準備②

AM 11:15

東京都西部郊外にあるゲームセンター

スポーツカーの運転席を模したレーシングゲームをしながら、避山ひやまは回想する。大学1年生の頃、死にかけたときの記憶。



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サークルで請け負った、あるカルト団体の教祖暗殺を実行することになった避山。信者が集まるイベント会場の控え室にいる教祖を殺害する。スタッフに変装するだけで簡単に忍び込むことができ、殺すのも一瞬。楽な仕事だった。


しかし、逃げるときに問題が発生した。教祖の側近3人と廊下で鉢合わせたのだ。口封じに殺そうと思った避山だが、3人ともカンフーの達人。真正面からの戦闘ではまるで歯が立たず、リンチされる状態に。逃げ出すので精一杯だった。


悪いことは立て続く。逃た路地が行き止まり。背後からは3人が駆け寄ってくる足音が響く。「自分の人生はここで幕引きだ」と観念し、避山は両手を挙げて振り向いた。


しかし追ってきていたはずの3人は首から血を流して倒れている。代わりにボーダーのシャツを着た長身の男が立っていた。その右手には血が滴るサバイバルナイフ。



避山「向風むかいかぜ先輩……何でここに?」


向風「後輩がピンチのとき、颯爽と駆けつけるのが先輩というものだろう?」



避山はため息をついて地面に腰を下ろす。



避山「尾行してたんすか?」


向風「今回の殺しは私がお前に命じたことだからね。フォローできるよう準備しておいた」


避山「ついてくるなら最初から先輩がれば良かったのに……」


向風「後輩に成長の機会を与えるのも先輩の役割だよ」


避山「まぁでも、助かりました。マジ死ぬかと思った」


向風「教祖は始末したんだろう?なら仕事は終わり。だが、報復を考える信者がいると面倒だ」



向風は血塗れの左手を避山に差し出す。



向風「私はこれから残りの信者どもを殺しに行く。どっちが多く殺せるか、競争しないか?」


避山「……ひゃっひゃっ、面白そうっすね。俺が勝ったら飯おごってくださいよ」



応えるように避山は右手で向風の手を握った。


その後、カルト教団信者の死体187体を警察が発見。信仰心が加熱した信者同士の殺し合いとして処理された。



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死地の恐怖と絶望も、向風がいればスリルと快楽に変わる。当時の記憶を思い出すたびに避山は、他には代えがたい興奮を得る。


ゲームをやめ、運転席から立ち上がる避山。



避山「殺伐としてる殺し屋業も、向風先輩となら楽しめる。あの人がいるから俺は伸び伸びと殺しができて、充実した人生を送れるんだ……」




同ゲームセンター内

クレーンゲームの前で口論する小学校低学年の男児と30代後半の父親。マシーンのガラスの中には、細い鉄の棒にサメのぬいぐるみがぶら下がっている。



男児「パパぁ!早くってよぉー!オオメジロザメのぬいぐるみぃー!早くぅ!」


父親「もう諦めないか?2万7000円も使ってるんだ。このままだと帰りの交通費が」


男児「父親が息子に諦めを強要すんのかぁ?そういう妥協や挫折なんてのはなぁ、生きてりゃ自然と経験するんだよ!親が教えるもんじゃねぇ!違うか!?」


父親「ぐっ」


男児「次の100円で獲れるかもしれねぇ!その可能性に賭けられないヤツは一生凡人だ!そうだろ!?」


父親「な、何も言い返せん……」



直後、クレーンマシーンのガラスのロックがひとりでに外れ、スライドした。そしてサメのぬいぐるみが宙に浮きながら父子の間を通り過ぎる。2人の背後に立っていた長身の男が宙に浮くぬいぐるみを手に取り、男児に渡した。



向風「少年、キミの言うことは正しい。だが正論に不満を混ぜてお父さんにぶつけるのは筋違いだ」


男児「……わぁ〜い!おじさんがとってくれたの?ありがとー!」


父親「あ、ありがとうございます……でも良いのかなこんな方法」


向風「阿漕あこぎな商売は嫌いでね。早く店から出たほうがいい」



父子は駆け足でその場を立ち去る。入れ替わるようにゲームセンターの若い男性スタッフがやって来て向風に詰め寄った。



店員「見てましたよ!アナタ、ガラスを開けて商品を盗んだでしょう!?」


向風「こんなときばかりしっかり見てるんだな。普段は、アームパワーを弱めたクレーンゲームに鯉のエサやりみたいに小銭を入れる客を見て見ぬふりしてるのに」


店員「な、何を……僕は偶然アナタを見かけて」


向風「見て見ぬふりはキミらの十八番おはこだろ?なら私のやったことにも目をつむってくれないか?」



向風の背後から避山が近寄る。



避山「先輩、面倒な揉め事起こさないでくださいよ!」



避山が向風の右肩に手を置くと同時に、2人はその場から姿を消した。男性店員は自分の両目を腕でこすり辺りを見回すが、やはり2人はどこにもいない。



−−−−−−−−−−



ゲームセンターから500m離れた高架下のトンネル内に、向風と避山が姿を現す。避山はその場にしゃがみ込んだ。



向風「本当に便利だな、お前の能力『瞬間移動テレポーテーション』。周囲500m以内ならどこへでも一瞬で移動可能。避山が触れている者も一緒に移動できる……だったかな?」


避山「そうっす。でも体力使うんで連続使用できないんすよね……30秒くらいインターバルを作らないと。で、さっきクレーンゲームの景品を獲った力、あれが向風先輩の」


向風「ヒ・ミ・ツ」


避山「ずるい!俺の力は知ってるくせに!」

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