第23話
「ひっぐちゅん! うぃい……鼻水やば……」
寒い国だからか、外でのくしゃみ程度では誰も気にしない。むしろ冷たく吹き
その証拠に、ぐしぐしと鼻をハンカチで拭うキャロルの姿には誰も気付いていないようだった。
そんな彼女は、婚約者である秋の国の王子、セレスタイン殿下から貰った白いヴェールを頭から被っていた。風になびき、ばたばたと音を立てるそのヴェールは、冬の国に舞い落ちる『夏の砂』から彼女を守るために、彼が冬の国の魔道具師に依頼して製作してもらった、れっきとした魔道具だ。
「ふいぃ……冬の国って景色はめっちゃ綺麗なんよなぁ……」
そんなことを小さく呟いて、ガラス張りの温室の入口の扉に手を掛ける。
小さく軋む蝶番の音を聞きながら、そっとその扉を開け、ヴェールを挟まないよう慎重に中へと身を滑らせた。
現在、彼女自身には新品のフェラーリが二台は買えるくらいの価値がある。
装飾品として加工されているとはいえ、魔道具を二つも装備しているのだからそれはそうだ。
なお、その金額に関しては、あまり深く考えないようにしているようだ。
とはいえ、気にしていない訳ではない。だからこそ、扉の開け閉めでさえその辺の何かに引っ掛からないように、細心の注意を払っているのである。
中身がオッサンみたいなキャロルだって、やべー金額の物を破損させたい訳がないのである。
それでもそんな事実を、キャロル自身がどう思っているのかと言うと、脳内のほとんどを占めるのは(魔道具ばんざーい!)でしかなかった。
マスク姿が令嬢としてアウトだったのだから、当然この優雅で美しいヴェールが大活躍してくれているのは、彼女にとって本当にありがたいことなのだろう。さすがの図太さである。
しかもこのヴェール、あったかいのである。保温と『夏の砂』から着用者を守るという機能が備わっているという高機能魔道具。年甲斐もなくギャン泣きしたくなるほどの寒さからも、砂からも守られているキャロルに残ったのは、己の服から舞い上がる少量の砂による軽いアレルギーの対処だけだ。
そしてそれも、鼻水止めの魔道具があるのだからほぼ問題ない。乾燥と寒さはあるが、日光は普通に存在しているので充電(?)も出来る。持って来てくれててありがとうと、キャロルは荷造りした侍女サマリーを全力で褒めちぎった。
「はぇー……、実家じゃ見ない草生えてる」
何度か訪れたことがあるものの、温室の中をしっかり見たことはなかったキャロルはぼんやりと呟いた。
外よりも気温が高く、適度な湿度もあるこの温室は、冬の国でも限られた者しか入ることが出来ない特別な場所だ。
世界二位の医療を誇るサン・ディスノウ国では、こういった温室で薬効のある草花をあちこちで育てているのである。
そんな彼女が現在居を構えているのは、ディスノウ・ラ魔導学校。その留学生専用の寮だ。
国営の様々な技術者を育成しているこの学校は、春の国のア・レルピアーノ学園を技術者育成に力を入れたバージョンにした感じの所である。
そして、その学校の敷地内にある温室であるここは、彼女のためにセレスタイン殿下が学校側に掛け合って占有使用許可をもぎ取った、彼女にとっての第二の憩いの場だった。
なお、キャロルの花粉アレルギーは杉とヒノキ、そして時々ハンノキである。
ゆえにそれらの植生が存在出来ないこの温室の中では、ただ暖かく、美しく、限られた者しか入れない癒し空間であった。
だからこそその温室の中だけでは、キャロルは気兼ねなくオッサン化出来るのだ。
「やっぱ外寒ぃわー。なんなんもー。はーしんど。んん゛ん……目ぇかゆ……目薬目薬……」
ドレスのポケットから目薬を取り出し、ヴェールの中で差す。
地味に目が痒くなってしまうのは、ヴェールの外、ドレスの下からふんわりと微量の『夏の砂』が上がって来てしまうがゆえだ。
いくら魔道具でも、既に付いていたり、服の下から上がって来てしまう空気を防ぐことは難しいらしいので、キャロルも、それはしゃーねぇな! とご納得していた。
なお、なぜドレスかと言うと、この学校は制服が無いからである。学園の方の制服を着ても良かったが、郷に入っては郷に従えと思ったキャロルは周囲に合わせてドレスを着用していた。
まあ、ヴェールに制服ってのが微妙だからというのも理由のひとつだ。
さて、そんなヴェールだが、中からはよく見えるし、紫外線も遮ってくれているのか、このヴェールさえ被っていればおめめパッチリで過ごすことも出来る。だがしかし。おめめパッチリで過ごしていたらそれはそれで『夏の砂』が目に飛び込んで来やすいので、キャロルは結局普段通りの薄目である。
内側からならともかく、ヴェールを被ったキャロルは、外からでは表情が見えづらい。
しかし、春の国でも小柄で細く、小動物のような雰囲気のあったキャロルが真っ白いヴェールを被り、とっても気を使いながら令嬢らしく過ごしている彼女の姿は、色彩も相俟ってかとても儚げで、なぜだか神聖なものにすら見えた。
「……しっかしこれ被ってると音聞こえにくいんよな。難聴系主人公みたいにならんようにせんと……、お、ミミズやん。めっちゃご立派ぁ〜。漢方で材料になってなかったっけどうだっけまあいいや」
中身はミミズを鷲掴みに出来るほど、こんなにも図太いのに、である。外見詐欺にもほどがある。
そしてキャロルは、まだ思い出せていない知識のために、こうして時々ポケットに様々なモノを忍ばせる。
それが原因で何が起きようと、彼女は全く気にすることがない。頭の中身がほとんど野生児だからである。
令嬢ってなんだっけ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「あなた。秋の殿下の婚約者、辞退なさいな」
なんか突然そんなこと言われたんじゃが、それよりもあなただれですか?
「そうよそうよ。ヴェールで顔を隠した怪しいちんちくりん令嬢なんか、あの方に似合わないわ!」
おぉー、すげぇな。直接ワシにこんな勢いで詰めてくる令嬢たち初めて見た。いーち、にーい、さーん、よーん、四人か。うん、だれ?
「あら、だめよそんなこと言っちゃ。かわいそうだわ」
「そうですわよ、春の国のお花畑から来たご令嬢なのだから」
おー! これが貴族流の嫌味ってやつ!?
すげー! 何言ってっか全っ然わからん!
なんて?
あとワシ今から昼飯なんじゃが。どいてくれー。
「たかが子爵家の令嬢だなんて、分不相応でしょうに」
「だからこそ、潔く身を引くべきだとは思わなかったのかしら」
あー、うん、ごめん。それはそう。
だがしかし! ワシにも言い分はあるぞ!
「……わたくしのような下級貴族家のものが、殿下の言葉を否定など、それこそおこがましいと思いますわ」
むしろなぜ断れると思っているのか小一時間問い質したい! 無理じゃろどう考えても!
「……っ!」
「ですから、どうかあなたさまがたから、殿下へそう仰ってくださいませんか?」
「そんなの、出来るわけがないじゃない!」
えええ、そりゃ話が違うよぅ。殿下に面と向かって言えっからそんな態度なんじゃと思ったんに。ほしたらそんな大口叩いちゃアカンやろがい!
「あなたさまがたが出来ないことを、わたくしのようなものが出来るはずありません」
「……なら、近付かない、話しかけない、そのくらいのことは出来るのではなくて?」
はー?
「それが出来れば苦労はしませんわ。わたくしが殿下の婚約者である限り、殿下のお傍にいることは決定事項ですもの」
無茶言わんでくれんかね。無理じゃよそんなん。
なんか知らんけどめっちゃ溺愛されてるもんワシ。なんなんじゃろねアレ。
せめてワシの鼻が詰まってなけりゃ『運命じゃないです!』って言えたのにね。花粉症こんちくしょうばーか!
「あなた……! 侯爵家の令嬢になんて無礼な……!」
「無礼? でしたら、王子殿下の婚約者という立場のわたくしに、無礼を働いているご自覚はおありではいらっしゃらないのです?」
これでもワシ結構自分の立場分かってんのよ?
さすがにこれ、殿下にバレたらヤバい気がするんじゃが。
「まだ婚約しているだけの分際で、もう王子妃気取りですの……!? なんてあさましい……!」
「わたくしを選んだのは殿下ですのよ。わたくしにその文句を言われても困ってしまいます」
ワシに拒否権なんぞある訳ねーじゃろ! ばーかばーか!
むしろなんでワシが婚約者なんかワシにも全然わからんっちゅーねん!
「このっ……!」
「あっ!」
ひとりの令嬢に突き飛ばされた。ふわふわなドレスだからか痛くない。ヴェールもそんなに長い訳じゃないから無事そうだ。
はーよかったよかった。
「せめて堂々と、あの方の運命なのだと言い張れば……えっ!?」
ん? あれ?
「きゃああああああああ!?」
「なっ、いやぁあああああ!!」
「虫!? いったいどこから、ひぃっ!」
阿鼻叫喚な令嬢たちの様子で、あることに気づいた。
あ、やっべ。
ふわふわドレスだからか知らんけどポッケ入れてたミミズが外に飛び出しとる。朝入れたのすっかり忘れとったわ。てへ。
廊下の床にポーンと投げ出されるみたいに転がるミミズさん。
かわいそうにこんなに干からびて。だれよこんな酷いことしたの。まったくもう。
──────────────
なんか突然多忙になりまして、全く執筆時間が取れず、先週更新できませんでしたすみません……。
なんなの……急に忙しくならんでくれ……(´;ω;`)
予定は未定ですが、来週も更新出来るように頑張りますが、無理だったらすみません。頑張ります……。
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