第21話 拳妃モルガン①

 ル―シーは周囲の者達に避難を促す。


 「ここは私が食い止めますから、早く!」


 彼女は剣を構える。だが迂闊には攻撃できない。そういう凄みがモルガンにあった。


「先手を譲ってくれるのなら、遠慮なくもらうわよ」


 モルガンが動いた。

 電撃的速度で右ストレートが繰り出される。ルーシーは裏拳で打撃を外側へ弾いた。

 同時にルーシーは腰を捻りながら光の力を宿した必殺剣を突き出した。だがモルガンは僅かな体捌きで刺突を避けるだけでなく、手刀をルーシーの首筋に叩きつけようとした。

 

 ぞわりと悪寒が走る。首をへし折られると察した彼女はとっさに後ろへ下がって回避する。

 モルガンはターンしながら更に一歩踏み込み、背中を使った体当たりを繰り出してきた。

 砲弾のような衝撃を受けたルーシーはふっとばされて壁に叩きつけられる。

 彼女は痛みを無理やり無視して立ち上がった。

 

「自分の体を魔物に”変異”させているのね」

「そうよ、骨とか筋肉だけだから”変身”の割合は30%くらいかしらね」


 モルガンがサディスティックな笑みを浮かべる。

 すでにルーシーはスマート・アーティファクトで強化の魔法を使っている。それでも手を抜いているモルガンと互角程度だ。

 相手が油断しているうちに光の魔法の必殺的威力を叩き込まなければ勝ち目はない。


「どうして私が格闘技を身に着けたと思う?」


 ルーシーは返事をせず、隙を窺う。


「この時代では闇の魔法と呼ばれている力を使うなら、これが一番強い武器になるからよ」


 モルガンは人類にとって最も原始的な暴力の象徴を掲げた。

 すなわち、拳を。

 彼女が一瞬前傾姿勢になるのが見えた。たった一歩で間合いがゼロになる。

 打撃が命中する瞬間、バックステップで避けた。

 ルーシーは下からすくい上げるように剣を振るう。だがモルガンは手首を掴んで攻撃を阻止した。一手先を読んでいたのだ!

 モルガンが酷薄な笑みを浮かべる。このまま手首を握りつぶすのだと悟ったルーシーは、手首を中心点にして肘を前に出すように腕を回す。テコの原理が働き、拘束が外れた。


「あら」


 モルガンはこの動きまでは読み切っていなかったようだ。

 肘を前に出した状態から逆袈裟の斬撃を繰り出す。

 その時、地震が起きた。

 モルガンが足で床に強烈な衝撃を与えたのだ。床の大理石が砕けてルーシーはバランスを崩してしまう。

 

 ルーシーはモルガンが自分の背後に回ったのが見えたが、そこまでだった。

 反応が間に合わない。振り向いた時にはもう遅かった。突き上げるような打撃をみぞおちに受け、彼女の体は打ち上げられる。

 モルガンが飛び蹴りを放った。

 ルーシーはとっさに防御の魔法を使う。だが威力は十分に軽減されなかった。スマート・アーティファクトから発動した魔法は、達人が使うのと比べてワンランク劣る。

 ルーシーの体が床を転がる。

 

「これで死なないなんて思ったより強い子ね。手を抜きすぎたかしら」


 モルガンの言葉はルーシーに届いていない。先程の攻撃で意識を失っているのだ。


「ルーシー!」


 宮殿職員の制服を着たフェイトブレーカーが現れた。彼女の手にはカンテラがある。

 カンテラからまばゆい光が放たれ、視界を奪う。

 光が消えると二人はいなくなった。


「目くらまし用のアーティファクトね。小賢しいこと」


 モルガンはルーシーに固執しなかった。また挑んでくるようならその時に殺せば良い。

 ゆったりとした足取りで彼女は謁見の間へ向かった。


(スノウドロップはどうなってるのかしら)


 〈圧制者の剣〉の効果が消えた以上、スノウドロップが強行の暗殺者を倒したのは間違いない。

 やがてモルガンは謁見の間へ到達した。ステンドグラスを背に空席の玉座がある。

 鉄製で一切の装飾がないそれは王座と呼ぶにはあまりに質素だった。いっそみすぼらしいといっても良い。


 仮の王にはこれで十分と当時のベティヴィア1世は言った。

 モルガンは尊大な仕草で玉座にどかりと座った。まるでこの地を守り続けた歴代のシルバーソード家を侮辱するかのようだった。


「まったくベティヴィアったら、もうちょっと座り心地の良い椅子にしなさいよ」


 そんなふうにぼやくモルガンだが、彼女はここにずっと座り続けるつもりはなかった。どうせ滅ぼす国の椅子だ。

 

「さあ来なさいスノウドロップ。私はここで待っているわよ」



 ルーシーは不思議な夢を見ていた。赤木雷鳥という名の誰かの人生だ。

 他人事であるはずなのに、不思議とルーシーは強い共感があった。

 雷鳥は怪物に襲われていた。しかしそんな彼女を守る人がいた。

 白いコートを来た仮面の女。スノウドロップだ。


 スノウドロップは怪物を一体、また一体と倒していった。彼女が戦う姿を見て、ルーシーは胸が締め付けられるほどもどかしかった。

 

(私なら彼女と一緒に戦えるのに! 私なら、スノウドロップを守れるのに!)


 ルーシーはスノウドロップへ手を伸ばそうとしたが出来なかった。今、彼女は心だけの存在だ。雷鳥の目を通じて、変えられない出来事を見ているしかないのだ。

 焦燥感がましていく。理由は分からないが、これからスノウドロップが死ぬと、否定したくとも否定できない確信があったのだ。


(私には光の魔法がある! アーサー王がたくさんの人を守ってきたのと同じ力なら、スノウドロップも守れるはずよ!)


 しかし願いは虚しく、スノウドロップは光線で体を貫かれる。


「スノウドロップ!」


 気がつくと、ルーシーはクルーシブル家の別邸でベッドに横たわっている。


「気がついたようね」


 見知らぬ女が傍らに立っていた。宮殿職員の制服を来ているが、ルーシーにとっては初対面の相手だ。


「あなたが助けてくれたの? ありがとう」

「それよりも、赤木雷鳥という名に心当たりはある?」


 雷鳥。さっきの夢で見た人物の名だ。ルーシーは頭の中で何かが開放されたような感覚を覚えた。


「そうだ、赤木雷鳥、私の前世……!」

「その通り、私が転生させたのよ」

「転生? 何のために」

「運命を変えるためよ。私はフェイトブレーカー。この世界を小説〈光の継承者〉から自立した真の現実世界にするために働いている」


 前世と今の記憶が次々と連結され、ルーシーはすぐに彼女の言葉が事実であると理解する。


「国王は!? 彼が暗殺されたら内戦が起きてしまう!」

「大丈夫よ。スノウドロップが国王を守ったわ」

「スノウドロップは無事なの?」

「今は客間で眠っているわ」


 ルーシーは自室から飛び出してスノウドロップの元へと向かう。フェイトブレーカーも後に続いた。

 客間ではベッドで眠る彼女とその傍らで番人のように立っているスティーブンがいた。


「スティーブンさん、スノウドロップの様子は?」

「今は大丈夫だルーシー。強行の暗殺者を倒すたために無理をして心肺機能が停止しかけたが、薬を打ったので問題ない」


 スノウドロップがあわや死にかけたのは喜ばしいことではなかったが、今はもう大丈夫と知って安堵した。

 それからルーシーはスティーブンとフェイトブレーカーから色々と事情を説明してもらった。

  

「スノウドロップ……」


 ルーシーはベッドで眠る仮面の少女を見る。ロベリアに生まれ変わってもなお、スノウドロップは正義の味方だった。


(この人の安らぎはいつくるの?)

 

 ルーシーはスティーブンとフェイトブレーカーを見る。


「それで、今の状況は?」

「国王はロンドン警察署に避難した。彼の安全は確保されたとみて良いだろう」

「モルガンはテンポラリー宮殿を占拠してから目立つ動きはしてないわ。スノウドロップが目覚め次第、すぐにモルガンの討伐を……」


 フェイトブレーカーの言葉をルーシーが遮った。


「スノウドロップに無理をさせないわ。モルガンは私が倒す」


 その声には有無を言わせない固さがあった。


「あなたは一度モルガンに負けたのよ。しかも本気を出していない彼女に」


 耳が痛かったが、ルーシーはスノウドロップを休ませたかった。

 

「前世で使っていたパワードスーツを今から作るわ」

 

 ルーシーの自室には彼女が自作した製造装置がある。スマート・アーティファクト技術を応用し、工作系の魔法を複数使うことで、設計図と材料さえあれば自動で望むものを作り出せるようになってる。

 ルーシーはまず、スマート・アーティファクトで想起の魔法を発動させた。それは魂に記録された情報を引き出す魔法だ。ゆえに、脳が忘れたことも超高精度で思い出せる。

 ルーシーは自分の魂からある設計図を呼び出し、魔法で製図用紙に転写する。


「これは私が前世で使っていたパワードスーツの最終バージョンよ。これをベースに魔力工学技術を応用するわ」


 ルーシーはよどみなく設計図を書き換えていく。ゼロからの新規設計ではないとは言え、あっという間に新型の設計図を書き上げた。


「あとはこれを素材と一緒に製造装置へセットすれば良いだけよ」


 素材にはオリハルコンを使う。スノウドロップが円卓王国に供出したオリハルコンの一部は研究用にとルーシーに与えられていた。


「どれくらい時間がかかるの?」

「……約3時間よ」


 ルーシーは苦虫を噛み潰したような顔で答える。

 

「間に合うと良いのだが……」

  

 スティーブンがつぶやく。



 モルガンが玉座を占拠してから少しすると、謁見の間の扉が開かれた。

 スノウドロップが来たのかと思って腰を浮かせるが、現れたのが〈闇の信奉者〉の一派だと知ると、露骨に落胆して座り直した。


「何の用?」

「真の王となられたモルガン様にお仕えする為、我々一同、馳せ参じました」


 リーダー格の男がうやうやしく頭を垂れながら言った。

 モルガンが今玉座に座っているのは、単にスノウドロップを待ち構えるのに都合が良いからなのだが、どうやら目の前の集団は、彼女がこの国を支配するつもりなのだと誤解しているようだ。

 モルガンはその誤解を特に正そうとは思わなかった。面倒なのだ。


「モルガン様、我々はあなた様の為ならすべてを捧げる覚悟があります。どんな命令も喜んで引き受けましょう」

「ふぅん、どんな命令も、ねえ」


 〈闇の信奉者〉達のいかにも「わたくし達は忠臣でございます」といった顔を見てモルガンは不愉快になった。

 忠臣。アーサーにも円卓の騎士という忠臣がいたが、連中が余計な忠誠心を見せた為に彼は期待に応えようと頑張りすぎて、自分の人生の殆どを浪費したのだ。

 

 だからモルガンは〈闇の信奉者〉達の忠誠心をこれっぽっちもありがたいとは思わなかった。

 とはいえ、何でも言うことを聞いてくれるのだ。せっかくなので暇つぶしに利用させてもらおうと思った。


「あなた達に力を上げるわ。一人ずつこっちに来なさい」


 そう言うと、まずリーダー格の男が前に出た。

 モルガンは男に魔法をかけた。


「う、うおぉ、これは!」


 男の体毛が急激に濃くなり、顔も犬のような形になっていく。彼は狼の怪人になった。


「うん、こんなものね」

「す、素晴らしい! モルガン様のお力が俺の体に!」


 〈闇の信奉者〉達を次々と怪人に変身させていった。しばらくすると、気の弱いものなら見ただけで失神しかねない、恐ろしい怪人の軍団が生まれていた。


「あなた達に命令を下すわ。破壊と殺戮よ。何でも良いから壊して、誰でも良いから殺しなさい」


 怪人達は歓喜の声を上げながら外へ出ていった。


 


「敵が動き出した」


 スティーブンは偵察ドローンを飛ばして、街の様子を見ていた。

 HiーSADにドローンからの映像が映し出されている。そこでは怪人達が人々を襲う姿があった。

 ルーシーは製造装置を見る。新型パワードスーツはまだ出来ていない。


「スティーブン、対処するわよ」

「ああ、そうしよう」


 ルーシーはオリハルコン剣をつかむ。


「フェイトブレーカー、パワードスーツが完成したら私に届けて」

「分かったわ」


 二人は一緒に別邸の外へと向かう。


「ルーシー、Hi-SADの予備だ。こいつを使えばドローンが送ってきた敵の位置情報が分かる」

「良いの? あなたの所属組織の規則に違反するのでは?」

「機能制限をかければ、現地協力者への貸し出しは認められている。俺は北側の敵を対処する」

「なら私は南ね」


 スティーブンが敵の方へと走っていった。

 ルーシーは強化の魔法を発動させた、跳躍する。建物の上をつたって敵の方へと向かう。

 敵の位置情報から彼女は最適なルートを一瞬で判断した。

 少しして敵を目視した。狼男と蜘蛛男が暴れている。

 逃げ遅れた母娘がその暴力にさらされようとしていた。


「やめなさい!」


 ルーシーが母娘をかばうように怪人たちの前に立ちはだかる。


「ルーシー・アークライトだ!」

「モルガン様に負けた小娘だ、二人かけなら勝てる!」


 怪人達が襲いかかる。狼男のほうがわすかに行動が早い。

 狼男が爪を振るう。

 しかしそれが振り下ろされることはなかった。その前に、ルーシーは光の魔法が宿った必殺剣で狼男を切り裂いた。


「え?」


 蜘蛛男が唖然とする。狼男はあっけなく倒れた。

 ルーシーがすかさず蜘蛛男に攻撃する。

 蜘蛛男は6本の腕にそれぞれ剣を持ち、そのうちの1本で防御しようとした。

 だが光の魔法を宿しあ必殺剣は蜘蛛男の武器をあっさり砕いて、そのまま敵を切り裂く。


「そんな、嘘だろ。俺は人間以上の力を……!」

「人間以上の力を手に入れても、それの使い方が素人よ」


 蜘蛛男は絶命した。

 

「あちらの方なら怪人がいないわ。逃げるならそっちへ」


 怪人達の位置情報をふまえた避難ルートを母娘に伝えて、次の敵へと向かう。

 途中、人々の悲鳴の中に違うものがあるのに気づく。


「十騎衆もランディール騎士団もいない!」

「スノウドロップだ! スノウドロップだけが俺達を助けてくれる!」


 人々が正義の味方スノウドロップを求めている。


「スノウドロップ!」「スノウドロップ!」「スノウドロップ!」

「やめて」

 

 ルーシーの声は人々に届かない。


「スノウドロップ!」「スノウドロップ!」「スノウドロップ!」


 彼らに悪意がないのは分かっている。だが、無責任に英雄を死地へと向かわせようとする流れに、憤りを感じずにはいられなかった。


「やめて……これ以上……あの人を戦わせないで」


 英雄を呼ぶ声は止まらない。

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