第15話

 


 さて、意図せず吐血、否、喀血してしまった令嬢になってしまったキャロルだが、それで婚約が危うくなったかと言うと、否だった。


 その主な理由は皆様の予想通り、セレスタイン・ポラ・ルピフィーン王子殿下である。

 彼が望んだ『運命』なのだから。彼のために彼女も必死で頑張っているのだから。まあそんな感じである。


 健康面に問題があるなら王族との婚姻は難しいのではないか、という声もルピフィーン側から上がったが、学園側の『健康面での問題は特に無し』という発表から、ほな、ええか……、みたいな空気で落ち着いた。

 それもそのはず、キャロルは花粉症なだけなので、それ以外は完全なる健康優良児である。

 世間的には喀血してしまったが、現実では鼻血吹いただけなのだから、それはそう。


 ルピフィーン側も学園側も、リンドブルム家からの『キャロルは気管支が弱くなってしまっている』というフワッフワな説明で、首を傾げながらも何故だか納得してしまったのである。

 まあ、あんまり気にされてしまっても面白くないので『そういうこと』になったのだが、今は割愛しよう。


 ともかく、キャロルが『不治の病』に罹ったことは国中でも有名だが、それがどんな病気なのか、というのは誰も知らなかった。

 その理由は、なんというか、説明が難しいので時系列順に並べていこう。


 リンドブルム家が薬学でどんどん功績を立てている間に、キャロルの噂もどんどん変化した。

 噂が出始めた頃は『余命幾ばくも無い令嬢』で、その次には『余命宣告を受けた令嬢』となり。

 その次には『不治の病に罹った令嬢』へ変わったかと思えば、次には『不治の病に罹った病弱な令嬢』へと変化し、そして最後に『病弱な令嬢』へとクラスチェンジした。この間、実に八年である。


 人々はその変化を、『令嬢の病が好転した結果』だと捉えていた。

 つまり、キャロルの『不治の病』はリンドブルム家の尽力により『好転した』というイメージしかないのである。

 物凄く長く言うなら『不治の病に罹り余命幾ばくもなかったが家族の献身により好転した病弱な令嬢』が世間のキャロルに対するイメージである。

 余命幾ばく以外は、あながちなにも間違っていないだけに、なんとも言えない。


 ともかく、『好転したものの完治はしていない』のがキャロルに対する世間の評価であり、つまりはイメージである。

 そして、病状というのはどの病でもデリケートなものとされ、それを詮索するのは人としてアウトとされて来た。

 ゆえに、本人から『こんな病気です!』というアナウンスがない限りは、世間的には全く不明という事も有り得るのである。

 そして学園側はというと、健康診断でキャロルの呼吸器系以外の問題は見つけられなかったので、首を傾げながらも『問題なし』となったのである。

 アレルギーに対する医療が全く発展していない世界なので、そこは仕方ないと言えよう。

 とはいえ、アレルギー医療が発達したとしてもキャロルの健康には問題なさそうなのでまあいいや。


 その結果、あの事件以降のキャロルの世間的な評価はというと『少しの衝撃で血を吐いてしまうので、魔道具で隠している病弱な令嬢』となってしまった。なお余談だがその前の時は『目薬がないと失明してしまう病弱な令嬢』だった。

 噂が噂を呼んで、他人から見たキャロルの病弱さが天元突破している気がとてもする。どうしてこうなった。

 人間たちは『不治の病』を一体なんだと思っているのだろう。先入観というものは本当に不思議だ。


 ちなみにその魔道具だが、そんな高価なものを学園に持って来ているのは問題になりかねないので、キャロルの父はきちんと『体内の水分を体外に出さない魔道具』として学園側に書類を提出して許可を貰った上で着用させていた。


 にも関わらず、前回の事件が起きてしまったので、学園側としてはくだんの王子殿下たちに一ヶ月の停学処分を通達することになったのである。


 なお、騒動の原因となった侯爵令嬢はというと、なんか色々と芋づる式に余罪やら問題やらがお家の方でも発覚したらしく、結果として学園を退学せざるを得なくなった。多分、貴族位は王家に返上となるだろう。

 彼女が今後どうなるかは不明だが、お家取り潰しとなるので、平民にはなれるはずである。

 欲を出さなければ卒業くらいは出来たかもしれないのに、なんというか、お疲れ様でした。


 ちなみにキャロルはというと主に王子妃教育を頑張ってるせいでそれどころではなかったため、そのへんのことは何も知らないままである。

 もし知ったとしてもきっと何も気にしないだろう。一歩間違えば、大勢の人の前で滝のような鼻水を披露することになったかもしれないのだから、むしろ喜んだかもしれない。こんな令嬢が婚約者で本当に良いのか、セレスタイン殿下に問いかけてみたいところだ。

 初恋でなんも見えなくなってる節穴殿下には『当たり前だ!』とキレ散らかされそうだが。


 まあそんなわけで、キャロルとセレスタイン殿下の婚約は現状維持となったのである。


 なお、セレスタイン殿下がどれだけ節穴になっているかというと、ミルクティーを飲んでキャロルの兄を思い出した結果キャロルを思い出し、プラチナと聞いただけでキャロルを思い出し、クリーム色をした壁を見てもキャロルを思い出し、しまいには青い空を見上げてもキャロルを思い出すくらいには頭がキャロルでいっぱいで、その他の人間の顔を見ても次の瞬間には忘れてしまうくらいにはキャロルしか見えていなかった。

 それでもそれ以外はほぼ普段通りの冷静な王子として振る舞えているのだから、彼の優秀さは窺い知れることだろう。


「あの、すみません」


 しかしそれにしてもなかなか盲目になってしまったものである。


「あの」


 確かにお互いが『運命』ではあるのだが、それにしたって溺愛が過ぎるというか。


「ちょっと」


 !?


 気のせいかと思ったが、どうやら気のせいじゃなかった。完全に目が合っている。優雅に、そしてはんなりと微笑む、キャロルの母。ロクサーヌ・リンドブルム子爵夫人がそこに居た。


「あなたですわよね、うちのキャロルちゃんに憑いてるの」


 えっ、いや、そんな悪霊みたいな。


「似たようなものでしょう。悪いものじゃないからと放って置いたら、随分と調子に乗って……」


 あらあらまあまあ、なんて優雅に微笑んでいるが、なぜか冷や汗が出てしまいそうなほど雰囲気が剣呑である。


 いやいやいや、自分はそんなに何もしてませんし。


「なにも? してない? ほんとうに?」


 もちろんですよ。あの子が花粉症になったのは隔世遺伝といって、ご先祖にそういう人が居たからですし。


「じゃあ、あの子が秋の国の王子の運命になったのは?」


 それもこちらはなにもしてません。完全ランダムの巡り合わせですから。


「そう……、それじゃあ、あの子の印象は一切操作していないと?」


 エメラルドグリーンの瞳が突き刺さるように鋭い。

 ええと、それに関しては、あの子が生きやすいようにと思って……。


「してるじゃないですか」


 あっ。いや、でも、ほんとうにそれくらいで、それ以上はなにも。


「……はぁ、それで、あなたはどうしてうちの子に憑いてるんですの? まさかとは思いますが、面白いから、とかいう浅い理由じゃありませんわよね」


 あー、あっはっは、もちろんそれだけじゃありませんよ? ちゃんとした理由もあります本当です。


「……まぁ良いでしょう。それで? 一体どんな理由ですの?」


 異世界の知識を悪用しないように、されないように、それから、えーっと……、ちょっと言いにくいが、……あなたと息子さんの目、と言えばご理解頂けるかな。


「…………そう、ですか。つまりあなた様は、私たち家族を守って下さっている、という認識で構いませんか」


 まぁ、端的に言えばそうなるね。二人の目が悪用されるようなことが無いよう、キャロルの知識がきちんと有効活用されるよう、見守っているのが今の自分だよ。


「……わかりました。それでは」


 納得したようにそう言って、夫人は優雅に去っていった。


 ……………………あー、びっくりした。話しかけられるとは思ってなかった。のんびり呑気にリンドブルム子爵家の庭に居たのがアカンかったらしい。


 しかしここまでの感応力があるとは、予想はしてたけどビビるなぁ。

 声は聞こえてるし、姿も見えてるとか、さすがは聖人や聖女が持つ『緑宝石の瞳』の持ち主といったところか。


 余談だが、リンドブルム子爵家の『瞳』は代々引き継がれている特別なものだったりする。

 とはいえ、キャロル自身には全くと言っていいほど無関係なので、まあこのくらいの説明で納得していただけるとありがたい。


 はーびっくりしたびっくりした。



 

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