第18話 学生生活

 スノウドロップはそれから何人かと踊った。その中にはカーティスとクリフォードもいた。

 二人とも自分の部下になってくれないのを不満に思いつつ、ランディールの助けになって欲しいと言ってきた。

 最後に踊った相手はランディールだった。


「君のおかげでこの国は豊かになる。それだけじゃない、私の夢にも大きく前進した。本当にありがとう」


 彼は心から感謝した。

 ダンスを終えたあと、スノウドロップは少し一人になりたくてパーティー会場のテラスに出た。夜風が心地よく、仮面を外して深呼吸したくなるが、素顔をさらすわけにはいかないので我慢した。

  

「今日は良い夜ね」


 背後からの声に振り向く。見知らぬ女がいた。同性から見ても美しいと思う姿。だが、その気配は色香というよりは妖気といったほうが正しい。

 

「初めまして、私は」

「ロベリア・クルーシブルでしょ」


 スノウドロップは思わず周囲に目を配る。幸いにも近くには誰もいない。

 

「なぜ」と問いかけようとした時、目の前の女が先に答えた。

 

「あなたの名前はフェイトキーパーから聞いたわ。ああ、正体はバラしたりしないから安心して。彼から、世界があるべき姿から変わってしまうからやめろって言われてるから」


 スノウドロップの正体が露見すれば、無属性魔力の真実も明らかになる。そうなればどんな形であれ、この世界は〈光の継承者〉から大きく変わる。フェイトキーパーはそれを嫌ったのだろう。

 

「私はモルガン。今日はあなたとお話に来たわ」


 運命を変えるにあたって、強攻の暗殺者に並ぶ最大の障害が目の前にいた。

  

「戦おうなんて思わない事ね。騒ぎを起こしたら、せっかくの信用が台無しになっちゃうわよ」

「……それで話とは?」

「正義の味方なんてやめなさい。アーサーみたいに不幸になってしまうわ」


 モルガンはテラスの手すりに寄りかかりながら言った。


「私はアーサーを守りたかった。そのために嫁ぎ先の国がアーサーと同盟を結ぶように働きかけたし、息子達をアーサーの部下として送り出したの。でも正義の味方として戦うあの子の心は救われなかった」

 

 モルガンは悔しそうに拳を握った。


「その時になってようやく、私は穏便な方法ではあの子を救えないと分かった。あの子が守っているもの全てを滅ぼし、正義の味方を続ける理由を取り上げるほかなかった」

 

 モルガンが語った事は、この世界の歴史書には記されていない。

 

「スノウドロップ、あなたはアーサーがどんな目にあったか知ってるでしょう?」

「ランスロットがアーサー王の妃ギネヴィアと禁断の恋に落ちて裏切った。その次は息子のモードレッドが謀反を起こした。最後はモードレッドと相打ちになって命を落とした」

「そう、それが正義の味方であり続けたあの子の末路。私はねスノウドロップ、あなたに同じ目にあって欲しくないのよ」


 モルガンが手を差し出す。


「正義の味方をやめて私の子になりなさい、スノウドロップ。私はあなたを愛してあげる。あなたをつらい目に合わせる連中は残らず殺してあげる」


 スノウドロップはその言葉に嘘は感じられなかった。

 彼女は本気で愛してくれようとしている。


「私はあなたの愛は受け取れない。私の良心がそれを許さない」


 スノウドロップが拒絶の言葉を口にすると、彼女は失望と納得が入り混じった表情を浮かべた。


「やっぱりね。アーサーも正義に反すると言って私の愛を受け取ってくれなかった」


 モルガンは差し伸べた手を引っ込めた。


「私はこの国を滅ぼすわ。あなたが正義の味方をする意味を消すために。今回はフェイトキーパーと言う協力者もいる。今度こそ成し遂げてみせる」

「彼はあなたを利用しているだけよ」


 フェイトキーパーはロベリアの代役としてモルガンを復活させたに違いない。ならば最終的には彼女がルーシーに倒されるような状況を作るはずだ。


「そんな事、分かってるわ。でも私は他人に利用されるつもりはない。逆に私が利用してやるわ」


 モルガンは酷薄な笑みを浮かべる。


「スノウドロップ、最後に忠告してあげるわ。いずれあなたの前に泉の乙女が現れてエクスカリバーを抜けと言って来るわ。でも無視しなさい」

「泉の乙女が現れるとしたら、それはルーシーに対してよ」


 小説ではルーシーがエクカリバーを手に入れた。

 スノウドロップは〈光の継承者〉においては悪役令嬢だ。泉の乙女は決して現れないだろう。


「あんな小娘、単にアーサーと魔力属性が同じってだけじゃない」


 だが、モルガンはそうは思わなかった。


「今日のところはこれで失礼するわ。気が変わったらいつでも私のところに来なさい」

    

 モルガンが床を蹴ると、彼女は風に吹かれた花びらのようにふわりと浮き上がった。そのままバルコニーから飛び降り、夜の闇に消えていった。

 パーティーの翌日、スノウドロップはこの事をスティーブンとフェイトブレーカーに伝えた。


「〈光の継承者〉ではモルガンはロベリアにかなり同情的だったから、運命の強制力が今回のような形で現れて、あなたを勧誘してきたのでしょうね」


 フェイトブレーカーの言葉にスノウドロップは不安を覚える。


「運命が人の心にも影響するなら、私は小説のロベリアと同じ心になってしまうの?」


 寒気を覚えた直後、彼女は暖かな手のひらが肩に触れるのを感じた。

 

「それは心配しなくていい。運命による洗脳に対抗するのは簡単だ。ただ運命を変えようという気持ちを忘れなければいい」

「スティーブンの言う通りよ。運命があると気づかず、それを変えようと考えていない者は運命の言いなりになってしまうけど、あなたはそうじゃないでしょう」


 二人に勇気づけられ、スノウドロップの不安は氷解した。



 モルガン復活は猶予すべき事態だが、しかし緊急を要する訳ではないとフェイトブレーカーは判断していた。


「国王暗殺事件まであと2ヶ月あるわ。モルガンをロベリアの代役として使うのなら、それまで動きはないはずよ」


 それはスノウドロップとスティーブンも同じ見解だった。

 ともかく学生生活が始まる。


 スノウドロップはダーリントンから王立学園に通学するつもりだった。

 いくらクルーシブル家の者から蔑まれているとは言え、彼女はクルーシブル家の娘ロベリアなのだ。長期間いなくなれば騒ぎになるかもしれない。

 それを避けるためにも、ロンドンで下宿して通学することはできない。


 とは言えダーリントンからロンドンへは列車で数時間はかかる。  

 そこでスティーブンが瞬間移動装置を貸してくれた。起動すれば、ビーコンを設置した場所に移動できる。

 彼は運命を変える活動のために円卓王国の各地にビーコンを設置している。もちろんクルーシブル家とロンドンにも設置済みだ。

 

 入学初日、スノウドロップは瞬間移動装置を使って、ロンドンへと向かった。

 王立学園に到着すると、正門前にローナンがいた。

 

「おはよう、スノウドロップ」

「おはよう、ローナン」


 微笑むローナンにスノウドロップは挨拶を返す。

 

「学園で困った事があったら、気軽に俺を頼ってくれ」

「助かるわ。学校に通う事自体が初めてだから」


 初めてというのは前世も含めてだった。

 前世の時、スノウドロップはライトウォリアーズの基地で教育を受けていた。どの学校も、悪の科学者が生み出した人造人間を決して受け入れなかったためだ。

 勉強中は常に他のヒーロー達から監視されていた。当然、クラスメートなどできるはずもない。

 学年が違うのでローナンとは校舎内で分かれる。

 最初の授業が行われる教室に入ると、すでにいた生徒達からの視線が一斉に集まってきた。


「スノウドロップ、こっちこっち!」


 ルーシーが手をふる姿が見えたので、スノウドロップは彼女の隣に座った。


「今日からよろしくね」

「ええ、よろしく」


 教師がやってきた。彼は仮面を付けているスノウドロップを胡散臭そうに見るが、すぐに授業をはじめた。

 2、3回ほど教師から少し意地の悪い質問をスノウドロップは受けた。だが、彼女はよどみなく答えた。

 授業が終わる頃には、教師はスノウドロップを見直してくれた。


 午前の授業はつつがなく終わり、スノウドロップはランディール騎士団のメンバーと昼食を取る事になった。

 仮面を付けたまま食事しなければならないので、スノウドロップは能力で仮面を変形させて口元だけを露出させる。

 食事中、ランディールがオリハルコン供出についてあらためて感謝をスノウドロップに伝えた。

 

「スノウドロップ、君がもたらしてくれたオリハルコンは円卓王国を豊かにしてくれる。本当にありがとう」


 スノウドロップが供出するオリハルコンで、スマート・アーティファクトはいずれ完成するだろう。

 全ての人が生来の属性に囚われずに魔法が使える世界はいずれ現実となる。

 ランディールがこの国の未来を楽しそうに語る。

 それに耳を傾けるスノウドロップは、何が何でも内戦を阻止しなければと思った。

 

 食事が終わったあと、午後は実技の時間だ。

 ランディール騎士団の新メンバーがいかほどのものかと、生徒達はこぞってスノウドロップに模擬戦を申し込んでくる。

 活性心肺法を使うまでもなくスノウドロップは1本も取らせなかった。


「私と手合わせしてもらってもいいかしら」

「ええ、喜んで」


 スノウドロップはルーシーとも試合をした。

 他の生徒はほぼ一撃でスノウドロップは勝利したが、ルーシーだけはそうならなかった。

 何度が木剣を打ち合っていると、ルーシーが間合いを詰めてきた。

 スノウドロップは横斬りを繰り出したが、ルーシーは剣を持つスノウドロップの手首に手刀を叩きつけて攻撃を防いだ。

 ルーシーが反撃する。スノウドロップは紙一重でそれを避けた。相手の視線や肩の動きで予測していなければ、1本取られていただろう。


「やるわね、スノウドロップ」

「ルーシーこそ」


 ルーシーの戦い方は円卓王国で広く使われている騎士剣道とは違っていて、格闘技の要素も入っていた。

 おそらく、前世の時の戦い方が無意識に出ているのだろう。

 それからもルーシーと模擬戦を続けたが、授業が終わるまで彼女との決着はつかなかった。

 だが楽しかった。

 その日の授業が全て終わり、帰ろうとしたところ、朝と同じくローナンが門前で待っていた。


「スノウドロップ、時間があるならもし良かったらお茶でも飲まないか?」

「ええ、良いわよ」


 いかにも学生らしい過ごし方と思ったスノウドロップは彼の提案に乗った。

 案内されたのはテムズ川の川沿いにある貴族向けの喫茶店だった。

 客のほとんどがカップルだった。大抵がお互いをじっと見つめ合っている。だが、スノウドロップは恋愛に関する経験則が一切なかったので、この喫茶店がどういう客層の店なのか気づかなかった。

 テムズ川が見える景色の良い席で二人はお茶を楽しんだ。


「ローナンの事を聞かせて。あなたの事をもっと知りたいわ」


 目の前のローナンは、小説の登場人物ではなく、現実世界の人間だ。仲間となった以上、彼の人なりをちゃんと知るのが礼儀だとスノウドロップは思った。


「ああ! 良いとも」


 ローナンは自分の身の上を話してくれた。

 三男坊に生まれた事、魔力の少なさで両親から冷遇された事、それでも兄達からは大切にしてもらった事、アランやランディールとの思い出。

 スノウドロップはほとんど聞き手に回っていたが、それでも誰かと時間を共有するだけでも、彼女にとって宝石のように輝かしかった。

 気がつくと、テムズ川の水面が夕日を浴びて茜色に輝いていた。


「今日はありがとう。楽しい時間だったわ」

「それは良かった。また誘ってもいいかな?」

「ええ、もちろん」

 

 そう言うと、ローナンは満面の笑みを浮かべた。

 それからスノウドロップは瞬間移動装置を使ってダーリントンへ戻った。そしてスティーブンに今日の出来事を報告した。


「初日は何事もなく終わったようだな」

「ええ、みんな私に良くしてくれたわ」

「ところでローナンはどう思ってる?」

「とても良い人よ。友達になってくれたのだから」

「あ……うん、友達か……もっと仲良くなれると良いな」



 スティーブンは人気のない場所にローナンを呼び出した。

 

「スティーブンさん、いったいどうしたのですか?」

「君、スノウドロップに気があるだろう」

「気づきましたか」

「スノウドロップは友達ができたって、君の事を楽しそうに話していたよ」

「と、友達」


 ローナンはガックリと肩を落とす。


「スノウドロップは恋愛経験がない。友達と思ってしまうのは仕方ない事さ。それで、君はどれくらい好きなんだ?」


 スティーブンが問うと、彼は予想以上に真剣な顔で答えた。


「この世で一番、スノウドロップを想っています」


 不意に、スティーブンは不快な気分になった。


(この世で一番? 彼女の事を対して知らない小僧め)

 

 その思考に彼は自分が恥ずかしくなった。


(何百年も生きてる大人が、子供相手にムキになってどうする。なんて……)

 

 スティーブンは自省する。

 

「スノウドロップは、もしかしたら一生は正体を隠す必要があるかもしれない。君は彼女の素顔も本名を知らないまま、好きでいられる覚悟を持っているか?」

「覚悟しています。俺は彼女の魂に恋をしたんです。素顔や本名に恋をしたんじゃない」


 スティーブンはローナンの目を見た。彼が嘘つきの達人でもない限り、その言葉は本気だと感じた。


「君の気持ちはよく分かった。本気だと信じよう。俺は君の恋路を応援するよ」

「ありがとうございます!」


 ローナンは歓喜に震えた。

 彼の肩を、スティーブンは激励するように肩を叩いた。

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