第19話 ハドリアヌスライン防衛戦
スノウドロップの学生生活は充実していた。年の近い者達と一緒に勉強できるのはとても楽しかった。
時折、彼女は社交パーティーの出席を求められた。円卓王国により信用してもらうため、積極的に参加した。スティーブンは張り切って、毎回違うドレスのデザインを考えてくれた。
社交パーティーにはエスコート役が必要だが、いつもローナンが買って出てくれた。
スノウドロップは彼に甘え続けるのは良くないのではと思い、スティーブンに相談した事がある。
「それくらいは甘えじゃないさ。ローナンも君に頼られて嬉しいはずだよ」
何百年も生きるエルフの言葉だ。人生経験豊富なスティーブンの言葉をスノウドロップは信じた。
以前と違い、彼女の日常は多くの人々と関わるようになった。
それは普段行っている自警団活動も同じだ。スノウドロップは学園入学の際に、活動の場をダーリントンからロンドンへと移した。その際にランディール騎士団も手伝ってくれるようになった。
大事故の救助活動、犯罪組織の撲滅、悪徳貴族の謀反を阻止。ロンドンで自警団活動を行うランディール騎士団は、市民からある種のヒーローチームとして見られるようになった。
スノウドロップがランディール騎士団に参加してから1ヶ月半後のある日、ルーシーは少し興奮した様子でやってきた。
「スノウドロップ! やったわ!」
ルーシーは腕輪型の装置を持っていた。
「もしかして、スマート・アーティファクトが完成したの?」
「ええ! あなたがオリハルコンを渡してくれたおかげよ!」
ルーシーが嬉しそうに言う。それを見てスノウドロップも同じ気持ちになった。
それから歴史的な大発明を成し遂げた彼女はシルバーソード王家から勲章を授与された。
円卓王国はスマート・アーティファクトの性能をアピールするための軍事演習を行った。
演習では何十人もの兵士や騎士たちが、炎の魔法・鳳の型や電撃の魔法・嵐の型といった魔法を一斉にはなった。それらは、その属性の魔力を持っていたとしても、才能のあるものしか習得できないとされる魔法の奥義だ。
その奥義を訓練無しで発動させるスマート・アーティファクトの存在は、近隣諸国に衝撃をもたらした。
それから更に半月後、運命の分岐点となる日となった。
円卓王国を北方を守るハドリアヌスラインが大規模な魔物の襲撃を受けているという知らせが入る。
建設から現在まで、ハドリアヌスラインは13回も魔物の襲撃を受け受けているが、一度たりとも突破を許していない。
だが、 今回はこれまでの中で最大規模だと言う。
テンポラリー宮殿では即座に対策会議が開かれた。
「この魔物の襲撃は国家を揺るがす有事である。カーティス、十騎衆を出動させよ」
「御意に。すでに準備は終えております」
十騎衆とは円卓王国で最も強い騎士10人で構成される戦闘集団だ。
彼らはかつての円卓の騎士が使っていたアーティファクトを所有するのを認められている。
円卓王国がエウロペ帝国の侵略を受けずに済んでいるのも、十騎衆の存在が大きい。
カーティスは十騎衆の序列1位であり、指揮官でもある。彼は魔物襲撃の知らせが届いた時点で、自分達が動く事になると予想していつでも出動できるようにしていた。
「また、ランディール騎士団の出動も命じる。ただし、ルーシーとスノウドロップはテンポラリー宮殿で待機するように」
ベティヴィア13世に異議を唱える者はいなかった。
ランディール騎士団は円卓王国の一戦力として認められるだけの実績を、すでに積み重ねている。
ルーシーとスノウドロップの待機命令も納得のいくものだ。スマート・アーティファクトの発明者とオリハルコン生産者の二人は失ってはならない国力の生命線だ。
国王が決断すれば王国の動きは速い。十騎衆とランディール騎士団を載せた特急列車はその日のうちにロンドンを出発した。
ハドリアヌスラインに到着すると、十騎衆とランディール騎士団は現場指揮を務めるクルーシブル卿の元へ向かった。
「カーティス様、ランディール様、それに他の方々もよくぞ来てくださいました。マリアもな」
クルーシブル卿は複雑な表情を浮かべていた。大事な娘がこのような過酷な場所に来るのを不安に思う一方で、マリアの才能はこういう場所でこそ発揮されるべきだと理解しているからだ。
「状況を聞こう」
カーティスがクルーシブル卿に問う。
「負傷者は出ていますが、こちらの方が優勢です」
「スマート・アーティファクトのおかげか」
「ええ。加えて、魔物狩りに来ていた冒険者が偶然にも魔物の動きを発見してくれたおかげで、初動が遅れずにすみました」
「後でその冒険者の名前を教えてくれ。報奨を出す」
「了解しました。カーティス様はこれからすぐご出陣を?」
「ああ、まだ日中だからな。こいつが使える時間を無駄にしたくない」
カーティスは腰の剣を握りながら言った。それはかつて円卓の騎士ガウェインが愛用していた聖剣ガラディーンだ。
十騎衆はすぐさま戦場へと向かった。負傷者の手当を行うマリアを残し、ランディール騎士団も同行する。
防壁の外はまるで別世界だった。おびただしい数の魔物の死骸が転がっている。強力な魔法攻撃によるものか、大地にはあちこちクレーターができていて、また今後100年は雑草1本生えないと思えるほど焼け焦げている。
負傷者が運ばれていく。かろうじて自力で歩けるものはまだ良い方で、手足を食いちぎられたものや、あるいは事切れたものが荷車に載せられている。
「敵襲!」
見張り兵の声が聞こえる。
黒い雲のようなものが見える。スコットランド・ワイバーンの大群だ。分類上、知性を持たない有翼爬虫類の魔物をワイバーンと呼ぶ。
襲撃は空だけではない。地上も魔物の群れが土煙を上げながらやってきている。
「セリオス、フェイルノートでワイバーンの群れを攻撃しろ。空の敵が一層されたら、他のものは俺についてこい」
セリオス・ウィンドソアが弓を空に向かって構える。彼女が持つ弓型アーティファクトのフェイルノートは、かつて円卓の騎士トリスタンが愛用していたものだ。
フェイルノートからおびただしい数のホーミングレーザーが発射された。午後の青空に流星群が現れる。
スコットランド・ワイバーンがフェイルノートから発射された光線に撃ち落とされる。
「全員、突撃!」
カーティスの号令を受け十騎衆が駆け出す。
「みんな、私達も行くぞ!」
ランディール騎士団も魔物達へと向かう。
カーティスのガラディーンが太陽のような輝きを発する。固有魔法が発動したのだ。
効果は日中の3時間のみ、持ち主の能力を3倍にする。
円卓王国において、3は聖なる数字とされていた。
カーティスは地上の魔物に向かって炎の魔法・鳳の型を発射した。魔法の火の鳥がガラディーンによって3倍の大きさになる。
火の鳥が魔物の群れを真っ二つに引き裂いた。大地には一直線の焼け焦げ跡が刻まれる。
魔物の群れの中には巨体を持つ種がいた。身の丈10mはある巨人。モルガンオークだ。モルガンが闇の魔法で人為的に生み出した魔物が、野生化してこの地に定着してしまった種だ。
モルガンオークには十騎衆の序列2位ジョージ・ブルーゲイルが立ち向かった。
彼は円卓の騎士ランスロットが愛用したアーティファクト、アロンダイトの現保有者だ。
多くのものはジョージの剣がアロンダイトだと思うが、これは誤解だ。
彼の腕にはスマート・アーティファクトとは違う別の腕輪型アーティファクトがある。これこそがアロンダイトなのだ。
ジョージは跳躍して剣を突き刺した剣から凄まじい衝撃がほとばしってモルガンオークの体を貫通し、体内の心臓を破裂させた。
これがアロンダイトの力だ。あらゆる武器の威力を上げる。
かつてランスロットは罠にかかって丸腰で戦う事になった時、拾った木の棒で勝利したという逸話がある。それはアロンダイトのおかげだった。
カーティスとジョージが次々と大物を仕留め、セリオスはフェイルノートで制空権を抑える。この3人は十騎衆でも特に優れた騎士だ。
もちろん、他の十騎衆も剣と魔法は一流で、円卓の騎士ゆかりの強力なアーティファクトを与えられている。
そしてルーシーが発明したスマート・アーティファクトが、十騎衆の弱点や不得意分野を補強している。
もはや十騎衆だけで魔物の半分を相手にしているほどだ。
一方で、ランディール騎士団は十騎衆のように一人一人が一騎当千の力を持つ訳ではないが、彼らは見事な連携を見せていた。
ランディール騎士団は主に小型、中型の魔物を相手にした。水の魔法を操る馬型魔物のケルピー、西洋子鬼であるゴブリン、昆虫型魔物が発光する事で人魂のように見えるウィル・オー・ウィスプなどだ。
戦いの最中、ランディールは違和感を覚えた。
(魔物が逃げようとしない。まるで誰かに操られているようだ)
魔物も生物学から逸脱しているとはいえ命ある存在だ。死の危険が迫れば逃げるはずだが、この魔物達にはそれがない。
●
光学迷彩付きの監視ドローンで魔物の動きを監視していたスティーブンは、冒険者を装ってハドリアヌスラインに魔物襲撃を伝えていた。
(モルガンはどこにいる。彼女がロベリアの代役なら、この魔物の襲撃を裏で操っているはずだ)
〈光の継承者〉ではモルガンの魂を宿したロベリアは、〈獣の軍旗〉を使ってスコットランド地方の魔物を操り、ハドリアヌスラインを攻撃する。
そして十騎衆とランディール騎士団をロンドンから引き離し、その間に強行の暗殺者が国王を殺害する。
小説ではルーシーもハドリアヌスライン防衛戦に参加しているが、実際にはロンドンに残されている。スノウドロップが運命を変え続けた影響が出ているのだろう。
(モルガンは最大の脅威だ。ここで倒せれば、スノウドロップは安全になる)
〈光の継承者〉の描写から〈獣の軍旗〉の効果半径はおおよそ見当がついている。そこから逆算して敵の潜伏場所へと急いだ。
「見つけたぞ!」
スティーブンは〈獣の軍旗〉を持つモルガンを見つけた。
当然と言うべきか彼女は自分の周囲に護衛の魔物を配置していた。
「魔物達よ! 我が大義を阻む愚か者を食い殺せ!」
モルガンが〈獣の軍旗〉を向ける。それに呼応して魔物達が襲いかかってきた。
スティーブンは
トリガーを引くと
スティーブンはモルガンと目があった。彼女の目は怒りに燃えている。
「貴様! なぜ偽の王であるシルバーソード家とそれに従う愚民どもを守る! この地は正当な統治者がいるとなぜわからん!」
「戦いながら政治討論をするつもりはない!」
スティーブンはフォースガンを撃つ。光線は旗の先端にある固有魔法の記憶媒体を貫いた。
「そんな!」
支配から解けた魔物達の動きが止まる。突然夢から覚めて戸惑っている様子だ。
魔物達が正気に戻ると、次に起きたのは壮絶な同士撃ちだ。魔物の中には天敵同士にある種もいた。それを〈獣の軍旗〉で無理やり操っていたのだから当然だ。
これでモルガンの戦闘能力は奪った。
スティーブンは銃口をモルガンに向ける。
その時、相手の目には明確な攻撃の意思が宿っていた。それに気づいた彼は反射的に横に飛んだ。
直後、モルガンが氷の矢を放った。氷の魔法・矢の型だ。
スティーブンはスマート・アーティファクトが敵の手に渡ったのかと思った
だが彼女の腕には何も装着されていない。自力で闇属性以外の魔法を使ったのだ。
(まさか……だったら彼女を無力化して確認しないと)
フォースガンを殺傷モードから鎮圧モードに切り替える。
モルガンが再び氷の魔法・矢の型を放つ。
何十本もの氷の矢が襲いかかる。すでに一度見た攻撃だ。最小限の動きで回避し、フォースガンを撃った。
「ああっ!」
鎮圧モードのレーザーを受けたモルガンは、体が麻痺して倒れる。
スティーブンはフォースガンを向けながら問いただす。
「本物のモルガンはどこだ!」
「思ったより察しが良いようね。ええ、そうよ。私は影武者。モルガン様はその偉大な力で、私を御自身と同じ姿にしてくださったのよ!」
「モルガンはどこだと聞いている!」
モルガンの姿をした女は嘲るように笑い出す。
「モルガン様はロンドンよ! お前が何をしようと、あの御方の勝利は揺るがないわ!」
偽モルガンは奥歯に毒でも仕込んでいたのだろう。それを飲み込んで自殺した。
「くそ!」
スティーブンは瞬間移動装置起動してロンドンへと向かう。
●
テンポラリー宮殿へと向かうモルガンの手には、ネズミやトカゲと言った雑多な小動物を入れたカゴがあった。動物達は窮屈な場所に入れられて抗議の鳴き声を上げている。
宮殿の正門は二人の門番がいた。槍で武装している。
門番達はモルガンが近づいてくると制止してきた。
「ここは関係者以外立ち入り禁止です」
「宮殿に入るには許可証を提示してください」
言葉こそ丁寧だが、あからさまに警戒している顔だ。
「ふふふ」
モルガンが甘い毒のような笑みを浮かべると、ほんの一瞬で門番の目の前に移動した。
「えっ!?」
驚く門番の胸に、モルガンはそっと手を当てる。
衝撃音が響く。門番は大量の血を吐きながら崩れ落ちた。鎧が鉄球の直撃を受けたかのように陥没している。
「お前!」
もう一人の門番が槍でモルガンを攻撃する。
だが彼女が穂先を指でつまむと、槍がその場に固定された。
「槍が動かない!?」
槍をつまむ手をクイとひねると、門番の体が回って地面に叩きつけられる。
モルガンは奪った槍で門番を殺した。
それから正門をくぐってテンポラリー宮殿の敷地内へと足を踏み入れた。
「さあみんな、変身しなさい」
モルガンはカゴの中に詰めた小動物達に、この時代の人間が闇の魔法と呼ぶ力を注ぎ込んだ。
小動物が次々と魔物へと変わっていく。
〈獣の軍旗〉を影武者に貸していたので、魔物を生み出す事は出来ても制御は出来ない。
だが魔物はモルガンに襲いかからなかった。それどころか、決して戦ってはならない相手だと怯えているようにすら見える。
魔物達はモルガン以外の人間を襲う事にした。つまり、その矛先はテンポラリー宮殿で働く者達に向けられる。
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