第5話 禁忌に手を染めた者

 森の中に足を踏み入れると、ネリルは手に持った頭部を乱暴に放り投げた。

 『合成獣』とはいえ――人間を模した姿のもので、思わずローナは口元を押さえる。

 いや、実際のところ――ローナもまたアンデッド。

 意識はあったとしても、目の前で転がった『合成獣』とは何ら変わらない存在なのかもしれない。

 だが、今はそういう考えも今は邪魔になる。

 ネリルは、腰に下げた剣を抜き放つと――そのまま、『合成獣』の頭部を突き刺した。


「……! 何を――」

「挑発ですよ。こういう手合いは、自分の作り出したモノを作品のように考えています。それを目の前で潰されることを、果たして無視できるかどうか」


 ネリルのやっていることはどこまでも残酷で、ローナからすれば、記憶にある妹とのかけ離れた所業にどこか、精神的に負担がかかっていた。

 けれど、裏を返せば――ネリルがこうなった原因には、紛れもなくローナの死が関わっている。


(……私が死んでしまったから、ネリルは死霊術師になったんだ)


 こういう考えは邪魔だと分かっていても、やはり過ぎってしまう。

 けれど、一瞬――ネリルに迫る魔物の姿を見て、ローナの身体は自然に動いていた。


「『土障壁』っ!」


 ネリルの前に立ち、地面を殴るようにしながら展開するのは土の魔術――盛り上がった地面が壁のようになって、ローナとネリルの盾になる。

 咄嗟のことであったが、魔術は問題なく使えるようだった。


「さすがは姉さん、反応が早くて素晴らしいです。私の憧れの魔術師ですね……!」

「褒められるのは何か気恥ずかしいというか、ありがたいけど、今はそういう状況じゃないかな!?」


 ネリルはうっとりとして喜んでいるが――奇襲を受けたのだ。

 魔物の姿はわずかしか見えなかったが、狼のような姿をしていて、瞳が三つ見えた。

 少なくとも新種などでなければ、帝都の近隣に生息している魔物ではないはず。

 つまりは『合成獣』――作られた魔物だ。


「――随分と酷いことをする。それは、人の姿を模しているだけではないのだよ」


 生い茂った木々の向こう側から、男の声が聞こえてきた。

 ゆっくりとした動きで姿を見せたのは、長髪で身体の大きな、顔に傷を持つ男。

 頬はこけており、どこか瞳には生気が感じられない。

 だが、一目で分かる――この男は危険だ。


「やはり、潜んでいましたか。グイラ・オルベンですね?」

「僕の名前を知っているということは、魔術協会の関係者か。わざわざ、森の奥地まで何の用で来たのかな?」

「分かるでしょう? あなたを捕らえに来たんです。私達の未来のために」


 ネリルはそう言うと、構えた剣先を男――グイラに向け。

 それを見て、怪訝そうな表情を浮かべたグイラは、


「なるほど、僕と同じか」

「同じ、とは?」

「分かるとも。君達は姿形は似ているが、双子ではないね。その子は――アンデッドか? 限りなく生者に近い死者……禁忌魔術だ。僕を捕らえに来たということは、僕の首を以てその罪を許されようとしているのかな?」


 グイラも魔術協会のルールについてはよく理解しているらしい。

 それはそうだ――多くの魔術師は、魔術協会の所属していて、それでもなお、犯罪に手を染める者がいるのだから。


「私とあなたが同じ、というのは理解できませんが」

「同じだとも。僕も、愛する人に再び会いたいだけの男だからさ」

「――」


 グイラの言葉に、ネリルは鋭い視線を向ける。

 ローナも、彼の言葉の意味はすぐ理解できてしまった。


「どうかな。禁忌に手を染めた者同士――手を組むつもりはないか?」


 グイラは、そんな提案を口にした。

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