二章 アースィル神団

二章 アースィル神団(1)

「君に謝罪しなければならない」


 胸もとを大きく開いたブラウスに紺色のローブを羽織っただけのメイアは難しい表情を作る。朝の白い光が射し込む部屋で、昨夜と同じようにディノンと向かい合うように椅子に座り、しかし、昨夜とは打って変わって大人の姿になった彼女は申し訳なさそうに言った。


「どういうことだ?」


 やや舌足らずな喋り方に渋面を作りながら、こちらは幼い姿で、ディノンは問うた。問われたほうは真剣な表情で答えた。


「まず、君の身体を老化させていた原因について説明する。――君に〈若返りの薬〉を打ったあと、私は君から採取した血液を調べた。それで判明したのは、君には身体を老化させ衰弱させる作用の魔法がかけられていたということ」

「やはり、のろいか?」

「間違いなく呪いだ。それもかなり古い術式。上古、いや神代のものである可能性が高い」


 ディノンは、その幼い顔に途方もないような表情を作る。


「なんだって、そんなもんが、おれのからだに」


 分からないと、メイアは首を振った。


「いったい誰が、なんの目的で君にそのような呪いをかけたのか……。ただ、この呪いは君を殺す類のものではないようだ」

「そうなのか?」

「ああ。詳しいことはもう少し調べてみなければ分からないが、ある程度、君の身体を老衰させたら呪いの症状は止まるようになっている。それ以降は君の本来の寿命が来るまで身体に変化は起らない」


 ディノンは頭を抱えた。


「まったく、わけがわからん」

「私もだよ。どちらにしても、私は君にかけられた魔法を大きく見誤った。まさか、神代の魔法が出てくるとは思っていなかった。本当に申し訳ない」


 ディノンは精一杯袖をまくった腕を組んだ。


「かんげんやく、があるんだよな?」


 メイアは複雑な表情で顔をしかめた。


「ある。が、効き目はないと思う」

「なぜ?」


 メイアは机の上に乗ったボードを見た。ボードには、いましがた採取したディノンの血液の検査結果が記された羊皮紙がはさまれていた。


「〈若返りの薬〉が呪いと完全に同調してしまっているからだ。私のときと同じだ。いや、もっと悪い。君にかけられた呪いが〈若返りの薬〉の効果を歪めてしまったようだ。君は少しずつだが成長――老化している……」


 まさか、とディノンは自分の顔に手を当てた。メイアが机の引き出しから取り出した手鏡を受け取って、自分の顔を確認した。


 鏡に写った自分の顔に、ディノンは唖然とする。起きてすぐ確認したときは四、五歳ほどの幼児だったが、そこには八歳前後の少年の姿があった。


 ディノンは言葉を失い、メイアを見た。


 メイアは時計を見る。現在の時刻は八時――起きてから一時間ほど経過していた。


「薬の効果が現れたのは、だいたい明け方――六時ごろ。一時間に四歳ほど成長するということは、薬の効果で君は赤子にまで戻ったことになる」

「あ、あかご……?」


 メイアはうつむき、しばらく考え込んだ。


「これは私の予想だが、君は二十四時間で九十過ぎの老人になる。ただ、もともとの呪いの効果は、ある程度、老化すると本来の寿命が来るまで身体の変化は止まる――すなわち、九十過ぎの老人の姿のまま寿命が来るまで生き続けるということだ。だから、二十四時間が経過しても老衰によって死ぬことはないと思う」

「それでも、まずいだろ。なんとかならねぇのか?」

「もちろん、なんとかするさ」


 メイアは真剣な表情で言った。


「責任は取ると約束したし、そもそもその姿になったのは、私が君にかけられた呪いを見誤ったからだ。必ずなんとかしてみせる」


 強くそう言うのと同時に、タルラが部屋に入って来た。


「支度が整いました」


 メイアは頷き、椅子から立ち上がった。


「では、出かけよう」

「どこに?」

「ディルメナ神殿の書庫だ。そこに保管されている古い文献から、君の呪いに関する情報を集める。可能であれば、呪いを解く方法も……」

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