第6話 事件発生!

 物語の舞台は中世ヨーロッパ時代のとあるお屋敷。


 ハムレッドさながらの復讐劇まではいかないが、小さな村に生まれた少女の復讐劇だ。


 とある貴族の屋敷に養子として引き取られた主人公アンナ。


 その貴族は身寄りのない子供を養子として引き取り世話をし、慈善活動をしていることで有名だった。


 すでにその屋敷にはすでに多くの子供がおり、アンナもその一員として過ごすことになった。


 貴族夫婦には実の娘レオナが一人おり、アンナを含めた子供たちの面倒をよく見ていた。

 

 アンナは他の子供たちとともに貴族夫婦とレオナにたいそう可愛がられるが、ある時、その貴族夫婦がアンナの両親と姉ロゼッタを殺めたことを知る。そしてさらに身寄りのない子供たちを引き取るのは、買った子供を別の大貴族に高値で売りつけるためであったことも知ることになる。


 真相を知ったアンナは、ある夜、養父母への復讐を企てる。

 復讐を果たすため道を歩いている途中で占い師の老婆に「復讐の先にあるのは絶望、そして後に残るのは後悔だけである」と謎めいた忠告を受けるも、アンナは踏みとどまることなく復讐を成功させる。


 養父母の復讐を果たし両親の敵討ちに成功した主人公。しかしそこに事件現場を目撃する人影があった。養父母の一人娘レオナであった。


 しかし、仇の娘もまた仇。アンナの復讐心はアンナ自身もよく慕っていた年上の義姉レオナへ向く。


 揉み合ううちにアンナは手にしていたナイフでレオナを刺してしまう。その時レオナが落とした指輪にアンナは目を瞠る。なんと、その指輪はアンナの母の持ち物だった。


 アンナはまだ息のあるレオナに指輪の出どころを問いただす。そこでアンナは、レオナが10年前に殺されたはずの姉ロゼッタであることを知る。そしてさらに姉ロゼッタがアンナと血の繋がりはなく、アンナの両親が貴族夫婦と同じやり方で誘拐してきた娘であったことを知るのだった。実はロゼッタは、貴族夫婦が彼女の敵討ちをしてくれたという恩義から貴族夫婦を手伝っていた。つまり、ロゼッタはアンナの両親の悪行を知っていたのだった。


 自分こそが人殺しの娘であったことを知りショックを受けるアンナ。それと同時に、仇であるはずの自分を助けてくれたことをロゼッタに問う。


 お互い仇同士だが、結局どこへ行っても姉と妹という関係は付き纏ったことに二人は気付く。そしてその関係によって憎しみが徐々に愛情に変わったと、ロゼッタはアンナに伝える。


 自分の親がロゼッタの親を殺したこと、それでも変わらない愛情を注いでくれた姉ロゼッタを手にかけたことに絶望し、アンナは自ら命を絶つのだった――。



「……なんて回りくどくて胸くそ悪くて分かりづらい劇なんだ。結局のところ、この劇の見せ場は、主人公アンナが姉ロゼッタをナイフで刺し、アンナが自身を刺す場面だろう? 中学生がやる劇の内容としてはかなり過激だと思うが……よくこの学校の教師たちはこの劇の内容を許可したな。俺にはとても理解できん」


 光は手元にある演劇部公演のチラシに記載されている劇のあらすじを読みながらぶつぶつと文句を言う。


 涼太は光の言葉を聞き流した後、その発言に補足を付け足す。

「ちなみに、主人公アンナ役を猿橋先輩が、姉ロゼッタ役を犬谷先輩が、占い師の老婆役を兎田先輩がそれぞれ演じるらしい」

「猿橋貴子と犬谷梨花子は演劇部二大スターだから配役にも納得できるが……兎田由美子は演劇部部長なのに占い師の老婆なんていう脇役を演じるのか?」


「チッチッチ……まだまだ甘いな、雨ヶ谷」

 涼太は人差し指を顔の前で左右に振りながら得意げな表情を浮かべる。


「占い師の老婆役こそ演劇部部長の兎田先輩だからこそ出来る役なんだよ。アンナもロゼッタも猿橋先輩や犬谷先輩と同じくらいの年頃の娘だ。でも、占い師の老婆はその名の通り年取ったおばあさんだ。まだ若い兎田先輩がおばあさん役を演じるなんてすごく難しいことだ。なのに俺の情報によると、兎田先輩が自分からやるって言い出したらしいぞ。それに他の演劇部員からも兎田先輩しか占い師の老婆役は出来ないって声があったらしい。そこから考えると……おそらく兎田先輩は演劇部二大スターの二人よりも実力があるってことだ」


「……なるほどな。だからこその部長というわけか」

「演劇部の練習では兎田先輩の演技を観ることは出来なかったけど……普通に考えれば、部長って一番実力があったりみんなから慕われている人がなると思うから、そうすると兎田先輩はその条件に一番当てはまってる人だと思う」


 涼太の言葉の通り、由美子が演じる占い師の老婆の演技はすごかった。


 本物のおばあさんのような声や歩き方、さらにちょっとした仕草や話し方に至るまで、その全てが兎田由美子という中学3年生の少女が演じているとはとても思えないほどだった。


 いつもは何に対しても文句を言う光も、由美子の演技の時だけは静かに集中して見入っていた。


 涼太は、いつもの穏やかで優しい由美子がこんな不思議めいた怪しげな老婆の役を演じていることに、驚きと誇らしい気持ちを含んだ視線を舞台に注いでいた。


「あっという間に終盤か。そろそろ猿橋先輩と犬谷先輩の出番だ」

「二大スターといわれるからには、兎田由美子を追い越すくらいの演技をしてほしいものだ」


 舞台上では貴子演じるアンナがナイフを手に、梨花子演じるロゼッタともみ合っていた。 そしてふいにアンナが手にするナイフがロゼッタのお腹あたりに突き刺さる。


「ゔっ……」

 梨花子演じるロゼッタが舞台中央で倒れ込む。

 ロゼッタが落とした指輪を確認して、指輪の持ち主を聞き出すアンナ。


「ど、どうして……! どうしてこんなことに……!」

 そして明らかになった真実にアンナは絶望し、再びナイフを握り自身の身体に突き立てる。


 貴子演じるアンナの顔色は真っ青だった。ナイフを握る手も体育館2階から分かるほど怯えたように細かく震えていた。


「なんだか、練習の時よりも遥かに臨場感があるな。本当に刺されたみたいだ。犬谷先輩、さすがだぜ。猿橋先輩も主人公アンナの動揺ぶりがしっかり伝わってくるような鬼気迫った演技だ」

「……?」

(何だ? この違和感は?)

 涼太の言葉に、光は舞台上で繰り広げられているクライマックスシーンにかすかな違和感を感じる。


 舞台上では、今まさにアンナが自らの身体にナイフを突き刺すところだった。

「ゔっ……」

 犬谷演じるロゼッタの時と同じように、貴子演じるアンナもその場に倒れ込む。


 続くナレーションの言葉で劇が締めくくられ、舞台の幕がゆっくりと落ちていく。

 観客席は大きく盛り上がっていた。舞台の幕が完全に落とされた後も、拍手の波は収まらなかった。演劇部の公演は見事大成功を納めたのだった。


「おお! 猿橋先輩も犬谷先輩も迫真の演技じゃないか! さすがは演劇部二大スターだ! 俺、感動しすぎて今日は眠れそうもないぜ!」

「……相楽、119番と110番だ」

「……え?」


 突然光から告げられた言葉に、涼太はその場で動けなくなる。

(119番と110番って……救急車と警察ってことか?)

 身動きできないでいる涼太をそのままに、光はそそくさと席を立ち、どこかへ向かおうとする。

「あ、おい! 雨ヶ谷! 一体どういうことだよ? おい! どこに行くんだよ! 待てったら!」


 光を追いかけようとしていた涼太は、ふいにさっきまでの歓声が悲鳴の声に変わっていることに気付く。


 涼太が舞台に目を向けると、いつの間にか舞台の幕は上がっており、舞台中央は演劇部員たちと思われる衣装に身を包んだ人間たちで人だかりだ出来ていた。


「きゃーっ!」」

「犬谷先輩、猿橋先輩、しっかりして! 誰か、誰か救急車を!」


 涼太は舞台上のただならない状況に、思考がまたもや停止する。

「なんだ、これは……? い、一体、何が起こったんだ!?」


 涼太は動かない身体をなんとか震い立たせ、光に追いつくためにその場を駆けだした。

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