第8話
さて、今更だが秋の国ルピフィーンと、その国の王子が一体どんな人物か、という感じの説明をしよう。
ルピフィーンは、四季の国の中でも春の国よりも華やかさは劣るものの、暑過ぎず寒過ぎず、過ごしやすさは世界随一を誇る林業国家である。
どういう原理か秋という季節で時が止まったかの国は、森の恵みが多く、木材や果実などの交易で成り立っている。特に紅葉が美しく、旅行客は山間の景色を眺めるために大金を払うことさえもある。
国花はキンモクセイ。香油などにも人気な植物である。
王族は10人が存命。王と王妃、それから王女と王子。側妃が三人とその子供の王女が三人。
なかなか男児に恵まれないルピフィーン王家では女王が即位することも多いのだが、今代と次代は珍しく男性が王として即位しそうであるため、国民からは時折不安の声が上がっている。
さて、そんな国に王子として生まれてしまった彼の名はセレスタイン・ポラ・ルピフィーン。家族からの愛称はレスター。
金髪碧眼。線は細く、誰が見ても整った顔立ちをした、キャロルと同じ14歳。だがそうは思えない170cmの高身長イケメンである。
とはいえ、キャロルの身長が標準よりも低いので余計に高く感じてしまうだけで、王侯貴族の男子としては標準的である。
顔立ちはというと、美女に見えてしまうほど整っているが、それは彼がまだ14歳だからだろう。
成長すればきっと素晴らしい美青年へと変貌を遂げるはずである。とはいえ、小柄なキャロルと並べばどう見ても男性に見えるので、何も問題はないだろう。
ちなみにこれは余談だが、キャロルの現在の身長は140cmである。今後の成長に期待したいところだが、多分伸びてあと10cmだろう。どんまい。
なお髪は美男子としてのステータスのひとつである為長く伸ばされている。が、色々と邪魔なので襟足でひとつに結んである。
学園の制服である青いブレザーのタイピンには、ルピフィーン王族の証である国花、キンモクセイの花を模した細工がなされていた。
そんな彼の『香り』は、国花でもあるキンモクセイに似た甘い香りだ。
時にはくどいと感じるキンモクセイだが、それにミントのようなハーブが混ざったようなそれは、彼の魂から香っていた。
以上のことから、彼の性格の良さは誰もに察することが出来るだろう。
今更ながら、人格が悪ければ酷い匂いが混ざり、酷い欠点が増えれば増えるほど醜悪な香りとなるのがこの世界での人という存在である。
だからこそ、ほんのりと香るそれと、王子の美麗な顔面は周囲の人々を魅了してやまなかった。
『香り』で伴侶を見付けるこの世界でも政略結婚は存在する。お互いがそれなりに好ましい相手と思っている間は、運命の香りでなくとも結婚に問題は無いからである。
むしろ『運命』を見付けることが出来ること自体が稀。故に、家同士の結束のためなど政略的な結婚は常識の範囲内だ。
ちなみにこれも余談だが、キャロルの『香り』はというと、彼女が付けられた通り名『鈴蘭』によく似たさっぱりとしたハーブのような香りに、魂から香る砂糖のような甘いものが混ざった、不思議な『香り』だ。
ある程度現実の見えたアッパラパーさや、現代日本で生きた生ぬるさが、砂糖のような甘い香りを放っている原因かもしれないが、今回は割愛しておこう。
ともかく。
彼は王子して生まれ、王子として育った。優秀な姉や妹たちに恥じることが無いよう、文武両道、公正明大、清廉潔白、それらの言葉がぴったりに思えるほどの教育を受けて。
そうしてその教育を最大限に吸収し、己の中で昇華した結果、彼はどうなったのかと言うと。
『人間不信で少し夢見がちな王子』が誕生してしまったのである。
それはやはり、彼の整った顔面と高い地位、そして彼から薫る『香り』が全ての原因と言っても過言ではない。
まず彼の人間不信な部分だが、良くあるアレである。
政略結婚が当たり前の貴族たちからすれば高物件以外のなんでもない彼は、様々な貴族令嬢からアプローチを受けまくった。
彼の『香り』に惹かれて群がる少女たちは、なんというか、彼自身を見る事はほぼ無く。
目の前で己の争奪戦を繰り広げられ続けた彼は、それを見るたびに遠い目をした。
年端もいかない少女たちが己の隣を取り合い、醜く争うその様子は、まともな感性の人間が見れば誰でもドン引きするだろう。
キラキラした目でしおらしくこちらを見ていた可愛らしい令嬢が、裏で他の令嬢に対して、苛烈に悪態を吐きながらキレ散らかしていたりするのである。お陰で人間不信である。仕方ないね。
結果として、彼に群がる令嬢たちは、どの令嬢も彼の好む『香り』ですら無かった。
それでも彼は王族。もしかすると『運命』を見付けてしまう可能性は、完全に無いとも言い切れない。むしろ政略結婚をした後に彼が『運命』を見付けてしまうことの方が問題だった。
数百年ほど前の過去に、政略結婚した後に他国で運命を見付けてしまった哀れな王が国を巻き込む騒動を起こし、その結果ひとつの国が地図から消し去られたという歴史だってある。
この世界に住む人間なら誰もが知るその歴史を繰り返さないようにするためにも、各国の王族は他国に留学に行くように、と国家間で取り決めが行われたのもその頃である。
そういう背景もあるにはあるが、少々夢見がちな彼は、誰に言われずとも斜向かいの春の国にある、ア・レルピアーノ学園へと留学することを決意していた。
とはいえ、『運命』を見付ける、ということ自体が稀。簡単に言えば、どこかの夢見がちな一般人の少女が「将来は王子様のお嫁さんになるの!」と言い放った言葉がそのまま叶うような確率である。
出来んことは無いが、普通はどこかで諦めるのがそういう願望。
だがしかし、彼は何故だか信じていた。
自分は『運命』を見付けることが出来ると。
そう考える理由は、彼の父と母、そして叔父と叔母がそれぞれ『運命』を見付けていたからである。
身内にそういう人が居ればそりゃそうである。
母から「あなたもいつか、自分の『運命』を見付けるのよ」と、寝物語を聞かせるように幼い頃から聞いていれば、そうなっても仕方なかった。
そのこともあり、世間一般でいう『運命』と、己の信じる『運命』の温度差が天と地ほどあることにも気付いていなかった。
ちなみに世間一般でいう『運命』とは、地球でいう『マイハニー♡』や『ダーリン♡』といった、なんかアレなやつである。お互いの呼び方的なアレ。
そして彼の考えている方の『運命』は、世間一般では『逢えたら奇跡』くらいの絶滅危惧種。「なんかものすっげー良い匂いで、一度嗅いだら他の『香り』なんてクソだと思うんだってよ!」という感じの噂しかない存在だった。
ゆえに彼は、己の夢見がちな思考を変だとは思ったことなど一度もなかった。
誰も、彼がそれを本気で信じているなど思っていなかったからこそ、誰も言わなかったのである。が、それよりも、彼自身が優秀だからこそ、というのも理由として存在していた。
とはいえ彼は王族である。他国で過ごす内に現実を知り、そこでようやく温度差にも気付くことが出来た。
彼はいくら夢見がちでも、現実を見られないほど馬鹿にはなれなかった。
そうして、己の『運命』を諦めかけた頃。
彼はキャロルを見付けてしまったのである。
諦めかけた願いが叶った者が、舞い上がらないわけが無い。
結果は皆様もご存知の通り、陰日向から彼女を護る、ストーカーまがいの厄介オタクのような、若干気持ち悪い王子が爆誕してしまったのである。
一歩間違えば完全にストーカーである。だがしかし、その相手であるキャロルは何も気付いていないし、なんなら本当にお互いが『運命』であるので、特に問題は無い。無い、はずである。多分。なんか自信無くなってきた。
ともかく、そんな彼らは前回の一件から晴れて婚約したのである。なんとかなれ。知らん。
キャロル本人は全く何も、これっぽっちも気付いてないのできっとなんとかなるだろう。
本日も晴天が気持ち良い、散歩日和である。青い空を、小鳥がチュピチュピと鳴きながら飛んで行ったのだった。がんばれキャロル。
丸投げ? うん、知らん。
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