第20話

 


 ブラザーの部屋を退出した後、そのままの足で母の部屋へと突撃するキャロル。本日も元気いっぱいである。

 ノックもしないままにどばーんと扉を開け放ち、そしてそのまま遠慮皆無で母へと声を掛ける。


「ねーねーおかーん!」

「あらキャロルちゃん、どうしたの? お母さまはもう二度と袋いっぱいのダンゴムシなんて見たくありませんわよ?」

「袋いっぱいに詰めた覚えはない!」


 キッパリと言い放つキャロルの表情は真剣だった。

 キャロルの記憶では、たしか十歳くらいの頃のことである。

 着ていたワンピースのスカートの裾を袋代わりにそこらじゅうのダンゴムシをたくさん集め母にプレゼントした、という思い出しかないので、確かにそれは間違っていなかった。が、しかし、百歩譲ったところでキモイものであることに変わりは無い。


「可愛らしい満面の笑顔で大量のダンゴムシをプレゼントされても、誰だってすごく嫌ですのよ」

「なんでや! ダンゴムシかわいいやん!」


 あらあらうふふ、と微笑みを絶やさず正論をぶちかます母に、キャロルはというと心外だとばかりに反論する。

 当時のキャロルにはダンゴムシが宝物に見えていた。つっつくと丸くなるのも、足がいっぱいあるのも、ピコピコ動く小さな触角も、色や大きさがそれぞれ違うことも、全てが特別に見えたからだ。

 だがしかし、キモイもんはキモイということに気付いてはいなかった。


「一匹でも時々気持ち悪いのに、お玉一杯くらいのダンゴムシなんて見たくありませんでしたわ」

「せっかく頑張って集めた渾身のプレゼントをぶん投げられた幼女の頃のワシの気持ちを考えてよ!」


 いや、無理。それは誰でもぶん投げる。


「お母さまね、あれからたくさん集まった虫が嫌いになってしまいましたのよ?」

「ワシはあの時すごく傷付いたの! 優しく『元のところに返してきてね』って言えば良かったじゃん!」


 きっと喜んで貰えると純粋にプレゼントを用意したキャロルの気持ちは、それはそれは尊いものだろう。しかし、たくさんのお花ならともかく、たくさんのダンゴムシである。それが一番の原因だとは全く気付いていないあたり、さすがはキャロルである。

 そして、両手にお玉一杯のダンゴムシを乗せられてそのくらいで済んでいる母は強かった。人によってはトラウマものである。普通にあかん。


「優しくそんなこと言える量じゃありませんでしたわ」

「なんでぇ!?」


 ショックを受けているキャロルだが、それはそう、としか言えない。


「それより、なにか用があったんじゃありませんの?」

「あ、そうそう、なんだっけ?」

「どうして逆に聞いてくるの」

「忘れちゃった」

「忘れないで」


 それに関してはダンゴムシの話題を出した母のせいではあるのだが、キャロルは気付かずに首を傾げた。


「もしかして、冬の国への留学に関することかしら?」

「あ! そうそうそれ!」

「それならお父様の方が詳しいはずですわ。聞きに行ってみたらどう?」

「そっか! おとん今暇かな?」


 母の言葉に素直に納得したキャロルだが、なんというか、令嬢らしさは何も見えない。

とはいえ、外面だけは無駄に完璧なので、そこがキャロルのキャロルたる所以なのだろう。知らんけど。


「書斎でお仕事をしてるはずだけれど、お暇かどうかは分かりませんわね……」

「わかった! 行ってくる!」

「お仕事の邪魔はしないようにね?」

「へーい!」


 扉も開けっ放しにぱたぱたと走り去るキャロルを見送り、母は大きなため息を吐いた。

 放置された扉は、母の侍女によって静かに閉められる。

 扉は基本使用人が開け閉めするので、開けっ放しで放置するのは貴族令嬢らしいと言えるのだが、それをするなら開ける時も侍女か使用人にやってもらわなきゃいけないので、今回のキャロルの行動は五十点だろうか。とはいえ、ここは自宅だし、気心の知れた者しか存在していないのだからまあいいか、と母は前を向く。

 キャロル付きの侍女は、一応居る。だが彼女も多忙だ。子爵とはいえ、裕福なリンドブルム家である。使用人はそれなりに多い。

 しかし、キャロル自身が自由奔放なため、それについていくだけでいっぱいいっぱいなのである。

 それに、侍女の仕事はキャロルの世話以外にも沢山あるのだから、今はそちらの方を頑張っているのだろう。知らんけど。


「あんな感じで、冬の国に留学なんて……大丈夫かしら……」


 なんだか不安になってしまった母は、誰にともなく呟いたのだった。



 そんな母の不安など知る由もなく、キャロルは父の書斎に特攻した。


「ねーねーおとーん!」

「うん? どうしたんだいキャロル」


 何かの書類と書類を見比べながら何か色々頑張っている父へ、キャロルは遠慮もへったくれもなくそのまま口を開く。


「あんねー! 冬の国に留学するやんワシ」

「……そうだね。と言っても、短期なんだろう?」

「うん! ほんでさー! 何持ってったら良いか知らん?」


 父の言葉を聞いているようないないような微妙なお返事である。


「うん、そうだろうと思って手配しておいたから、ローランドと一緒に選ぶんだよ」

「まじかやったー!」


 何が用意されているかも考えずに、キャロルは手放しで喜んだ。さすがキャロル自由。そしてさりげなく有能すぎる父である。脱帽ものである。



 さてそれでは、いい加減にそろそろ、彼らが留学する冬の国の説明をしておくとしよう。

 雪と氷に閉ざされた常冬の国『サン・ディスノウ』。雄大な山脈に囲まれており、その山々からは様々な鉱石や金属が多く産出される。それを加工し輸出、そうして他国との貿易で成り立っている鉱業国家である。

 魔道具の希少金属もほとんどが冬の国産ではあるのだが、かの国の最近の悩みは地下資源がいつ途絶えるのか、である。

 主な産業が金属や鉱石の輸出とはいえ、それ以外にも主力となるような何かが無いと国としてなり立てなくなるのだから。

 ゆえに、そんな悩みを抱えている冬の国は、金属加工技術の流出を禁じていた。

 製錬や、鍛造、彫金に至るまで機密扱いである。

 まぁ、冬の国独自で開発されたそれらが機密というだけで、他国だって独自の技術を編み出して色々と出来ているのが現実。


 医療に関しては、世界二位の水準を持つ。天然ガスや坑道の崩落、凍傷、その他色々な要因からこの冬の国も医療水準を上げざるをえなかった国のひとつである。

 

 とはいえ、それらは魔道具師には特に関係の無いことだ。彼らは彼らで独自の技術なのだから、それはそうである。それぞれの技術が秘匿されていることから、上手く相互関係が築かれているのかもしれない。


 王族は二十人が存命中。王妃、側妃、太后以外の王族は何故か全て男性という男系国家である。

 今度姫でも産まれたらめちゃくちゃ面白いかもしれんが、それはそれでなんかヤバいことになりそうなので、まあ、置いとこう。

 なお、男児が多過ぎてむさ苦しいと考えたとある時代の王妃(可愛いもの好き)が、我が子に女装させて楽しんでいた所、なぜだかめちゃくちゃ丈夫で素晴らしい王子に育ったので、以降男児はそれにあやかって、学園に入学出来る14まで女装で生活させる、という文化が生まれてしまった不思議な国である。王族がやってるんだから国民だってやらなきゃならんと貴族も平民も後に続いてしまったのが全ての原因かもしれない。


 なお、そんな国民はというと、女装させることで病魔や不幸から男児を隠すことが出来る、というかつての王家が宣った言い訳を真に受けているので、特に問題は発生していなかった。

 そんなお国柄なので、同性婚も出来るし、そういったことにも寛容だったりする。


 年中雪と氷に閉ざされているお国柄ゆえか、まぁ、そんなに外に出ないのだから確かにそうなるかもしれない。知らんけど。

 元々の体格が大きい人種だからか、男性もある程度育つとガチムチしか存在していないのだから、線の細い可愛らしい男性が好きな人間には地獄だろう。

 なお、とある時代の王妃というのが他国からの嫁入りで王族になった人物なので、まぁ、うん、仕方ないね、としか言えない。


 そして、冬の国の王族には男児しか産まれないので、必然的に他国の貴族や王族との婚姻が多い。

 『香り』で伴侶を見付ける世界ではあるので、やっぱり交換留学などで伴侶を見付けたり、もし伴侶となる者が居たとしても、一応他も見なきゃなのは世界共通の約定なので、仕方ないのである。

 なんていうか、世知辛いね。

 

 

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