第2章

第7話 警察の登場

 それから程なくして救急車が到着し、猿橋貴子と犬谷梨花子は近くの病院に搬送された。


 演劇部の公演を見に来ていた観客たちは、学校の先生たちや文化祭実行委員の生徒らの誘導ですでに引き上げていた。


 そして残された演劇部員たちは、体育館の舞台上に集まっていた。

 すでに舞台上では警察による現場検証が行われており、ところどころ部員らへの聞き込みが行われている場面もあった。


 舞台上には多くの警察がいたが、その中でもひときわ目立つ人物がいた。年はだいたい50歳くらい。身長は180センチメートルを優に超えるほどの高い身長。牛のような大きな身体にがっちりとした体型。まるで熊と戦う牛のような、とにかく強いインパクトを放つ存在だった。


 そばにいるだけでも恐れおののくようなそんな大男のもとに、一人の若い警官が近づいてきた。こちらはその大男とは違って痩せていて、風が吹いたら今にも飛んでいってしまいそうなほどひょろ長い。


 若い警官は透明な袋の中に入っている包丁を大男の前に示しながら、確認してきた内容を簡潔に報告する。


「牛島警部、犯行に使われたのはこの包丁で間違いないようです。この包丁の他に凶器と見られるものは見つかりませんでした」


「辰巳刑事、ごくろう。……ふむ。よく見るタイプの家庭用包丁だな。しかしなぜこれが演劇の舞台に?」


「劇中に恨みを晴らすため相手を刺すシーンがあり、その場面の凶器としてこの包丁が使われたようです。演劇部員らの証言によると、この凶器と劇中で使用するはずだった小道具の包丁はとてもよく似ていたようです」


「なるほど。とすると、犯人は小道具の包丁と凶器の包丁を事前にすり替えたということか。公演中であれば、客席だけでなく舞台袖の明かりもそれなりに暗くなるはずだ。その状況で凶器のすり替えを行えば、周りの人にも気付かれにくいだろう」


「ええ。それと、関係があるかどうかはまだ分かりませんが、普段小道具の包丁を保管している箱に黒いシミがたくさん付いてました。汚れた手で触ったような痕でした。これです」


 辰巳刑事は身体と同じくらい細い目を手にした箱をに向ける。その視線につられるようにして、牛島警部も丸く大きな目を辰巳刑事が持っている箱に向ける。


「確かに黒い汚れのようなものがたくさんついているな。小道具というからには、普段から多くの部員がそれに触っているのだろう。が、一応凶器と合わせて鑑識に調査を依頼してくれ」

「分かりました」


「ついでに包丁についた酸っぱい匂いについてもよろしく頼む」

「分かりました……? ん? 誰だい、君は?」

 辰巳刑事は聞き覚えのない声がした方向に視線を向ける。


 すると、辰巳刑事が手にしていた凶器が入った透明な袋の口を開け、中をじっくりのぞき込む少年の姿が視界に映った。


 辰巳刑事のいぶかしむような声につられて少年の行動に気付いた牛島警部は、暴れ牛のような剣幕で怒鳴り出す。


「何をしている!? 捜査の邪魔だ、離れたまえ!」

「ああああ、す、すみません! ほら、雨ヶ谷。そろそろ離れろ!」


 凶器をじっくり観察していた少年――雨ヶ谷光は、牛島の怒りをものともせずすました顔をしていた。そんな光を涼太は無理矢理引っ張り、凶器から遠ざけようとする。


 光は涼太に引っ張られながらも、牛島警部たちに聞こえるように堂々と悪口を言う。


「まったく、これだから警察は役に立たないだの、まぬけだのと叩かれるんだ。凶器からは明らかに血ではない匂いが付いているのにみすみす見逃すなんて……なんて情けない」


「ああああ雨ヶ谷!! い、いや、これは違うんです! 決してあなた方警察のことを言っているわけじゃなくて……」

「何を言っている? あいつら無能な警察たちの事に決まっているだろう」

「わあああああ!! もう、やめてくれ~!! 俺はまだ死にたくないんだあああぁぁぁ」


 涼太は光の首根っこを掴んだまま、すごい勢いで舞台上を後にする。

 後に残された牛島警部の額には、うっすらと青筋が浮かんでいた。


「あの小僧め……。今度会ったらただじゃおかないぞ……」

「しかし牛島警部、彼の言ったことは本当です。確かに凶器から酸っぱい匂いがします」


 辰巳刑事はそう言いながら、凶器の入った袋に鼻を近づけてくんくん匂いを嗅いでいた。その様子を見ていた牛島警部はいらだたしげに腕を組む。


「フン、いくら観察眼に優れていようと、あんな生意気で失礼な性格じゃあ素直に褒めてやることもできないな。……まったくいまどきの子どもは礼儀がなっておらん!」


「確かにそこは私も同感です。……では、ひとまず先程の件とあわせて、凶器に付いている匂いについても調査を依頼しておきます」

「ああ。頼んだ」


 辰巳刑事は調査のためその場を離れていった。

 一人になった牛島警部は短いため息をついた後、事情聴取のためまだ周囲に残っている演劇部員たちを見回す。 


「それにしても、文化祭の日に事件とは……。被害者の二人は普段から仲が悪かったのかね? 誰か二人の仲について知っている人は?」


 威圧感のある牛島警部から話を振られた演劇部員の多くが目をそらしたり怯えた表情を浮かべる。


 いつの間にか押し黙ってしまった演劇部員たちに牛島警部がもう一度口を開こうとしていたところ、しっかりとした声がはっきりと聞こえる。


「私から話しましょう」


 演劇部部長である由美子が、演劇部員の間を縫うようにして、牛島警部の前に姿を現した。

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