廃墟暗殺(全3話)
廃墟暗殺①
PM 7:35
夕日は沈み、辺りは静かな闇に包まれている。
鉄筋コンクリートで作られた白い校舎だが、色はくすみ、ところどころヒビが入っている。もう誰も管理していないのだろう。防犯対策も甘く、バリケードの一つすら設置されていなかったため、楽に侵入できた。
彼らは同好会の活動、つまり廃墟探索にやって来た。心霊同好会はカズヒロ、サエ、シゲミ、トシキという4人のメンバーで構成され、各地の廃墟や心霊スポットを探索している。その様子を、カメラ担当のトシキがスマートフォンで撮影し、動画投稿サイト「XYZtube」にアップロードしているのだ。しかしチャンネル登録者数は4人。投稿しても、撮影した本人たちしか見ていない。
カズヒロ「意外に遠かったなー。帰りの時間を考えると、早く見て回らないとだぜー」
部長のカズヒロが仕切る。そんなカズヒロに水を差すように、銀縁のメガネを指でクイっと上げながらトシキが一言。
トシキ「まず着替えたほうが良くないかい?今日はいつもと違ってみんなブレザーだよ?もし動画が誰かに見つかったら、学校特定されて通報されるかも……完全に不法侵入だし」
カズヒロ「どうせ俺らしか見てねーんだから、平気だろー。ただ、俺らが前に行った廃墟が、何日か後に全焼した事件あったじゃん?そういうことする放火魔みたいなやつには注意しないとかもなー。まぁこっちは4人だし、よっぽどのことがなきゃ何とかなると思うけど。じゃ、行こうぜー」
先陣を切るカズヒロ、続くサエ、そしてシゲミ、最後尾はスマートフォンを構えるトシキ。彼らが廃墟探索をするときは、この順番で縦に並んで歩くのが暗黙の了解になっている。
昇降口の扉を開くカズヒロ。中は真っ暗で、光源は何もない。カズヒロ、サエ、シゲミはそれぞれ、肩にかけたスクールバッグから懐中電灯を取り出して点灯する。
サエ「もう心スポ10ヶ所くらい回ってるけどさぁ〜、そろそろ幽霊の一匹くらい出てもよくなぁ〜い?」
サエがこぼす。彼らにとって廃墟探索は目的ではなく手段だ。真の目的は、幽霊をカメラに捉えること。
もし本物の幽霊が撮れれば、テレビ局や動画投稿者たちがこぞって取材に来て有名になれる……元々は単なる心霊ファンの趣味の集いだったが、最近はそんな虚栄心が活動のエネルギー源になっている。
カズヒロ「でもよー、マジで出てこられても困らねぇー?呪われるかもしれねぇしー」
トシキ「そのときはカズヒロを差し出すよ。幽霊が真っ先に襲うのはキミみたいにリーダーぶってるやつだから」
カズヒロ「『洒落怖』の読み過ぎだろー」
談笑する3人から数メートル離れた場所にある靴箱をじっと観察するシゲミ。シゲミは普段ほとんどしゃべらないため、他の3人は彼女のことをよく知らない。けれど、廃墟探索中に怖がったり、取り乱したりすることが全くないことから、根っからの心霊好きなのだろうとは認識している。
サエ「シゲミ〜、何かあったん?」
シゲミ「別に何も」
カズヒロ「最上階まで一気に上がって、上から順に全教室見てこうぜー」
4人は階段を上がる。2階と3階の間にある踊り場に差し掛かったときだった。
トシキ「うわぁっ!」
最後尾のトシキが悲鳴をあげた。
カズヒロ「どうしたー?」
3人が懐中電灯でトシキを照らす。
トシキ「なんか右肩が急に冷たくなって。水をかけられたみたい」
サエ「え〜?どゆこと?」
トシキ「分からないけど、誰かに水をかけられたんだ」
トシキの目の前にいたシゲミが、ぐっしょり濡れたトシキの肩を触る。
シゲミ「これ、水じゃなくって血だね」
シゲミが自分の懐中電灯で照らした左手は、真っ赤な血に染まっていた。
トシキ「えええっ!?何で!?」
サエ「わけ分からん……けど、これってさぁ〜」
カズヒロ「おいおいおいおい、ついにマジもんの場所、引き当てちゃったんじゃねー?」
トシキ「いやキミら何テンション上がってんの!?」
サエ「だって有名になれるチャンスが来たってことじゃん!撮った?動画撮った?血がかかる瞬間の動画?」
トシキ「いや撮ってないけど……」
サエ「んだよ使えんなぁ〜。かかった後を撮っても、ヤラセだと思われるのがオチじゃん」
カズヒロ「でもよー、まだ入って5分足らずでこれってことは、他にも何か起きるんじゃねー?また別のチャンスが来たらちゃんと撮れよートシキ」
トシキ「幽霊にはちょっかい出されるし、人間にはコキ使われるし……ボクは前世でかなりの悪事を働いたんだろうな」
シゲミはしゃがみ、トシキが血を被ったあたりの床を触る。
トシキ「ん?シゲミちゃん何か見つけた?」
シゲミ「別に何も」
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