処刑まで、あと2日
オスカーが目を覚ますと、アーサーとレオは二人、身を寄せ合い、檻の前で眠っていた。
(まだまだ、子どもだな)
オスカーは柔らかく微笑むと、二人に手を伸ばそうとして思い止まる。
「……ん、せんせぇ?」
それと同時に、レオが目を覚ました。レオの声で、アーサーも目を開ける。
「先生、お身体は……!」
「回復魔法を使ってくれたのか? だいぶ良くなっているよ」
オスカーの言葉に、ほっとして胸を撫で下ろす二人。オスカーは、二人の息のあった行動に、くすりと笑った。
「和解したようで何よりだ。これからも、力を合わせて頑張れよ」
穏やかに話すオスカーに、二人は困ったように顔を見合わせる。
「……アーサーから聞きました。魔族のこと」
レオが言うと、オスカーは表情を崩さずに、「そうか」と返す。
「僕を、恨んでいますか?」
「まさか。恨んでいたら、もう殺している」
オスカーが言っても、レオは目線を外したままだった。完全に自己嫌悪に陥っている。
「今、もう一度、あの時どうすべきか考えた。同じ結論には至らなかった。つまり、お前は俺よりも冷静で、利口だったわけだ」
オスカーの言葉に、レオは
「争いの時代を生きてきた。そのせいか、敵を排除することしか考えられなかった。争いは、負の感情の連鎖によるものだと知りながら」
嘲笑によく似た笑みを浮かべつつ、オスカーは続ける。
「おかげで目が覚めた。争いは何も生まない。互いに手を取り、理解し合うことが大切だと。お前を弟子に迎えた理由を、思い出したよ」
レオは、当時のことを思い出す。
『お願いします。僕を弟子にしてください!』
『……これで何度目だ。帰れ。俺とお前では、何もかもが違う。教えられることはない』
『僕は貴方の強さと優しさに惹かれました! 貴方の元で、守るための強さを身につけたい』
『騎士団の養成所に行け。そっちの方がお前にあっているだろう』
『アレは人を殺すための強さしか習えない!』
『何が違う』
『目的です。争いのための剣と、それを防ぐための剣では、全く違います!』
『何故、俺に
『貴方がどちらも持っているからです。戦う剣と守る剣。剣術と魔術。力と想い。それから、知識も』
『中途半端になるぞ』
『いえ、逆です。どちらも持っているからこそ、どちらも理解できる。理解さえあれば、大敵はありません』
『違うな。どちらも敵になる』
『だからこそ、力が欲しいのです。貴方のような力が』
『敵を増やしたいのか?』
『守るための力が欲しいのです。僕は戦場を見てきました。弱かったから、救えなかった。敵も味方も死んでいく様は、見るに耐えない……。あんな思いは二度と御免です。全てを救うための力が欲しい!!』
思えば、あの時からオスカーはレオのことを『人間』としてみて、アーサーに危害が加わることを恐れていたのであろう。魔族と人間は、わかり合えないと。それでも、レオの思いが、しっかりオスカーに伝わった。純粋に『平和』を望んでいた。危害を加えるつもりはないと、むしろ守りたいと、その思いが伝わったのだ。だからこそ、弟子にしてもらえたのだと。
「馬鹿だよな、俺も。レオを見て、人間全てが魔族を迫害するわけではないと知った。なのに結局は信じられなかったんだ。信じなかった。だから、間違っていたのは俺の方なんだ。取り返しのつかないことをした」
何を見つめているのか、オスカーは遠くの方を見て、微かに笑う。
「俺は、自分の罪を自覚している。だから拘束されたままでいる。落とし前をつけるだけだ。何も気に病むことはない」
アーサーもレオも、声を出さずに泣いていた。目の前の恩師に、死が、確実に近づいている。罪人として殺したくなかった。それが、二人の本音だった。罪人であるはずがない。行き場を失ったアーサーに、そして、生きる希望を失いかけたレオに、手を差し伸べてくれたのが、彼だった。確かに道を外したかもしれない。だがその一つの誤りで失うことになるのは惜しい。
「せめて、洗脳を解いてくれませんか。僕らのことを知ってもらえれば、多少の免除はできるはずです」
「ダメだ。次の標的はお前たちになるぞ。特にアーサーとルナが危ない」
ルナの名前を出されたら、レオもアーサーも「それでもいい」と言うことはできなかった。ルナは、まだ五歳の少女だ。危険に晒すことは避けたい。
「落とし前のためだけに死ぬのなら……生きて償う、という気は……」
「それを民衆が望むのなら、な」
アーサーの言葉に被せるようにしてオスカーは言う。それはつまり「不可能だ」と言っていることと同じだった。
失った右腕を押さえ、オスカーは笑う。その笑顔に、二人は複雑そうな顔をして、オスカーから目を背けた。
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