第17話 仮面令嬢
オリハルコンを生み出せる者が現れた。その情報をランディールを通じて知ったシルバーソード家は衝撃を受けた。
「一刻も早く、スノウドロップなる少女と接触せよ」
ランディールは国王から命令を受けた。
このような状況に対し、スティーブンはシルバーソード家に手紙を出した。
内容は、オリハルコンの供出に関する交渉をしたいというものだ。
手紙はテンポラリー宮殿に潜入しているフェイトブレーカーに届けてもらった。
シルバーソード家は即座に交渉を行うと返答が来た。
交渉の日、ロンドン郊外にある空き家で、スノウドロップとスティーブンは王国側の交渉役が現れるのを待つ。
「スノウドロップ、君の能力は無属性魔力ではなく、未知の属性魔力によるものだということにする。無属性の人々の社会的地位は未だに低い。そんな状況で無属性魔力保有者がオリハルコンが作れると知られれば、家畜として扱われてしまう」
「……そうね」
社会に役立てない無能だからという理由で無属性の人々は差別されているが、かといって社会に役立てると分かっても、すぐに受け入れられる事はないだろう。
差別は理屈ではないのだ。無属性が無能でないと証明されても、社会は別の理由で差別するだろう。
しばらくしてランディール騎士団が現れた。スティーブンが交渉役に彼らを指名したのだ。
もちろんルーシーもいた。腰にあの時渡した剣を下げていた。
「まずは礼を言いたい。スノウドロップ、ローナンを助けてくれてありがとう。昔にマリアを守ってくれたのも感謝している。私はこの恩に報いたいと思っている」
「私は良心に従っただけです」
それからランディールはスティーブンに目を向ける。
「貴殿がスティーブン・ウィズダムか? スノウドロップの仲間だと手紙にはあったが」
「そうですです。今回の交渉は私がさせてもらいます」
「失礼だが、スティーブン殿は、その、エルフなのだろうか?」
ランディールの目がスティーブンの尖った耳に向けられる。
「概ねそのようなものです。おとぎ話のような神秘性はありませんが」
そもそも本題とは無関係なのでスティーブンはだいぶ端折った説明をした。
スティーブンの故郷では人をエルフに変身させる超科学技術があると聞いている。
それから交渉が始まった。
「まず、決して譲れないのはスノウドロップの正体を詮索しないということです」
「他に条件はあるか?」
「スノウドロップをあなたの騎士団に入団させるのと、王立学園の入学です」
スティーブンが出した条件は予想外だったのだろう。ランディールは怪訝な顔をする。
「それだけで良いのか? こちらは爵位や領地の授与も考えていたのだが」
「どちらも我々には必要ありません」
スノウドロップが言う。
「私の望みは正体を隠したまま身元を保証される事です。この条件を認めていただけるなら、オリハルコンの安定供給を約束します」
「量はどれくらいだろうか?」
スノウドロップはコイン状に生成したオリハルコンをトランクいっぱいに詰め込む。
「毎月、これと同じ量をお渡しします」
「なんと……分かった。その条件で契約を交わしたい」
交渉は無事に終わり、ランディールと契約書を交わす。
「円卓王国は君の歓迎パーティーを企画している。ぜひとも参加して欲しい」
ランディールは招待状を差し出した。
「スノウドロップ、信用を得るためにもこれは参加すべきだ」
「わかったわ」
ただ、スティーブンは招待状を受け取らなかった。
「俺は必要以上に他人と接触することを許可されていません。辞退させてもらいます」
前にスティーブンから聞いたが、並行世界調査員は現地住民との接触は必要最低限にすべきという規則があるとスノウドロップは聞いていた。
それから10日ほどは、色々と忙しかった。パーティーへ出席するにあたって、ダンスの練習をする必要があったし、王立学園から入学するには入学試験と2年生への進級試験の両方に合格が条件だと言われたからだ。
幸いにもダンス練習はスティーブンが付き合ってくれたし、試験に関しては前世の記憶に加えてこの世界でも知識の習得は欠かさなかったので問題なかった。
試験の合格通知を受け、入学に必要な諸々の手続きを王立学園で済ませた帰り、ローナンが姿を見せた。
「ランディール様からパーティーで君をエスコートするよう仰せつかった」
「よろしくお願いするわ」
「それとドレスを君に贈りたいんだけど……」
「ごめんなさい、体のサイズを知られたくないから自分で用意するわ」
「そうか……」
ローナンは雨に濡れた子犬のような顔をする。せっかくの好意を無下にした形になり、少なからず良心が痛んだ。
スノウドロップはいつものヒーローコスチュームと同じ用にドレスも自作するつもりだった。
問題はドレスのデザインだが、これはスティーブンが解決してくれた。
「服飾のデザインを勉強したことがあるから、俺に任せてくれ」
「多才なのね」
「俺の世界では、エルフは多趣味な人が多いんだ。歳を取らないから、人生の暇つぶしは必要だ」
ともかくスティーブンはスノウドロップのドレスデザインにとても意欲的で、一晩で十数パターンのデザイン案を出してきた。
「うーん、これも悪くないが、こっちにしたほうが良いかな?」
「そこまでこだわらなくても良いと思うけど」
「こういうのはこだわるのが礼儀だ。相手に悪い印象を持たれる」
もっともらしい理屈を言うスティーブンだが、ドレスのデザインを楽しんでいるようだった。
そうしているうちにパーティー当日となった。
シルバーソード家主催ともなれば、それは国内最高峰の集まりであり、招待客はそうそうたる顔ぶれだった。
一方、スノウドロップはというとパーティーの主役であるにも関わらず、まるで隠密任務のように人目につかないよう会場へと向かった。
シルバーソード家はスノウドロップの正体に触れないと確約したが、国王の命令を無視してでも正体を探る者が出てくるのは確実だ。彼女は正体を守るために神出鬼没でなければならなかった。
パーティー会場の入り口にローナンがいた。そわそわと懐から懐中時計を何度も出しては時間を確認するのを繰り返している。
「ああ、スノウドロップ。君が来るのが待ち遠しいよ」
ローナンがため息交じりに言葉を漏らす。
「待たせてごめんなさい」
死角から話しかけたせいか、彼は「わっ」と驚いた。
「来てくれてよかった。でも……やはりドレスを贈ったほうがよかったんじゃないの?」
ローナンが心配そうな顔をするのは当然で、スノウドロップはいつものヒーローコスチュームで会場に表したのだ。
「大丈夫よ」
彼女は落ち着いた声で言った。
ローナンと腕を組んで入場すると、やはりというか周囲から向けられる視線は「なんだこいつは?」というものだった。ドレスコードを完全に無視しているうえに、仮面で素顔を隠しているので当然の反応だ。
すでに入場していた者たちはおのおの雑談をしていたが、スノウドロップを見るとしんと静まり返り、ひそひそと声を潜めるようになった。
少し離れたところにランディールと彼の騎士団のメンバーたちがいた。みんな心配そうにこちらを見ている。
この場にいるすべての者たちの視線が自分に集まっているのを感じたスノウドロップは今がそのタイミングだと思った。
彼女はヒーローコスチュームをドレスに変形させた。コートやプロテクターが綺羅びやかなドレスへと変わる。耳には結晶状のオリハルコンのイヤリングが出現する。
一瞬でパーティーにふさわしい姿へと”変身”した。
周囲の空気が変わった。みな呆然としている。
これスティーブンの提案だ。きっとパーティーが盛り上がると彼は言っていたが、会場の反応は予想とは違っていた。
(私、なにかやってしまったかしら?)
すると隣のローナンがぽつりと呟いた。
「綺麗だ」
「え?」
「みんな君の美しさに目を奪われている」
そのような経験をしたことがないスノウドロップにとって、周囲の者たちが唖然として見ている様子が、ローナンのいうものなのか確信がもてなかった。
それからローナンと腕を組んだままランディールの元へ行き、ひとまず挨拶をする。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、来てくれてありがとう」
近衛兵が声を張り上げて国王の来場を告げる。ベティヴィア13世が現れた。彼の後ろにはカーティスとクリフォードもいる。
スノウドロップは王の前へ行き、ひざまずいた。
「スノウドロップと申します」
「そなたの活躍は聞いている。今は亡きアーサー王から国を預かるものとして、まずは礼を言おう」
「ありがたきお言葉です」
スノウドロップは両手を掲げてオリハルコンの剣を生成する。
周囲の者たちはどよめいた。ここにいるのは貴族の中でも特に上位の者たちだ。オリハルコンを見たことがあるのだろう。
「円卓王国への忠誠の証として、この剣を献上いたします」
剣を受け取った国王は、スノウドロップの肩に剣の平面で軽く触れる。
「そなたを円卓王国の客員騎士として認める。シルバーソード家はそなたの正体を詮索せず、またそなたの名誉を損なうような奉仕を要求しないと約束しよう」
周囲の者たちは国王の意向に従うことを示すため拍手した。
事実上の叙勲式が済んだ後、いよいよパーティーが始まった。贅を尽くした酒と料理がふるまわれたが、あいさつ回りに忙しくて口に暇などなかった。
スノウドロップは参加者たちに一人一人にあいさつし、自分が正体を隠していることに理解を求めた。すでにシルバーソード家が根回しをしてくれたのか、目立つ反発はなかった。
あいさつ回りの後はダンスの時間だ。
スノウドロップはエスコートしてくれたローナンと踊った。
「君にはどれほど言葉を尽くしても感謝しきれない恩ができた」
「良心に従っただけよ」
スノウドロップは言葉を飾らずに言った。
「俺は人生は楽しくやっていければいいと思って生きてる。辛いことや面倒事があると、逃げたり妥協することも多い。でもランディール様を支える事に関しては真剣だ。あそこで君が助けてくれなかったら、俺は主を支えられなくなっただろう。それはとても怖かった」
その時の恐怖を思い出したのか、ローナンの手が震えていた。
「あなたはとても強い忠誠心を持っているのね」
「ランディール様は俺の人生を変えてくれた。かつての俺は魔力量が少ない無能者で、家から追放されてもおかしくなかった」
ローナンが語る彼の人生をスノウドロップはこの時初めて知った。小説での彼の役割は、その死によってランディールに苦難を与えるというものだったため、人物描写の掘り下げはあまりなかったのだ。
「俺はランディール様と出会ってすべてが変わった。あの方は人の真価を見抜く力がある。そのおかげで俺は魔力量が少ない代わりに魔法制御の才能があると気づき、人よりもずっと少ない魔力量で同じ威力の魔法を使えるようになった。ランディール様は俺の太陽だよ」
ローナンは誇らしげに言った。
「自分の事は簡単に諦める俺だが、ランディール様のためならいくらでも頑張れる」
そこまで言って彼は少し熱く語りすぎたのかと思ったのか、かすかにほほを赤らめて恥じ入る。
「ああ、その、理解しがたいかもしれないけど、これが俺の正直な気持ちなんだ」
「私も自分よりも大事だと思うことのために戦っているから、あなたの気持ちには共感できるわ」
「そ、そうか? そういってもらえると嬉しいよ。俺のランディール様の忠義を女性相手に話すと引かれることが多くて、いまだに婚約者が出来ないでいるんだ」
「あなたは好ましい人だから、いずれ出来ると思うわ」
スノウドロップが言うと、どういうわけか彼は胸を矢で射抜かれたような顔をした。
「ところで話は変わるけど、スティーブン殿とはどういう関係なんだ?」
「どうって、見ての通り仲間よ」
ほかにどう見えるのだろうかとスノウドロップは思った。
「交渉の時、スティーブン殿は君をとても大切にしてるように見えたけど」
「彼は私を娘か妹みたいなものと思っているのよ」
「そうなんだ。そうか、良かった」
やがて1曲目が終わった。
手を離すとき、ローナンはとても名残惜しそうにしていた。スノウドロップは、彼はものすごくダンスが好きなのだろうと思った。
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