第2話 禁忌魔術

「……ここは?」


 ローナが目を覚ました時、すぐに状況を理解することはできなかった。

 薄暗い部屋の中で、一糸纏わぬ姿の彼女の視界に写ったのは――自身を鏡で映したような少女の顔。

 少女はローナの顔を見るや否や、目に涙を浮かべて抱き着いてきた。


「わ、ちょ……!?」


 バランスを崩しそうになるのを何とか押さえて、少女に声を掛けようとすると、


「本当に、お久しぶりですね……姉さん……!」

「――」


 姉さん――確かに、ローナには妹がいる。

 十歳、年の離れた妹が一人。

 目の前の少女はどう見たって同じくらいの歳だ。

 だが、顔が似ている――その点については、無視できない事実であって、ローナは自然と口からその名前を呼ぶ。


「……ネリル?」

「! はい、そうですっ。姉さん、あなたの妹の、ネリルです」

「……ちょっと待って」


 状況が理解できない。

 思い返しても、ローナの記憶は混濁している。

 つい最近の記憶というものがおぼろげで、魔術師として活動をしていた記憶はきちんとあるのだが、どうしてネリルがここまで成長するまでの間の記憶は一切存在しないのか。

 困惑するローナをネリルは優しく抱き締めて、


「姉さん、実は――」

「そこまでだ」


 ネリルの言葉を遮ったのは、一人の女性の声。

 姿を現したのは数名の魔術師で、いずれも明らかな敵意を見せている。

 ローナは咄嗟にネリルを庇うように動くが、


「死霊術師――ネリル・アウオルス。お前は魔術協会の定める禁忌に触れた大罪人だ。大人しく、我々と共に来てもらおう」

「……死霊、術師?」


 女性の発した言葉に、ただ驚くことしかできなかった。

 目を覚ましたら、妹のネリルが何故か自身に似た姿になっていて、しかも死霊術師になっている――それは、明確に何年も警戒している証拠であり。

 どうして、ネリルが死霊術師になる必要があったのか――その答えに辿り着くのは、そう難しいことではなくて。


「……もしかして、私って――死んだの?」


 ネリルの方を見て、問いかける。

 彼女は声を発することもなく、ただ静かに頷いて――そうして、ローナとネリルは魔術協会に捕らわれることになった。

 ――ネリルの罪状は禁忌魔術の使用。

 死霊術自体が禁忌、というわけではない。

 最もポピュラーな属性系統の魔術であっても、魔術協会が禁忌と定めた魔術が存在している。

 人道的であるか、というの意味では死霊術自体が死者を利用しているために賛否の分かれるところではあるが、ネリルの違反は『限りなく生者に近い死者の構築』。

 すなわち、アンデッドの質の問題であった。

 単純行動をするアンデッドを作ることは違反ではないが、明確な意思を持ち、人間と変わらぬ姿を保つことは、魔術協会の定めるルールとは違反する。

 それは、最も禁忌とされる『死者蘇生』に限りなく近いからだ。

 ネリルに関しては監獄に入れられて尋問をされ、ローナは一応、被害者という形で軟禁される形となった。

 そこで、十年前までは同い年の魔術師であり、今では魔術協会の幹部の一人となった、レイティ・アルベリアから色々な事実を教えてもらうことになった。

 以前から大人っぽい印象はあったが、今はより大人の女性の雰囲気がある。

 ネリルですら同い年になっているから、レイティに至っては十歳年上だ。


「……つまり、私は十年前に死んでいて、遺体は冷凍保存された状態で――十年経った今、妹のネリルが死霊術師になって、私を禁忌魔術で蘇生させた、ってこと?」

「細かく答えるとすれば、蘇生ではないけれどね。限りなく蘇生に近いが――君はあくまで、アンデッドだ。動く屍であり、私から見ても人間に近いが、君はあくまで禁忌によって生み出された存在、ということになる。協会としては看過できない」


 十年経っても、その辺りの方針が変わることはないだろう。

 ローナだって、ルールは理解しているし、魔術協会に所属する前から教わることだ。


「どうして、私は死んだの?」

「アンデッドになった君がその情報を持っていてくれたら助かるが……死の間際から一カ月程度前の記憶は、曖昧になりがちだ。当時の協会も捜査には力を入れていたが、手がかりは掴めていない。あくまで、君の遺体は証拠として温存されていたのだが……」


 ネリルが死霊術師になって、その遺体を勝手に持ち出したのだという。

 死霊術の勉強を始めた辺りから、魔術協会はネリルに目を付けていたそうだが、結果としては最悪の形となってしまったようだ。


「あの……ネリルはどうなるの?」

「君も協会に所属していた魔術師だ。言わなくても、分かるだろう?」


 ――それは、考えたくはない事実であったが、答えは聞かなければならない。


「……死者の蘇生に限りなく近い死霊術の使用は、死罪のみ適用する」

「弁解の余地はないだろう。できれば、ネリルにそんな道を歩ませたくはなかったが」


 そう言って、レイティは部屋を去ろうとする。


「……待って」

「まだ何かあるか? 私もできる限り、この案件は早く終わらせたいんだが」

「魔術協会は禁忌の使用は認めていないけれど、特例はあるはずだよね。私は魔術協会の役に立ってきた――せっかくこうして目覚めたんだから、少しくらいは交渉する機会も、あるはずだよね」


 レイティは答えなかったが、再びローナも前に戻ってくる。

 彼女がローナと知り合いだからこそ、交渉の余地が存在したのだ。

 自分が死んで十年経ってその上、死霊術師の妹によってアンデッドにされた――そんな事実だけでもはや心がいっぱいであったが、そのせいで妹が死罪になるのだけは、どうしても許せなかったのだ。

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