第3話 最重要指定

 ローナとネリルが再会したのは、それから数時間後のことだった。

 レイティが手を回してくれたのだろう――だが、禁忌魔術に手を染めたことが、そう簡単に許されるはずもなく。


「形式上、恩赦という形を取ることにした。君達二人は、これから二十四時間以内に魔術協会が定める規定に違反した者を捕らえる必要がある。それも、最重要指定の、だ」


 それは、もはや不可能とも言える条件であった。

 ローナからすれば、目覚めてまだ日も浅く、十年という月日の経過――その上で犯罪者を捕まえろ、という条件。

 捕まっていないからこそ、手配されているわけで――だが、最大限の譲歩を引き出したのだろう。

 魔術協会の役に立つのだから、処刑をすべきではないという大義名分が必要で、ローナとネリルはそれを手に入れなければならないのだ。


「姉さん、こうして再会できて……私は嬉しいです」


 成長した妹は――お淑やかな雰囲気になっていた。

 死霊術で禁忌を犯した以上は、その言葉とはまさに無縁の存在なのだろう。

 ローナからすれば、ネリルはいつも魔術師となったローナに憧れている可愛い妹で、彼女のために頑張ろう――そう心に決めて、いつも仕事に励んでいたのだ。

 再会を喜びたい気持ちはローナにもあるが、今は一分一秒でも惜しい。


「ネリル……私の腕にしがみついてる場合じゃないよ。私達には時間がない」

「はい、知っていますよ。さすが姉さんです、上手いこと譲歩の条件を引き出してくれましたね」

「いやいや、そんな褒められることじゃないというか……最重要指定の犯罪者を捕まえろ、なんてもはや不可能に近い条件だよ。私だって、犯罪者を捕まえたことはあっても、調査に何日もかけたんだから」


 当たり前だ――簡単に捕まるのなら、何も苦労はしない。

 実質的には不可能な条件を突き付けられたからこそ、その不可能を達成することができれば――魔術協会にとって『必要性』を証明できるのだ。


「いいえ、姉さんのおかげでこうして外に出られましたから」

「……もしかして、逃げるとか言うつもり? それは無理だよ……?」


 ローナとネリルには、それぞれ首輪がつけられている。

 これは、複雑な魔術によって構築されており――一定時間以内に解除できなければ、爆破されるという代物だ。

 ローナが現役の時代にも、これは犯罪者に対する行動制限目的に使われた。

 今、こうして自身の首に着けられることになるとは、思いもしなかったが。


「もちろん、逃げるつもりなんて毛頭にありませんよ。私が何の考えもなしに、姉さんとの再会を終わらせるはずがないじゃないですか」

「……? どういうこと?」


 ネリルは何やら意味ありげな言葉を口にする。

 ――六歳だった妹が、こうして成長していることにはまだ慣れないが、何か作戦があるのだろうか。

 いや、ネリルがどれほど優秀になっているか分からないが――おそらく見つけることは不可能だろう。


「今すぐに見つけることは、まず不可能でしょいね。ですから、先に見つけておきました」

「……は?」


 ネリルの言葉に、ローナは思わず耳を疑った。


「ですから、姉さんに魔術を施す前に、最重要指定の犯罪者を一人に絞って、見つけておいたんです。場所は特定済ですから、後は捕まえるだけですね」

「ちょ、ちょっと待って! どうして、ネリルはそれを……!?」

「? 別に難しい話ではないでしょう。禁忌魔術を犯した者に対する恩赦――これは、ほぼ一択で不可能とされるこの条件に絞られます。この制度の説明自体は禁忌魔術について学ぶ際に行われますから。逆に言えば、事前に最重要指定の犯罪者さえ特定しておけば、禁忌魔術の利用は可能――というわけです」

「……っ」


 ネリルの言葉に、ローナは開いた口が塞がらなかった。

 確かに、理論的にはその通りだ――順序が逆であれば、許されない可能性の方が高い。

 禁忌魔術を利用するために、犯罪者を事前に特定して捕まえる手前まで持っていくなどと、常人なら考えもしないだろう。


「ですが、想定外のことと言えば――私に関しては一切の発言の許可も許されずに拘束されてしまいましたので、危うく有無も言わさずに処刑されるところでした。なので、姉さんのおかげなんですっ」


 そう言って、ネリルはまたローナに甘えるような仕草を見せる。

 ――十年という月日は、確かに妹を成長させたようだ。

 けれど、ローナに対する禁忌魔術の使用といい、何やら想像もしない方向にネリルは進んでしまっている気がしてならなかった。

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