第4話 合成獣

 魔術協会は多くの国に支部を持っており、かつてローナが所属していたのは生まれ故郷でもある『アーガスト帝国』の帝都である『ルルテナ』だ。

 その北方、『ウースヘブンの森』の近くに、ローナとネリルの姿はあった。


「おそらく、この森のどこかに違法な『合成獣キメラ』を作った魔術師、グイラ・オルベンが潜伏している可能性が高いです」

「おそらくって……ここは帝都の近くで、言っちゃえば帝国の中心部だよ? 確かに、森の広さは十分にあるけどさ」


 ネリルの言葉に、半信半疑のままでいるローナ。

 ――帝都の近くとはいえ、実質的に移動時間なども含めるとローナとネリルに残された時間はわずかだ。

 つまり、ここを外せば――二人にはもう生き残る道はない。


「姉さんは知らないと思いますが、グイラは半年ほど前に禁忌魔術の利用で手配されました。彼が作り出したのは、人間を利用した『合成獣』です」

「……!」


 人間を素材にすること――死霊術においては、決められたルールの中で遺体を使用することがある。

 そうは言っても、人間を好んで利用する者は少なく、死霊術において特に多いのは魔物の利用だ。

 同じように、『合成獣』もまた――魔物の利用が通常である。

 そんな中、どうして死霊術では許されているものが『合成獣』ではダメなのか――理由は単純。

 禁忌の枠組みにおいて、死霊術が人に限りなく近いものを作ることが禁止されているように、人間を利用したことで、人の知性に近い『合成獣』が作れてしまうからだ。

 およそ百二十年前――『カカラータ砂漠』における『ヴェッタリル事件』という前例がある。

 ヴェッタリル夫妻は二人とも魔術師であったが、亡くなった息子の身体を使って、『合成獣』を作り出した。

 すなわち、疑似的な蘇生を試みようとしたのである。

 その結果はどうなったか――人の姿を持ちながら、心は限りなく人からかけ離れた正真正銘の化け物が生まれることになり、ヴェッタリル夫妻は自らが作り出した『合成獣』によって殺害。

 暴走した『合成獣』はその知能を使って人を襲い、判明しているだけでも数十名以上の殺害に及んだのだ。

 この事件によって、『合成獣』においてはたとえ人の遺体であっても素材とすることは禁じられた。


「……まさか、すでに『合成獣』が帝都に……?」

「いえ、『合成獣』については討伐されています。ですが、人の姿を模したモノが事件を起こしたので、すでに『ヴェッタリル事件』の再来と噂はされていますね。もっとも、当時の事件における『カカラータ砂漠』は魔術協会が近くにもなく、国としての領地の管理もずさんであったことが、事件を深刻化させた原因です。それに、作られた『合成獣』についても強いというわけではありませんでしたから」

「そっか……。でも、どうしてここに目星を?」

「まず、最初に言った通りですが――グイラは手配されてからそれほど時間が経っていません。帝都で『合成獣』が発見されたのも三か月ほど前のことで、おそらく潜伏している場所はこの近くであるということが一つ。もう一つは――素材です」

「……素材?」

「『合成獣』の素材ですよ。人間の利用以外に、当然ですが魔物が含まれます。その魔物の多くが、『ウースヘブンの森』に生息している魔物でした」

「! 魔物でしたって……ネリルが解剖したってこと!?」

「ええ、その『合成獣』を討伐したのも私ですから。なので、死霊術師として『合成獣』の遺体の調査も行いました。『ウースヘブンの森』には人が出入りしていた形跡もあります――踏み込めば逃げられるでしょうから、バレない程度の事前調査はすでに行っていますが」


 ネリルの言葉に、ローナはただ驚きを隠せなかった。

 ――まだ、幼い妹が死霊術師になっていた、という事実を受け入れきれていないという状況であったが、確実にネリルは成長している。

 もう、魔術協会できちんと仕事ができるようになっているのだ。

 当たり前と言えば、当たり前のことだ。

 十年ほど経過していて、ほとんど同い年なのだから――それも踏まえると、どうしてネリルは、真っ当な魔術師でいてくれなかったのかと、少しだけローナは考えてしまう。


「さて、説明も済んだことですし……そろそろ行きましょうか」


 ネリルはそう言うと、鞄から何かを取り出した。

 それは――革袋に入った、丸みを帯びたモノ。


「それは?」

「グイラが作った『合成獣』の頭です」


 さらりと、ネリルは口にした。

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