処刑まで、あと3日
「私にできることは、ここまでです」
恩師の治療を終えたアーサーは言う。しかし、肝心の恩師は未だ目を覚さない。
「よかったのですか? 私を檻の中に入れて」
「やむを得ないだろう。本来はダメだ。内緒にしておいてくれよ?」
「……そうですか」
素っ気ないアーサーに、レオはムッとする。
「なぁ、僕は間違っていると思うか?」
レオの問いに、アーサーは軽くため息を交え
「まさか。間違っていたのなら、あなたが檻の中です」
オスカーと似たようなことを返した。
「じゃあ、なんで怒っているんだよ」
「貴方には怒っていません。強いて言えば……人間に……いえ、自分に……ですかね」
「……え、どういうこと?」
レオの問いに、今度はアーサーが答える。
「魔王とはいえ、私は先生に毒を持った医者を許せそうにありません。先生が死ぬことを望む人々たちも。先生ほど素晴らしい人間はいないと思います。先生を殺そうとする人々を、私は、殺したい。呑まれそうになるのです。自分の中に眠る、復讐の鬼に……」
「情けないですね」と笑う彼の表情が、師匠と重なる。師匠の教えが、アーサーをギリギリで食い止めていることを知ったレオは、どこか、胸が痛くなるような気持ちになった。
「知っていますか? 何故、オスカー先生は、人間を滅ぼそうとしたのか」
レオが首を振ると、アーサーはヘラリと笑い
「人間が、脅威になると考えたからです」
知っている全てを吐き出した。
「先生は貴方に魔術を教えることはなかった。その理由はわかりますね?」
「あ、あぁ。僕に魔力がないからだろ?」
「そう、貴方が人間だからです」
「はぁ」
「では、魔力を持つ我々は? 同じ生物だと、言えるでしょうか」
「……笑えない冗談はやめろよ。同じだろ?」
「冗談ではありません。貴方たちの俗に言う『魔族』とは、我々、魔術師を指します」
あることを思い出し、レオの顔が青ざめる。
「じゃあ、よく聞く『魔族狩り』って……」
「私たちのような魔術師を、『魔族』と称し、合法的に殺しているものですね」
衝撃的な事実に、レオは口を手で押さえる。
「更に言えば、魔力の強い者が殺されやすい。それも、骨も残らないほど残酷にね」
昔、オスカーと共に見た『魔族狩り』の痕跡を思い出し、レオは吐き気を感じる。時々、込み上げてくるものを堪えながら、アーサーの話を聞いていた。レオに構わず、アーサーは続ける。
「先生はそのことを知って、こう考えたんです。人間を生かしておけば、いつか魔族と大戦争になる。魔術は制御できても、物理の制御は困難です。それが、化学兵器なら尚更」
魔術には『攻撃』『防御』『回復』『転移』と『相殺』という、五種類がある。『相殺魔法』を使える人は少ない。だが、これがあるから、世界の均衡が保たれている。オスカーは、相殺魔法が使える人間の一人だった。だからこそ、魔術に対しての脅威はなかった。しかし
「人間が我々を『魔族』と称し、敵意を示しています。こうなった以上、被害が出る前に、何か対策を練る必要があります。そこで、先生は自ら『魔王』を名乗り、魔族に対する敵意を自分に集中させました。そうすれば、大将の首を取ることに集中します。魔族に対し、危険思想を持つ人物も集まります。その人たちを圧倒し、魔族に勝てないことを示し、それが抑止力になれば、と。ただ、万が一、相手の敵意が高く、被害が拡大するのであれば……人間を、滅ぼすつもりだったのです」
魔術に頼らず、相殺のできないもので戦う者を、オスカーは恐れていた。彼らが暴走した時の事を考えれば、自分の命を引き換えにしてでも、現状を変える必要があった。自分が負けた時のために、アーサーを隣に置いた。そして
「しかし、先生もこのやり方が正しいか、確信できていませんでした。だから、貴方を置いて去ったのです。自分が間違えた時、貴方が止めに来ると信じて」
レオはオスカーにとってのストッパーだった。結果は、言うまでもない。
「一番に現れたのが貴方でしたから、計画は、一瞬で崩れました。先生の中にあった迷いが、敗北を招いたのでしょう。私は、今でも先生がしたことは正しいと思っています。私も、そしてルナも、『魔族狩り』の被害者ですから」
アーサーの語る真実に、レオは言葉を失う。
「もし、これで先生が目覚めなければ。私は、きっと自分を止められません。これが間違った選択と知りながら、人間を滅ぼしてしまう気がします。その時が来てしまったら……今度は私を止めてくださいね。レオ」
最後にオスカーの手首にキスをし、アーサーは檻を出た。美しい銀髪が左右に揺れながら、背を隠している。
そんなアーサーの後ろ姿に、レオは何もすることはできなかった。ただ、哀愁の漂うその背を、見えなくなるまで目で追っていた。
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