小学生殺し屋④

仰向けに倒れるキリミは胸部を血吸ちすいに踏みつけられ、身動きが取れなくなった。まるで巨大な鉄球に押し潰されているかのような、人間離れした力だ。



血吸「さっきまでの威勢はどうしました?お姉さん?私に近づいたのがあだになりましたねぇ。妹さんのように、遠距離から戦っていればまだ反撃の余地はあったでしょうに」


キリミ「ぐっ……獲物を殺すときは接近戦……それが……アタシの美学……」


血吸「美学?教師の私に対して学問を語るとは、身の程知らずなガキめ」



踏みつける力がさらに増す。キリミの肋骨ろっこつが音を立てて折れた。



血吸「私の何が悪いんだ?存在しているだけでなぜ殺されねばならないんだ?怪異だからって、そんなことがあっていいのか?」


キリミ「ウルセェ……おとなしく……ぶっ殺されろ……」



血吸とキリミの問答を遠くから見つめるサシミ。本来ならキリミを助けるべく血吸を攻撃するべきなのだろうが、これ以上、手出しする気になれなかった。



血吸「私を殺すというのなら、全力で自分を守る!キミたちにやることは全て正当防衛だ!」


キリミ「クソっ……マジ……ヤバいかも……」



キリミの意識が徐々に薄れる。



サシミ「待って先生。私たちが間違ってた。ごめんなさい。先生は殺さない」


キリミ「なっ……おいサシミ!」


血吸「……」


サシミ「うまく言葉にできないけど、やっぱり先生を殺すのは違うと思う。今ここで先生を殺したら、私たちは何か大切なものを失ってしまう気がするの」


血吸「……サシミさん」


キリミ「チッ……バカ妹が……殺し屋やってる時点でアタシらはとっくに一線を越えてんだよ……」


サシミ「お姉ちゃんの言う通りだと思う。それでも血吸先生だけは殺せない。理屈じゃないの」



血吸はキリミを踏み続けていた足を退ける。押さえつけられる力から解放され、四つん這いになり激しく呼吸するキリミ。



血吸「私を殺さないとして、キミたちは大丈夫なのですか?何のリスクもないのですか?」


サシミ「先生が生きていることを私たちの依頼人が知れば、間違いなく私たちも始末される」


血吸「……ではどうするのです?」


サシミ「パパに頼んで、先生の死を偽装してもらう。私たちのパパ、死んだ人を生きてるように見せかけられるし、その逆もできるプロなの。『クライアントを裏切るな』って怒るだろうけど、娘には甘いから、事情を話せばやってくれるはず」


血吸「……」


キリミ「……」


サシミ「それでも先生の居場所を奪うことには変わりない。本当にごめんなさい」


血吸「……」



呼吸を整え終えたキリミが立ち上がり、床に向かって血の混じったたんを吐いた。身構える血吸。



キリミ「興が醒めた。もうる気はねぇよ。帰って寝る」



キリミはフラフラと歩き出し、サシミの横を通り過ぎて廊下の奥に広がる暗闇の中へと消える。血吸は何も言わず廊下の窓を開け、空へと飛び立った。



−−−−−−−−−−



翌朝

4年2組の教室に血吸は来なかった。代わりに教頭の口から児童たちへ「血吸は一身上の都合により退職した」ことのみが伝えられ、その生死については隠匿された。新しい担任が見つかるまで、他のクラスの先生が交代で授業を受け持つことになる。


1時間目と2時間目の間の休み時間。サシミの席にヒカリがやって来た。



ヒカリ「血吸先生、始末したんだってね」


サシミ「うん。ヒカリのお母さんたち・・・・・・の指示通りにね」


ヒカリ「さすが。『これで安心だ』って、ママが超喜んでたよ」


サシミ「そう、よかった。じゃあ、ついでにお母さんに伝えといてくれない?今度は殺す怪異を先入観だけで選ぶなって」



目を丸くするヒカリをよそに、サシミは席の左隣にある窓の外へ視線を向ける。校庭のすぐ脇の道、日傘を差して歩くタキシードを着た男の後ろ姿が見えた。



<小学生殺し屋-完->

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