第21話
まあ冬の国の説明はこれくらいで置いておくとして。
父から用意された冬の国のための色々を確認するために、キャロルはブラザーの部屋へともう一度特攻を仕掛け、そして、二人で用意された色々を見に行ったのである。
本来であればここで兄妹がキャッキャしつつ、父のくれた装備の色々を確認しているご様子を皆様にもお見せしたかったのだが、予想を遥かに超えるほどグダグダな上に、山場も中身もオチすらも何もなかったのでさっさと割愛させて頂こうと思う。
ちなみに父が用意したのは、兄妹で水色と薄ピンクの、色違いの分厚いコートとブーツ、それからモッコモコの耳当てである。
それを二人、ただ分けて自室に持ち帰っただけなのに文字にすると何千文字も消えそうになるとか、どれだけ自由なのだろうか。主にキャロル。
そんなこんなでリンドブルム子爵兄妹は、冬の国への準備を終えた数日後、それぞれの侍従と侍女を連れて、冬の国へと旅立つこととなった。
なお、セレスタイン殿下は何をしていたのかというと、キャロルと行動したいがために色々やった結果、なんと!
この世界でも希少な、夏の国が開発した、魔石を燃料に動く、魔道具師の最先端技術で造られた魔導列車の切符をゲットしていた。もちろん、兄妹たちの人数分も込みである。
セレスタイン殿下とその従者も、もちろん冬の国へ留学予定である。彼がキャロルを他国に放置する訳がないので、まぁそりゃそう、である。
それはそれとして、土地の整備代なども含め、めちゃくちゃに高い切符である。しかも列車一台分をまるまる寝泊まり出来るようにしてあるという、王族や高位貴族が家族での旅行などの際に買う席であり、三、四個の部屋とリビングルームが併設されているので、簡単に言うならVIP席だろうか。
そんな殿下は、リンドブルム子爵兄妹に全力で喜ばれた。
列車が無ければ馬車で一ヶ月の道程である。ちなみに列車では一日半である。短縮時間が半端ないね。
そんなこんなで彼らは共に魔導列車へと乗り込み、春の国を出発したのだった。
そして、そんな凄すぎる列車にキャロルがはしゃがない訳がなかった。
兄と従者用にした部屋の扉をどばーんと開け放ちながら、キャロルは意気揚々と口を開く。
「ヘイヨーブラザー! セイウォーオ!」
「は? え、なに? どうしたのキャロル」
「え、ブラザー、ノリ悪くない? ワシがウォーオ、って言ったらウォーオ! って元気よく返してよ」
「え、なんで?」
「しらん」
二人共が真顔である。
キャロルがしたかったのは多分、地球のどっかでロックかなんかのバンドが観客と声を掛け合う、『Heyyo! sayWOW!』『WOW!』ってやつ、なんだとは思うがなぜここでそれをしてしまったのだろうか。
そんで笑いのネタを、分からない人にも分かるように説明しなきゃいけないこの苦痛。ウォーオじゃねぇのよ。
「それよりもブラザー、列車のどっかで飯が食えるらしいから見に行こうぞ!」
「え、あ、うん。そうだね?」
「どしたんブラザー」
「ううん、なんでもない……」
もう何からツッコミを入れればいいのか分からなくなったブラザーは全てを諦め、席を立ったのだった。
そんなブラザーだって実は子供のようにはしゃぎたい気持ちはあった。が、春の国を代表する留学生なのだから、と大人ぶって、頑張って我慢していた。
最新鋭の魔導列車であるがゆえに、魔道具師見習いなブラザーも本音ではものすごく楽しみにしていたのである。
普段通りの微笑みを浮かべながら、彼はシスターのはしゃぎっぷりを隠れ蓑に、ちょっぴりのワクワクを放出してしまいつつ、部屋から出たのだった。
そんな兄妹はあちこちを見学し、ウェルカムドリンクをがぶ飲みした。(主にキャロルが)
そのまま次にどこか面白い所は無いかと扉を開けた瞬間、ソファで雑誌を読みながら寛ぐセレスタイン殿下と鉢合わせした。
「おや、キャロル、どうかしたかい?」
「あら、殿下、ここでなにをされていらっしゃるのです?」
嬉しそうに微笑むセレスタイン殿下が視界に入った次の瞬間、キャロルにはスイッチが入った。
さっきまでのアッパラパーさから一瞬で令嬢モード切り替わったキャロルに、ブラザーは母の淑女教育の恐ろしさを垣間見た気がした。
どれだけ厳しい訓練を受ければ、ここまできっちりとした切り替えが出来るようになるのだろう。なんと恐ろしい。
「ここの雑誌で冬の国の下調べ、かな」
「そうなのですね……、なにか面白いものはございましたか?」
「うん、水晶洞窟っていうのがあるらしいよ」
「水晶の洞窟ですの?」
聞くだけでロマンチックな雰囲気がする。どうやら冬の国の観光名所らしい。
なおブラザーは頑張って空気になろうとしていた。甘ったるい視線をシスターへ送るセレスタイン殿下のために、空気を読んで、空気になろうとしているのである。
「そうそう、うっすらと光る微生物が取り込まれている水晶の洞窟らしくてね、とても美しいそうだよ」
「あら、一度拝見してみたいところですけれど……そんな時間があるかしら……」
「そんなに遠くはないらしいから、休日にでも行ってみようか。もちろん、ローランド殿も一緒に」
「いえ、僕は遠慮させていただきます」
ブラザーは真剣な顔でちょっと食い気味に断った。
だれが好き好んで妹とその婚約者のデートに行きたいと思うだろう。確かに妹は大事だが、ブラザーはそこまでシスコンではなかったのである。
「え、お兄さま、どうして?」
「学びたいことが多すぎるからね。休日すら惜しいんだ」
なのでどうか止めてくれるな妹よ、とでも思っているのか。彼は普段通りに微笑みながらキッパリと言い放った。
「まぁ……、お兄さま、あまり
なぜだろう。令嬢モードのキャロルは普段よりも頭が良さそうに見える。いや、元々頭は良い子なので、これは普段の行いが幼すぎるのかもしれない。
「大丈夫だよ。トミーも一緒だからね。むしろ僕はキャロルの方が心配だな」
「まあ、わたくしにだってサマリーが一緒ですのよ、お兄さま」
会話からも察せられる通り、トミーはブラザーの侍従、サマリーはキャロルの侍女のことである。どちらも普段のキャロルを知っており、だからこそ主を敬愛している、なんとも素晴らしい従者たちである。
「おや? キャロルには俺がいるだろう?」
「あら、カインさまもいらっしゃいますわ」
「ふふふ、大丈夫だよ。カインとサマリーには、遠くから見ていてもらおう」
キャロルは口から『なんでや』と出そうになるのを頑張って押し込めた。
どうやらセレスタイン殿下には『カインを連れてデートなんて、デートとは言えませんわ』的な言葉に取られてしまったらしい。
そんなことなど露知らず、キャロルの脳内は『?』で埋め尽くされながらも、とにかく嬉しそうに微笑むことしか出来なかった。
「あ、そうだ。昼食だけれど、冬の国の郷土料理が出るそうだよ。キャロルは食べられそうかい?」
「ええ、もちろんいただきますわ。せっかくですもの」
話題変換のための世間話として、昼食の内容が出た途端、キャロルは頬をピンクに染めた。
内心では『ひゃっほーい! ごはんなんだろ? ボルシチかな? ボルシチってなんぞ? まあいいや!』とか思っているが、それは一切表には出て来ず、傍目からは、殿下と食事を取れることに喜んでいるようにしか見えなかった。
「あまり無理しないようにね?」
「まぁ、要らぬご心配ですわ、殿下。このためにわたくし、朝餉を抜いてきておりますのよ」
えっへん、と胸を張るキャロルだが、そんな彼女に対して、殿下は少々渋い顔をした。
「……うーん、健康に悪いから、朝餉を抜くのは感心出来ないな……」
「食べ切れずに残すことのほうが、用意してくださった方に失礼だと思いますの。ですから、本日だけですわ」
キッパリと言い放ったキャロルの表情は真剣で、殿下は折れるしかなかった。ふう、とひとつ息を吐いた殿下は、穏やかな表情でキャロルを見る。
「……それでも、苦しくなったら言うんだよ?」
「そうですわね、そうさせていただきます」
そんな二人の空気はとても穏やかだった。そしてブラザーも空気になり切っていた。素晴らしい演技力である。
そんなこんなで昼食を頂くことになった彼らだったが、もちろん、ウェルカムドリンクをがぶ飲みしていたキャロルは途中で満腹になり、泣く泣くドチャクソうめぇボルシチを諦める羽目になったのであった。仕方ないね。
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