第20話 国王暗殺阻止
宮殿は魔物の襲撃の対策本部が設置され、大会議室では国王やクリフォード、それに王国の重鎮達が、伝心の魔法で送られてくる現地の情報を元に話し合いをしていた。
スノウドロップとルーシーは近衛騎士達に混じって大会議室の隅で控えていた。
「緊急事態です!」
兵士が会議室に飛び込んできた。
「宮殿が攻撃されています! 襲撃者は1名! 生物を魔物に変異させる魔法を使いました!」
兵士の報告で会議室に衝撃が走る。
「まさか、闇属性を持つ者!?」
国王の顔に緊張が走る。彼の脳裏にはアーサー王の宿敵の名がよぎった事だろう。流石に本人が蘇ったとは思っていないだろうが。
「私が行きます!」
「……わかった。光属性を持つ者の使命を果たしてほしい」
国王は一瞬だけ躊躇したが、ルーシーに出撃命令を出した。
「我々は避難する。スノウドロップは近衛騎士とともに我々の護衛をしてくれ」
「かしこまりました」
会議室から出て分かれる時、ルーシーはスノウドロップを見た。
「気をつけてね」
「ええ、ルーシーも」
スノウドロップは避難する国王たちと同行するが、テンポラリー宮殿の裏手にある庭園に出た時に、それが起きた。
国王の頭上に空間の穴が生じる。
「危ない!」
スノウドロップは国王の腕を引きつつ、即座に剣を生成した。
その直後に、空間の穴から強行の暗殺者が襲いかかってきた。空中で剣がぶつかり合い、火花を散らす。
スノウドロップが常に警戒していなかったら、今ので国王は殺されていただろう。
「スノウドロップ、お前と戦うのはこれで三度目になるな」
「そうね。そして今回が最後になるわ」
「だろうな」
強攻の暗殺者が〈圧制者の剣〉の能力を発動させた。
スノウドロップと強行の暗殺者以外は残らず見えない力に押さえつけられて倒れる。
●
テンポラリー宮殿には中央回廊と呼ばれる広い廊下がある。
正面入り口から謁見の間へ直通するそれは、訪問者が目にする場所なので華やかな内装が施されていた。
床は磨き上げられた大理石で、天井は高名な芸術家によって描かれた天井画がある。
テンポラリー宮殿建築当時は、真の王が現れた時に用済みになるからと、特に飾り立てはしなかったが、ベティヴィア3世の時代に、シルバーソード家の威厳を示すのに必要と今の形に改装されたのだ。
だが今は、魔物の襲撃によって無惨に破壊の爪痕をあちこちに残していた。
中央回廊ではルーシーが騎士や兵士と協力して、宮殿職員を守りながら魔物と戦っていた。
一部の上位騎士にはスマート・アーティファクトが支給されたのもあって、魔物は順調に討伐されている。お陰で負傷者は出ても死者は出ていない。
その時、突如として味方が不可視の力によって地面に押し付けられた。
明らかに何かの攻撃を受けているが、しかしルーシーは全く影響を受けていない。
同じ状況をルーシーは過去にも経験していた。夏休みに魔物狩りへでかけた時だ。
「強行の暗殺者がきているの!?」
この状況は間違いなく彼が持つ〈圧制者の剣〉の力によるものだ。
狙いは間違いなく国王。そして今、彼を守れるのはスノウドロップだけだ。
ルーシーは助けに行きたかった。しかし、ここで持ち場を離れれば、動けない者たちが魔物にやられてしまう。
戦局が一気に不利になった。彼女は人々を魔物から守らねばならなかった。
「早く、魔物を全滅させないと」
元はリスかネズミだったであろう魔物がルーシーに襲いかかってきた。
オリハルコンの剣を魔物に叩きつける。光の魔法が付与された必殺剣は敵を一撃で倒した。
●
スノウドロップと強行の暗殺者が睨み合い、空気が凍り付いたかのような緊張が場を支配する。
「今日の仕事はお前は倒せば終わったも同然だ」
「国王は殺させないわ」
「どうかな? 前とは一味違うぞ。この〈アキレスの加速装置〉がある」
強行の暗殺者が足を踏み鳴らす。足首にアーティファクトが装着されていた。
二人は同時に動いた。
常人から見れば、この戦いはおよそ現実からかけ離れたものだった。
「何だ!? 何が起きている!?」
「分かりません父上。まるで2つの嵐が戦っているようです」
国王とクリフォードは戦いの様子が見えなかった。もちろん、ほかの者たちも。
戦う二人の姿が見えるのは、何らかの理由でわずかに速度が減じた一瞬だけだ。それ以外では常人は剣がぶつかり合う音とそれに伴う火花しか分からない。
スノウドロップは活性心肺法をレベル3で使っている。だが〈アキレスの加速装置〉を持つ強行の暗殺者は彼女のスピードと互角だった。
スノウドロップが剣を振るう。強攻の暗殺者は〈圧制者の剣〉で外側へはじく。
彼女は衝撃の方向に逆らわなかった。 むしろそれを利用して、首を狙った回転斬りを繰り出す。全身サイボーグの強行の暗殺者といえども、頭部を切り離されれば行動不能になる。
強攻の暗殺者は上半身をわずかにそらして避けた。すれすれの所で切っ先が通り過ぎる。
反撃が来る。強行の暗殺者は全身のばねを使って突進突き繰り出した。それはスノウドロップが身につけるオリハルコン製のプロテクターすら貫通するだろう。
回避は……できない。すぐ後ろに国王が倒れている。
彼女は腰を落として迎え撃つ。
突進突きをわずかな動きで回避しつつ、掌底を叩き込んだ。
強行の暗殺者がふっとばされる。常人ならば内蔵が破裂する衝撃だが、サイボーグにはさほど痛手ではない。彼は空中で体勢を整えて着地した。
これほどの攻防も実時間ではほんの一瞬に過ぎない。
常人には目にも止まらぬ超高速戦闘を二人は続けた。
それは時間にしてわずか数分だ。しかし、当事者達とってそれは数時間にも及ぶ死闘にも等しいのだ。
(大丈夫、まだ行ける。ルーシーがくれたスマート・アーティファクトで回復の魔法を使っていれば、活性心肺法の反動をだいぶ軽減できる)
しかしそれでもスノウドロップは胸にわずかな痛みを覚えた。道具の助けを得ているとは言え無理をしているのは確かなのだ。
「少し、息が苦しそうだな。お前は根性のあるやつだが、どこまで保つんだ?」
無理をしているのを見抜かれた。
強行の暗殺者が何かを投擲する。
「ロックオン・ナイフ!」
数年前にフェイトキーパーが使っていたナイフ型アーティファクトだ。
それは国王を狙っていた。
スノウドロップはロックオン・ナイフを剣で弾き飛ばす。だがナイフはその後も執拗な追尾ミサイルのように襲いかかろうとしていた。
ロックオン・ナイフは投げたら必ず命中する。『必ず』だ。ただ攻撃を弾くだけでは止まらない。
強攻の暗殺者が襲ってきた。
国王を狙うロックオン・ナイフを対処しつつ、強行の暗殺者とも戦うのは不可能だ。
スノウドロップは“覚悟”を決める。
活性心肺法をレベル4に上げた。世界が更に遅くなったように感じた。
スノウドロップはロックオン・ナイフに向けて剣を振るう。空気との摩擦で熱を帯びるほどの剣速だ。
破裂するようにロックオン・ナイフは粉砕された。代償に剣は真っ二つに折れる。
新しいのを生成する余裕はない。スノウドロップは折れた剣を強行の暗殺者に向けて投擲した。
強行の暗殺者は回避しようとしたが、〈アキレスの加速装置〉を持ってしても間に合わなかった。折れた剣が彼の胸に突き刺さり、そのままふっとばされた。
「見事だ……スノウドロップ……勝ちたかったが……英雄と死力を尽くして戦ったんだ……暗殺者にしては名誉ある死に方だ」
強行の暗殺者は自分を倒した者を讃えるために、命の最後の一滴を使った。
しかしスノウドロップは勝利の余韻に浸る余裕はなかった。活性心配法をレベル4まで上げた反動が来たのだ。
胸の内側から耐え難い激痛が走り、不整脈と呼吸困難に陥った彼女はその場に膝をつく。
あまりの苦痛に魔力制御ができなくなった。先程まで常時発動していた回復の魔法が解除され、状況は更に悪化する。
死神が肩をたたいていた。
「スノウドロップ!」
ハドリアヌスラインに向かっていたスティーブンの姿が見えた。
彼は無針注射器をスノウドロップの首に押し当て、薬剤を投与した。苦痛が溶けるように消える。
「スティーブン、モルガンがここを襲撃しているわ。ルーシーが戦っているから助けに行かないと」
「ああ、分かっている。後は俺に任せて休め」
「いえ、大丈夫よ。さっきの薬のお陰でまだまだ戦え……」
立ち上がろうとしたが、強烈な眠気が襲いかかってきた。脱力してその場に倒れそうになるが、スティーブンが受け止めてくれる。
「今の薬は良く効くが、副作用で眠ってしまう。君はもう十分戦った。もう休め」
「スティーブン、私は」
「俺はもう君に傷ついてほしくない」
スノウドロップはスティーブンの腕の中で眠った。
●
中央回廊におけるルーシーと魔物の戦いに変化が起きた。
やがて兵士や宮殿職員たちが動けるようになった。〈圧制者の剣〉の能力が解除されたのだろう。
「動けるぞ」
「職員を守れ!」
「アークライト殿を援護しろ!」
兵士たちが戦いに参加できるようになった。状況は好ましい方へと向かっている。
(能力が解除されたのなら、スノウドロップが勝ったの?)
別の可能性がルーシーの脳裏をよぎるが、すぐにその考えを追い出す。スノウドロップが負け、国王が暗殺されたから、強行の暗殺者は圧制者の剣の能力を解除した。そんな事は絶対にあるはずがない。
「アークライト殿、危ない!」
騎士の一人が叫ぶ。
トカゲ型魔物が廊下の奥から突進してくるのが見えた。
ルーシーは指先から弾丸状にした光の魔法をトカゲ型魔物に発射する。光弾は一撃で魔物の命を奪った。
「同じ魔法でも、人が違えば変わるものね。アーサーはそういう使い方はしなかったわ」
妖艶な空気をまとった女がいた。
「あなたは?」
「私はモルガン。信じるかどうかは好きになさい」
モルガンはアーサー王に倒されたはずだ。死者が生き返るはずなどないのに、ルーシーはなぜか彼女が本物だという奇妙な確信があった。
目の前の女がモルガンとしたら、使うのは闇の魔法だろう。魔物を生む力は危険だが、今は周囲に素体となる生物はいない。
丸腰では闘えないはずだ。しかし彼女がまとう雰囲気が、ルーシーに迂闊な攻撃をためらわせた。
「俺は見ていたぞ! お前が闇の魔法で生物を魔物へ変異させたのを! そのせいで俺の仲間が死んだ!」
兵士の一人がモルガンを指差す。
「仲間の敵だ!」
「まって! 迂闊に攻撃しては!」
兵士が斬りかかるろうとする。
直後、彼がふっとばされた。壁に叩きつけられて動かなくなる。
「何だ、何が起きた!?」
モルガンが未知の攻撃に兵士たちは動揺する。
「あなたは分かっているんじゃないの?」
彼女はルーシーに言った。
「今の攻撃は、ただ殴っただけ……恐ろしい速度で……」
魔物の母、漆黒の女王、闇の魔女。それらは後世の人間がつけたモルガンの異名だが、その全てが間違っていた。
闇の魔法で生物を魔物へ変身させるのは、彼女にとって副次的な要素でしかない。
彼女の本質はただ一つである。
「あなたは格闘家だったのね」
「ふふふ」
モルガンは酷薄な笑みを浮かべ。
拳を握り。
そして、構えた。
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