そう、不自然な程に。

(あっちは隣村に行く道……放火としか思えない火事。そして不自然な燃え方)


「村長駄目です。上から見たら、そっちに逃げる様に燃やされています……火を吹き飛ばせれば良いんだけど……」

 でも、この世界にポンプ車なんてないし、救助ヘリもない。


「村長、向こうから殺気を感じます……人の気配がないのは……」

 父さんはそう言うと、村の西側を向いた。

(確かあっちは急勾配の崖だよな)


「カイル……頼んだ。みんな下がっていろ」

 村長の目つきが変わる。なんだ?このバトル漫画みたいな展開は。

 村のみんなが下がったのを確認すると、父さんは剣を高々と掲げた。


「顕現せよ!ジェエルエンブレム。ホークスアイ スキル、ウィンドカッター」

 勇ましく叫ぶ父さんの手に現れたのは、黒く縞目のあるジェエルエンブレム。

 直後、父さんの剣から風の刃が飛んでいった。

ウインドカッターは、風属性の初期スキルだ。

(初期スキルで、この威力かよ……そりゃジュエルエンブレム持ちが優遇される訳だ)

 風の刃は火だけでなく、木々も切り裂いていく。


「レイラ、トールをお願い……悪い人が村を襲いに来たの。貴方はお姉ちゃんだから、大丈夫よね。何かあったら隣町の町長さんの所に行くのよ」

 母さんが姉ちゃんの肩に手を置いて優しく話し掛ける。父さんの脇から顔を出してみると、野盗みたいな奴等が迫って来ていた。


「……統率のとれた動きに、手入れされている剣……どこかの正規兵じゃな。カイル、行くぞ」

 正規兵?マジかよ!他の領地に焼き討ちなんて、バレたらやばいだろ。


「トール、行くよ……大丈夫!お姉ちゃんが守ってあげるから」

  姉ちゃんは優しく微笑んでくれたけど、その手は恐怖で震えていた。

(強いな……まだ九歳なのに)

 俺が姉ちゃんを守らなきゃ!


「姉ちゃん、逃げよう」

 姉ちゃんの手を握って、二人で走り出す。森に逃げ込めば、なんとかなる。

  五分位走っただろうか。ここまで来ると木で遮られて、火の様子が確認出来ない。


「おっと、お父さんとお母さん置いて逃げるなんて、悪い子だ。安心しな。直ぐに会わせてやるさ……あの世でな!」

 後一歩で森に入れるって時に誰かに持ち上げられた。暴れて抵抗するけど、今の俺の体格じゃ意味ない。


「弟を……トールを放して」

 姉ちゃんが男に食ってっ掛かる。男は姉ちゃんの訴えを聞くと。意味ありげに微笑んだ。


「恨むんなら、駆け落ちなんて馬鹿な事をした両親を恨むんだな」

  駆け落ち?……だから、うちには親戚がいなかったのか。


「……私がトールを守るの……私はお姉ちゃんだから……トールは私の可愛い弟だから……守らなきゃ駄目なのー!」

(あれはジェエルエンブレム!?)

 姉ちゃんの手に浮かび上がったのは、血の様に真っ赤なルビー。そして姉ちゃんの手から炎が放たれ、男に襲い掛かった。


「あつっ……その年でジェエルエンブレムを使える様になりましたか……帝王様の為、ここで始末しておかないと。死になさいっ!」

 男の言葉遣いが、急に変わった……そっちが素なのか。

 男は俺に向かって剣を振り降ろした。

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